中学生から高校生になる頃、バイト先の年上のお姉さんを好きになった。よく同じシフトになったし、他のバイト連中も交えて色んな場所へ遊びに行ったりもした。
そんな彼女と、時々二人だけで会って遊びに行くようになり、かなり距離は縮まったと感じていた。
ある日、彼女に自分の気持ちを伝えた。今のこの時間が長く続きますように、そんな思いだった。
しばらく経ったある日、彼女が別れ際に一通の手紙をくれた。『恥ずかしいから家に着いてから読んで』と言われたので、帰宅してから封を切った。
書いてあったのは、『好きと言ってくれて嬉しかった。でも、私は君のことを彼氏とは思えない。弟みたいな存在なの。だから、これからもその関係を崩したくない。わがままかも知れないけれど、これ以上私に、優しくしないで。ありがとう。』
何とも言えない気分だった。
今までと同じように彼女、いや、お姉さんに接する事はもう、無理だった。少しずつ、何かが変わり、壊れていった。
やがて彼女はバイトを辞め、別の就職先へ。
結局、一度開いてしまった距離は、二度と元には戻らなかった。
あの時、あんな事を言わなければよかったのだろうか。
『優しくしないで』なんて言われたのは、後にも先にもあの時だけだ。
なんて残酷な言葉なんだろう
あの日、あの頃の僕には、重すぎた一言だった。
『雫』
雫、しずく。
やはり雨をイメージするのが一般的か。
だが私のイメージする『雫』は、冬の寒さで震えるような函館の漁師町でみた、今にも崩れ落ちそうな廃屋の屋根から垂れ下がる大きな氷柱の、その先端に太陽の日が差して水がポタポタと落ちる、その様子が真っ先に浮かんだ。
あの何とも言えない函館の、行き場のない群青の空と閉塞感のある空気、しかしその中に確実に息づく人々の生活。私はこの、余所では決して味わう事のない函館を愛している。
そんな函館でみた、『雫』。
冬の厳寒に芽吹く春の息吹。
そんなものを感じた瞬間だった。
またあの光景を見たくて、私は函館を旅する。
何年後かに、また出会う奇跡のために。