私の記憶はそのままに
周りの人の記憶を消せたら
そう思ってた
現実的には難しいから
遠くの街へと逃げるのだ
誰も私のことを知らない世界で
新しい自分となって生きてみたい
そう思ってた
思ってただけで、一度もしたことはない
そんな大胆なことができるのならば
私は私ではなかっただろう
もっとうまくできていたのだろう
家族と、友達と、部活と、クラスと、学校と、
そういった私の世界の中の人たちと
仲良く、息苦しくならない関係を築けていたのだろう
ときどき私は水の中にいると錯覚する
呼吸はしている、でも、息が吸えない
悩みの重さに押し潰されそうになったとき
私は遠くに逃げる
頭の中の私は自由に動いている
これまでもずっと可愛かった
誰よりも愛おしかった
ずっと、一番の宝物だった
「ぱあぱ」
まだ舌ったらずな危なっかしい口で初めて呼んでくれたときは嬉しかった
「パパ泣いてるよー」って2人でケラケラ笑う声で涙に気づいたくらいだったよ
大きくなったら、どう話していいかわからなくなってしまった
恥ずかしながら、大切で離したくなかったからわからなかった
どんどん距離があいて焦った
怒ってばかりの時期もあったと思う
しんどかったな、寂しかった
同じ家に住んで近いはずなのに、遠くにいたのは辛かった
これまでも、これからも、
誰よりも味方でいるし、力になりたいと思ってる
ずっと助けられてきたから
それだけ大きくてキラキラした存在なんだよ
幸せになりなさい
結婚おめでとう
最高のプレゼントを、ありがとう
おまえの泣き虫はパパ似かもしれないな
あー、今日はここもか
いつもは赤橙のグラデーションで綺麗な空も
紫と薄灰のマーブルで
それもそれぞれの色がはっきり残る感じじゃなくて
ぐちゃぐちゃってした感じ
パレットの空きがなくて一緒にしたら混ざっちゃったみたいな
これから新橋駅前のホテルに行く
泊まるためじゃないホテル
そこのラウンジにって母から連絡があった
…たぶんお見合い
今は結婚絶対って時代でもない
けど、時代と個人の考えはいつだってズレがある
このままここで、綺麗な空を眺めてたかった
私の心は、こんなにも空と一致してるのにね
「このように、この生物界では食物連鎖が行われています」
教科書にも書かれているピラミッドを、黒板にもわざわざ書いた先生が話を始める。お世辞にも上手いと言えない絵は、もはや教科書の補助なしではわからない。わかるのはそれぞれの大きさが違うってことだけ。下層のひとつなんてチョークを軽く塗りつぶしただけ。
「食物連鎖の興味深いところは、最上部にいる動物も食うだけではないということですね。みんな食って食われる関係にあります。植物や微生物なんかは、草食動物に食べられるのが一般的です。細かくみれば間に植物が入ることもあります。そして、草食動物を食べるのは肉食動物です」
タブレットから画像を検索する。「食物連鎖」と検索すればピラミッドのイラストやら、動植物の写真に矢印をつけた資料がすぐに見つかる。
先生は黒板に向かって話し始める。
「この連鎖のイメージとしては、海の場合ミジンコなどの微生物、小魚、鯨、陸地の場合は草、うさぎ、ライオンがわかりやすいですかね」
どうやらチョークの塗りつぶしはミジンコのようだ。
「そして、鯨やライオンなどの動物が死ぬと養分となって、微生物や草の成長になったり増殖させたりします」
へーと思う。ピラミッドより輪っかで表してくれればいいのに。
「この世界は弱肉強食と言われますが、絶滅するのはこの連鎖から外れたためという考えもあるくらい、この循環は大切なものです。といってもある一説程度で教科書に載せるだけの根拠はまだ見つかってません。ということでテストには出しません」
先生は「教える」先生ではなく「調べる」先生になりたかった人だ。ただ、なりたかったものに今でも時々引っ張られていると思う。
検索した画像をスクロールしていく。
ミジンコを見つける。やっぱり全然違う。何気なくそのサイトを読んでいく。
たくさんの人が住んでいるこの地球も
はじまりは小さな命でした。