金属を打ち付け合う音が、どうにも好きになれなかった。どうしてか体が鈍く痛むような気がした。
硝子を叩き鳴らす音が、どうにも好きになれなかった。どうしてか頭が酷く痛むような気がした。
涼し気で美しいと皆が喜ぶ、ソレがどうにも昔から苦手だった。
忘れてしまって良いんだよと、何処かから声がした。
‹風鈴の音›
例えばソラを行き遠く神秘を目にするように
例えばソラを行き遥か星々を触れるように
例えばウミを行き深く暗闇を覗くように
例えばウミを行き広き煌めきに踊るように
例えばマチを行き長閑な日々を愛でるように
例えばマチを行き雑多な人々を見守るように
例えば天に例えば地に
あついばかりのおもたいにくを
抜け出せたならいつか
捨てられたならいつか
‹心だけ、逃避行›
水と砂埃に烟る道
青く抜ける空と沈黙の緑
私の好きな冒険譚
地続きに似た冒険譚
光と闇に大翼が舞い
魔法と刃を打ち鳴らす
僕の好きな冒険譚
どこか遠くの冒険譚
‹冒険›
拝啓
やぁお久し振り、元気にしてたか。
靴を先に贈っていたが、ちゃんと届いているかい。
錦木の件だが、例の事象以外は一先順調だ。
現場の方も早々に戻って片付け中なところ。
手が空いたら連絡を入れる。君はそのままで頼んだ。
‹届いて……›
皆で歩いた帰り道に、赤く燃える街の異様な事。
皆で繋いだ祭の夜に、灯火の消え散る恐怖の事
皆で続けた光の朝に、重奏で響く悲鳴の事。
皆で逃げ出したさいごの日に、
なくしてしまったもののこと。
大事な事ほど変わり果て、
忘れたい事ほど妙に鮮明、
思い出のページだけはしたくない、
皆と皆と、居た日々の事
‹あの日の景色›
素敵な人と出会えるように
大切な人と共にいれるように
家族友人といつまでも
君に一目だけでも会いたい
逢いたい愛したい
居たくて痛い
ひとといるのはいたいから
一人で生きたい独りで居たい
静かに平穏に十全に
‹願い事›
恋をしてみたいのだと
憧れた目でそう言った
きらきらでふわふわで幸せで温かなのだと
夢見る目でそう言った
どんなひとがいいだろう
容姿か心か得意か趣味か
あるいはそういったすべてか
そうしたらきっと恋をして
ぽかぽか幸せになれるんじゃないかと
ぼくたちにそんな機能はないのに
そんな機能はないのに
冷たい水槽でうっとりとうたう
その唇が艶めいて見えた
‹空恋›
波の砕ける音がする
水が砕けて空気が砕けて
波の砕ける音がする
岩を砕いて砂に砕いて
波の砕ける音がする
塵を砕いて宝に砕いて
波の砕ける音がする
命を砕いて躯を砕いて
波の砕ける音がする
声を砕いて音を砕いて
波の砕ける音がする
波の砕ける音がする
‹波音に耳を澄ませて›
「逃げられると思った?」
収束した風が色を染める。
急ブレーキの効かない脚は
辛うじて色の隙間、先の景色に飛び込む。
これで、と顔を上げた先、
在る筈の無い行き止まり、
「あーあ、折角通せんぼしてあげたのに」
壁にめり込むように体積を減らしたソレに、
ヒトを形作った色はつまらなそうに肩を竦める。
途端、ぴりりと走った閃光に
あおい髪を掻き上げて。
「生け捕りにしろって言われただろ」
「止めたのに加速で逃げたのがソレー」
「コレ運べないからな」
「けーち」
光が質量を伴い、呆れたように溜息が降る。
「また怒られるぞ」
「知らなぁい。ボスがやってみれば良いんだ」
ぐちぐちとそれでも動かない脚を引き摺って、
道を染める赤は風に還されていく。
行き止まりの道は何事も無かったように
暗い沈黙に浸されていく。
‹青い風›
ひらり示された指先の
その果遠くに光る星
あれは飴細工、と
君は秘めやかに笑った
隣の赤い星はイチゴ
細やかな煌めきはアラザン
テンパリングの空に浮かぶ
大きく丸い月は
あれはこっそりのつまみ食い
今に今に端から齧られ
白く無くなってしまうだろうと
笑う君がひどくかなしそうに見えたから
食べられないように逃げてしまおうと
手を引いて夜を追った
‹遠くへ行きたい›