clr

Open App
2/14/2026, 1:45:30 AM

「菜穂子…」
いつか一緒に行こうと約束していた丘は思いの外風が強い
初めて会った、愛おしさを感じたあの日と同じ服を着た菜穂子が立っている
お気に入りの帽子を押さえながら、腰に届きそうなほどの髪は風に委ねている

綺麗だと思った

「菜穂子!」
風に負けないように声を張る

彼女がゆっくりとこちらを見る
いつだって優雅だった。なのにいつからか苛立ちに変わっていたゆっくりとした動き。今は柔らかさしか感じない。

「…きて」

「いって…」

「いきて」

風が吹く。先ほどよりもずっと強く。
目を開けていられないほどに強く。

風がやんで、目をゆっくりとあける。
現実がやってくる。
散らかり放題の部屋に、変わり果てて汚いと言われかねない自分の姿。そして、菜穂子がいない世界。

わかったから。生きるから。
その後に、もう一度会いに行くよ。
菜穂子がいなくなって気づいたこと、気づけたことあるから。
だから、俺を待っていてくれよ。
俺をおとしたあの時のあの笑顔で。

2/12/2026, 11:21:29 PM

目に見えるものほど、
追いたくなる
掴みたくなる
達成感がある

でも、
ほんとに大事なものほど
目には見えない

鬱陶しい
煩わしい
自分には関係ない

遅いとわかっていたけど
実際は失ってから、気づいた

すべてのものは
いつか壊れる
そして、一度壊れてしまえばもとには戻らない

人間も同じだ
私の体はもう二度と戻らないのだろう
小さいけれど、ストレスになる不自由を抱えて生きていく

幸せとはどのような状態なのか考えてほしい
ないものを追い続けて手に入れることなのか
あるものを見つめて守ることなのか
当たり前を保ち続けることなのか
刺激はない
だけど、だからこそ、もてるものがある

2/12/2026, 12:00:23 AM

Side: 僕
僕は立っている
誰にも見られることもせず
ただ、立ち尽くしている

常に誰かに見られていたあの時は、
誰の目にも写らない日を夢見ていた

君の隣に立ち続けるために努力していたから
少し苦しかった

まさか、
そんな日がくることも、
そんな日々が繰り返されることも知らずに

僕に残されたのは虚しさだった
ただ、愛しい君を待つだけの空っぽな日々

大切にしているつもりだった
僕なりに、大切にしていた
でも、彼女から見えば大切にされていなかったようだ
今度こそ、大切にしたいから

僕は待つ
彼女と別れたこの場所で
後悔を残したこの場所で

彼女は僕を見ることができるかわからないけど
僕はずっと待ち続ける



Side: 彼女
「しかたないだろ。忙しいんだから。待たせたのは悪かったけど、何度も持ち出してくんなよ」
16日前、彼に言われた言葉は一言一句違わず頭のなかで繰り返される

彼が忙しいのは聞いていた
社内で話題のプロジェクトのメンバーに抜擢されたから
報告を受けたときは私も一緒になって喜んだ
彼が期待されているとか、
彼の仕事が認められたとか、
そういうのじゃなくて、彼が嬉しそうだったから

プロジェクトが始まってから、
彼からの連絡も、会う日も、目に見える形で減った

寂しかった

置いていかれたような心細さ
彼の目に私が写っているのかわからない不安さ

1ヶ月ぶりの約束
やっと、会える!
数時間でも、顔を見れることが、触れられることが楽しみだった
なのに、彼は1時間も遅刻した

だから、ずっとイライラしてた
わかってる
素直になったほうがいい
楽しんだほうがいい
でも、一度覚えた不安はそう簡単には消えてくれない

「もうむり」

泣いてることがバレないうちに、立ち去った
…どんな顔をしていたのかな

翌日、
ごめんなさい、とだけメッセージをいれた
今もまだ返ってこない

約束の翌週から、彼と歩いたこの場所に立ち寄るようになった
会えるかもしれない、小さな小さな期待を胸に
今日もまた、この場所をゆっくりと歩く

2/9/2026, 10:51:39 PM

机に置かれた箱。
花がぎっしりと詰まっている、ように見える。
横に置かれた手紙には、
余ったのでつくりました
と、相変わらず私よりも綺麗な字が並んでいる。

いつからお花をつくっていたのだろう。
私が知らない間にずいぶんとオシャレになったものだ。
私が知っているきみは、映えとか知らない。
シンプルであればあるほど美が引き立つと言っていた。
見た目を凝ったところで、味には負けると。

笑みが浮かんでいた私はそっと箱の中の花びらを拾いあげ、口へと運ぶ。
ゆっくりと優しい餡の甘味が広がる。やっぱり彼の作品だ。