『1年前』
代わり映えがなさすぎて覚えてない、と言いたいけど結構私が違ってるかな。
1年前は毎日1分1秒が進むのをただ待ってた。通院してて。薬飲んでて。それで頭と一緒に時間も止まってて。何も記憶に残らない生活してた。それまでは言われた罵倒を毎日毎日反芻しては謝罪して、それをぐるぐる繰り返す、やっぱり記憶に残らない生活してた。
それが薬で嘘みたいに静かになって。だけど同時に知ってた言葉とか知識とか記憶の形状とかも頭から出てこなくなった。目に映ったものが何をしてるのかも頭に入ってこなくなった。代わりに心は凪いで穏やかになって微笑むのは簡単になった。人は、それを喜んでくれた。
可笑しいよね、心を直すために頭壊すんだって知って。それまでの全部、誰も要らなかったんだって知って。私が世界を捨てたのは確か今頃だったと思う。
『好きな本』
知らないな。
知りたいとも思わない。
本を読むのは知っている。
今はもう読まないのも知っている。
選書を纏めた帙を紐解くまでもなく、
言葉の中に息づく書物が垣間見えたなら、
それがすなわち、そうだろう。
美しいよな
『あいまいな空』
天に散らばった埃で空が濁り澱むと、宙の蒼さに人の視界は届かなくなる
抱えきれない水分を内に孕んで溢れる手前は特に
そのまま霧散し晴れる姿が望ましいんだろうが、
そのまま零れて泣き濡れる惨めな姿こそ見たくなる
曖昧な時間、曖昧な関係、曖昧な状態
目的のない停滞した世界では上なんか見ないからな
降ろうが降るまいが些細な事だ
どうせ脳天気なその顔で濁して逃げていくんだろ?
『あじさい』
初めて自分で買った浴衣の柄があじさいだった。青地に緩く描かれたお花模様を、紅と白と紫色でぼかし染めした朗らかな柄。なんというか…すごくダサいの。ひまわり組さくら組あじさい組って感じでこれじゃないなぁって柄。初めての浴衣デートで大人っぽくて清楚な柄が欲しかった。よくわかんないけどアジサイとか紫陽花とか。だけど着物屋さんが絶対似合うって譲らないし値段は手頃だしで押し切られてそれを買ったの。
結局当日のことなんて覚えてない。だけど、ずっと雨空みたいにどんよりモヤモヤしてたのは覚えてる。だって未だに着てるんだもん。その後ちょっと着付けを習う機会があってね、趣味の一つが着物になったの。それで今も手習いでよく浴衣を着てるの。もう感覚は中学ジャージ。今となってはこの柄にも愛着持ってるし、なにより仕立てがとってもいいの。それでかな、ずっと雨に滲んだ花なんだと思ってたけど、最近は夜空に上がった花火の方のあじさいなんじゃないかって。晴れやかに空へ滲むなら悪くないかもって。
花占いに木春菊とは悪くない。
(戯れの子ども遊びが気に掛かるとは愚かしい。)
千切った花弁にまみれるお前の姿は好ましい。
(花弁が散るほど募る想いが疎ましい。)
軽やかに朱にほころぶお前の頬が愛おしい。
(その行く先が私でないのは忌々しい。)
残酷なお前のすべてが狂おしい。
『好き嫌い』