お題『愛があれば何でもできる?』
私達は「好き」という感情だけで突っ走って結婚した。
ライブハウスで歌う彼は本当にかっこよくて、輝いていて、自慢の彼氏だった。そんな人の彼女である自分が好きだったし、そんな人の子供を身籠って結婚できたことが幸せだった。
私達は、お金がなかったから結婚式をあげられなかったし、新婚旅行にも行けなかったけど幸せだった。
でも、愛があれば何でもできるわけじゃないことを知った。家事を一向に手伝わず、ギターの機材や自分の服装や髪型にお金をかける彼。始めはそれがかっこよかったはずなのに今ではそれがなんとも腹立たしい。
そういえば、近所に住んでる馬鹿にしていた地味な同級生が結婚したって。同じように地味な男と結婚相談所を使うしかなかった。最初はそいつのことを笑ってたのに、今では私よりも綺麗な服を着て、夫婦と子供と一緒に歩いてる。そういえば某有名私立大学附属の小学校にお受験で入れたんだっけ。それが腹立たしい。
私は、食器を洗っている。手はもう荒れ放題。何年やっても売れなくて家にいるだけで子供の面倒も見ず、煙草を吸いながらテレビを見るだけの男を見ながら奥歯を噛み締めた。こんな男でも私が好きになった男だから最期まで面倒を見るしかない。
『愛さえあればなんだって乗り越えられる』
その言葉をよすがにして地面を踏みしめるだけで精一杯だった。
お題『後悔』
思えば後悔することばかりの人生だった。
たとえば、友達と喋ってる内容が今思うとその友達を傷つける内容だったと思う時、
たとえば、好きな人がいてその人から「好き」と言われたけど、好きな人と私とじゃスクールカーストが違いすぎて断った時、
たとえば、大学のサークルの飲み会でお酒を飲み過ぎて失態をおかした時、
時々それらを思い出すだけで、頭を抱えたくなり、ひどい時は死にたくなることもある。
だが、それでも生きていかなくちゃいけない。私に出来ることは、それらから目を背けて生きることだけなのだから。
お題『風に身をまかせ』
風が吹きすさぶ丘の上で僕は震えている。僕の住む村では空を飛んで資材を調達するのが当たり前だ。ある程度の年齢になったら、マントを身にまとって空を飛んでいいって、母さんとか兄さんが言ってたっけ。
昔から空を飛ぶ兄さんたちを見て、憧れていた。僕もいつかあぁなれたらいいなって。だけど僕は高所恐怖症で、丘の上に立つだけで『落ちたらどうしよう』と震えるのが精一杯だ。
うしろについていた兄さんが言った。
「最初怖いのはみんな一緒さ。だけど飛び降りた後、無理に体を動かしてはいけないよ。風に身をまかせていればいいんだ」
言いながら兄さんは僕の背中を押した。丘から下に急降下する。
(あっ、まずい。これは死ぬかも)
そう思ったのもつかの間、僕の体は宙にふわふわ浮いていたのだ。
「これはもしかして?」
風に乗りながら僕は上に浮上する。兄さんがにこにこしながら頷いていた。僕もやればできるんだ。
風に身をまかせて、僕はしばらくマントを使って空中浮遊を楽しんだ。
お題『失われた時間』
結婚する相手にこだわりすぎたのと、初対面の人間が苦手すぎてついに三十代半ばまで来てしまった。
今思うと、もうすこし人に心を開ければ良かったとか、あの人からのしつこいアプローチを断らなければ良かったとか、二回目のデートに誘われても気持ち悪いのを我慢すれば良かったとかいろいろな考えが巡ってくる。
だが、失われた時間は戻らない。
だから私は、今日も相手に対する警戒心と嫌悪の感情を押し殺しながら婚活に挑むのだ。本当は、こんな人間は一生独身で、幸い趣味がたくさんあるからそれに生きれば結婚するより幸せだと思うだろうに。
お題『子供のままで』
三十代独身、実家ぐらし。今まで一度も家を出たことがない。学校は常に家から一時間以内に通える範囲にあったし、職場も同じように通える範囲にある。だから、一人暮らししようと思ったことがない。
それに私には結婚願望もない。昔から見た目のことでいじめを受けてきたから、異性に対する信頼はほとんどない。異性という存在そのものが嫌いだ。
部屋には好きなアニメキャラクターのポスターが貼られていて、本棚は漫画とその時好きになるコンテンツの同人誌、歴代の推しのフィギュアでいっぱいだ。おまけにスペックが高いパソコンと、座り心地がいいゲーミングチェア、大きな液晶タブレットがあればここは私にとっての天国だ。
この年になってまだアニメが好きで、オタクやってるのと言われようが構わない。私は一生大人にならない。子供のままで天寿を全うしようと思う。