「好な人ってどんな感じなの?」
「んー、好きは好き。それだけ」
「それじゃわからないでしょ。気になる、知りたい、もっともっとって思うことかな」
お昼休みの喧騒の中でそこだけはっきりと言葉を拾ってしまう俺の耳はいささか残酷だ
男同士の好きは可愛いだったりエロイだったり
話を合わしやすいがわかりにくい
数日前に可愛いと話してた人と違う子とつきあうなんてザラだった
学生のつきあいなんてそんなもんかとも思う
俺も内輪で勧められてる
周りがどんどん彼女持ちになったから
一度だけ感じた圧に負けて彼女欲しいと同意したから
仲間内で彼女いないのは俺だけだから
そろそろ決める修学旅行で彼女とまわりたいやつらばかりだから
俺の顔は女子ウケがいいらしいから
ずっと違和感だった
可愛いは思う
エロイも思う
それはわかる
でも、違う
それもわかる
不安になる
人と違うことも、好きを知らないことも、このことがバレることも怖い
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ガシャッ、ドンッ
ボン、パリーン、ガシャッ
ドンッ、バンッ
勢いよくドアが閉められた音で静音が広がった。
玄関のドアを開けてから、セメントに突っ込んだみたいに動かなかった。
急に始まった3つ下の弟の癇癪。
中学生になって身体も大きくなったから、母と姉の私では力では適わない。
父は単身赴任で長崎にいる。あと1年は戻らないと言っていた。
トトトトットトットン
「あ、帰ってたんだ。おねえ、おかえり」
「うん」
私にはあまり変わらない。声変わりなのか、雰囲気なのか、少し声が低くなったくらいだ。
でも、その少しが怖い。
「じゃっ」
「うん」
少ししてからカチャッとドアの閉まる音がした。
靴を脱いで自分の部屋へと向かう。
母を、弟を遠ざけているのは私も同じだ。
弟はたぶん気づいている。私が彼を恐れていることも、私が彼を見なくなったことも。
そして、私は気づかないふりをしている。彼が悲しそうな顔を浮かべていることを。
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すぐにでも潰れてしまいそうな
小さな小さな柔な手でぎゅっと掴んで放さない
もう一方は自分の口にいれてチュッチュッと吸っている
お腹にいるとわかってからは
嬉しさと不安と辛さとごちゃごちゃで、正直辛かった
私1人の生活もままならなくて泣いた
産まれるかもと病院に行っても
そこからが長くてもうほとんど記憶がない
靄が濃い中で聞こえる声を藁にも掴む思いで頼った
そんなぼんやりとした頭の最中に顔を出したのに
あなたの姿だけは光を纏ったようにはっきりと見えた
無事だった安堵と安心感と愛おしさに襲われて
すぐに意識を飛ばしたんだけどね
焦点の定まらない目を、まだ大きな頭を、必死に動かして吸収している
私に、私たちに、
運んでくれた大きな愛と莫大な幸せの象徴
キャッキャッとあげる声の横で鳩が1羽飛び立った
強い光を浴びた鳩は白く輝いて見えた
212
30のときに失ったもの
体力
飛び込む勇気
好きという気持ちだけの恋愛
バカになれる心
男に好かれるためだけの可愛い衣装
オールでの飲み会
20のときに失ったもの
親の後ろ楯
制服を着る当たり前の日常
自然な人との出会い
でも、40を過ぎた今だから得たものもある
母子手帳
子どもたちの成長を記録したアルバム
子どもたちの笑顔
幼稚園や小学校で作ってきた作品たち
夫のだらしない寝姿
役職をもった夫の弱音
子どもたちと遊ぶ両親の姿
歳を取らなければ愛おしいなんて思わなかったものもある
もうひとつ、
歳を取ることの楽しみを知ったこと
「お金より大事なものはない」
これが私の主張だ。
といっても、本心ではない。
次のゼミで行うディベートで「ない」側になっただけだ。
私は「ある」と思ってる人間なので、反論の予知はできる。
「人の気持ちはお金では買えない」
「愛はお金より大事なのではないか」
「お金は単なる交換ツールである」
いくつか出てくる。ここから肯定や否定で話を広げていけばいいのだが、肝心な主張が出てこない。
最初に語るものであり、今後の方向性にも繋がる肝の部分だとこれまでのゼミで実感している。
お金より大事なものはない……。
呟いてみたら答えが浮かんでくる、なんてことはない。
私が教えてほしいよ。