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12/29/2022, 1:42:15 PM

 実家からみかんが死ぬほど届いた。今俺一人暮らしなの分かってる?ってくらいの量が届いた。冬といえば雪遊びよりみかんが先に出てくる俺でも流石に引いた。
 まあみかんに罪はない。なのでずっと出していなかった一人用のこたつを出して地道に食べ進めていたのだが。

「...なんで居るのお前?」
「いいじゃん別に。ちゃんとメールで来る予告したし。」

 いや、既読すら付けていないし返信もしていないのだから来てもいい理由にはならないと思うのだが。

「というかどうやって入った?戸締まりちゃんとしてたよな?」

 いくら治安がいい日本でも万が一の事がないとは言えない。だから俺は寝る前には必ず鍵と火の元を確認する習慣をつけている。

「まだ寝ぼけてんの?お前俺に合鍵渡したの覚えてないの?」
「あ」

 そういえばそうだった。こいつがいつも唐突に来るときチャイムを連打されるのが鬱陶しくて、勝手に入れと半ば無理やり合鍵を渡したんだった。
 
「お前大丈夫?もう一回寝てくれば?」

 寝ぼけているのはお前が早朝の5時に来ているからなのだが。俺はさっきまで布団にいたのに、テレビとこいつの笑い声で起きてしまった。
 そしてその当の本人は悪びれる様子もなく俺のこたつでみかんを貪っている。俺はため息をつきながら、

「...誰のせいだと思ってる?とりあえず寒いからどけ。」

 俺は押しのけるようにこたつに入り込んだ。買ったのも出したのも俺なのだからいいだろう。

「ちょ、冷た寒っ狭っ!?入るにしても言ってよびっくりするから!」
「うるさい」

 こたつの暖房が点いてからしばらく経っているからなのか、こいつの体温が高いからなのか知らないが、いつものこたつよりぬくかった。
 俺は文句を無視しながらかごに大量に盛られたみかんを一つ手に取る。そして皮を剥き実を一つ口に入れた。

「あーそういえばお前白いやつ取らないのか。」
「別に死ぬ訳でもないしな。...お前はめちゃくちゃ丁寧にとるな」

 こいつは意外と几帳面で、剥いたら皮はひとまとめにして置いてあるし、白いやつは徹底的に取る。それに対して俺は皮はてきとうに剥いて後で掃除すればいいので放っておく。白いやつは一切取らない。

「だって噛んでくとそれだけ口の中に残って気持ち悪いんだよ。」
「噛まずに飲み込めばいいだろ。」
「それはお前だけ。」

 こいつは白いやつは徹底的に取るくせに剥くのがとても早い。何時から来ていたのか知らないが少なくとも10個は余裕で超えているだろう。

「あともう深夜に家に押しかけてくるのをやめろ。電気代も馬鹿にならん。」
「みかんの消費手伝ってるんだから許してよ...はい、1個取り終わったから食べていいよ。」

 返事をする間もなく実を1つ口に押し込まれる。白いやつは全部取られているので舌触りが良かった。

「...ん、うまい」
「でしょ。はいあげる。」

 俺は不純物が取り除かれた、やけに甘く感じるみかんを噛み締めた。
 ...あと1月はみかんが続くと思っていたのだが、思ったより早くみかんが尽きることになりそうだ。

12/27/2022, 5:07:18 PM

 新しい手ぶくろを買った。2年前にもらった手ぶくろがとうとうだめになってしまったのだ。それは父親からのプレゼントで、どうせならゲームカセットなどの方が嬉しいと思ったものだ。
 しかし私は結局数年、それこそ大きさが合わなくなるまで使い続けた。なんの変哲もない、模様の1つもないただの黒い手ぶくろ。父親にもらったという以外特別なところなどなかった。

 今思えば、あの頃私はもっと父親一緒に居たかったのだろうと思っている。父親は仕事人間で、家に帰って来るところを見るのは私の誕生日くらいなものだった。でもプレゼントなどはなく、食事を一通り終えればすぐパソコンに向き合い何かを打ち込んでいたのを覚えている。
 そんな父親からの初めてのプレゼントが手ぶくろだった。私はその手ぶくろを着けて、またはいつも持ち歩いていた。手ぶくろは明らかに冬用だったが、季節など関係なく持ち歩いていた。
 母親はそんな私を困ったように見ていたが、特に何をしてくるというわけでもなかった。

 そして、私の13回目の誕生日、その前日に父親が事故に遭ったと知らせが入った。
 父親の傍らには、プレゼントらしきぬいぐるみが入っていたらしい。
 葬式のあと、そのぬいぐるみを渡された。赤いマフラーと、黒い手ぶくろを着けた、可愛らしいくまのぬいぐるみ。一緒に手紙も添えてあった。
 かなり大きめの紙で、何度も書き直したのか、消しゴムで消した跡がたくさんあるしわくちゃの紙の真ん中に、一言だけ。

『お誕生日おめでとう』

 私が父親から貰ったプレゼントは、飾り気のない黒い手ぶくろと、赤いマフラーと黒い手ぶくろを着けたくまのぬいぐるみだけだった。
 父親が亡くなってからというもの、私は年がら年中手ぶくろを着けていた。そうしていないと、父親との思い出が薄れてしまいそうだったからだ。ぬいぐるみはクローゼットの奥に仕舞った。父親が死んで残したものを、見たくなかったから。

 でも、手ぶくろはずっと使えるものではない。手ぶくろは成長するにつれて買い替えるものだ。なのに私は小さくなっても使い続けていたため、ついに限界が来てしまった。
 私はいろいろなところになんとか直せないか掛け合って見たのだが、どこに行っても無理だと言われてしまった。
 諦めて家に帰ってから、母親と話をした。父親のことを話しているともういないということが辛すぎるから、父親の話はしなかった。母親は、急に神妙な顔になったかと思うと、なにかを持ってきた。
 赤いマフラーと、黒い手ぶくろを着けたくまのぬいぐるみ。父親からの、最後の私へのプレゼント。
 それを見て、私は泣いた。父親の葬儀のときもここまで泣かなかっただろうに、ぬいぐるみを見て、もう誕生日に来てくれることはないんだと気付いて、泣いた。
 結局、私は現実から目を逸らしたかっただけなのだろう。父親はまだいると、また私の誕生日を祝いに来てくれると。2度目で最後のプレゼントのぬいぐるみを忘れて、初めてのプレゼントだった手ぶくろに執着していた。また来年もプレゼントをくれるのだと、信じたいだけだった。

 気が付くと、私は眠っていた。小さくなり、ボロボロになった手ぶくろと、真新しい、赤いマフラーと黒い手ぶくろのぬいぐるみを胸に抱いて。

 そして私は、母親と共に服屋に来ていた。母親は心配そうに私を見ているが、私はもう決めたのだ。新しい手ぶくろを買うと。