「それ『で』じゃなくて、それ『が』にしてよ」
「……?大差ないだろ」
「またもー……大有りなの!」
「ふーん。了解、善処する」
「……確かに言ったけどさあ」
「ーーー何でまだ此処に居るんだ?」
「見送り。君が出たらすぐ行くよ」
「なら良いが」
「本当に、これで良かったの?今ならまだ」
「これ『が』良い」
「……そっか」
<それでいい>
「無人島に?……また、ベタな質問だな」
「ベタだからこそだろこういうのは」
「そんなもんか?…じゃあ日本列島」
「人の手で持てるモノに限る」
「大陸移動巨人説」
「訂正、お前の手で持てるモノに限るな」
「めんど……じゃあお前」
「俺?……十月十日で3kg弱はタイパが悪すぎないか?」
「そこまで人道に悖ることせんわ。大体ソレ元より十二分に母体の食事無いと成立せんだろ」
「それはそう。じゃあアダムとイブごっこでもすんの」
「クソ不毛過ぎて草」
「他何か利点無いだろー?」
「一緒に死ぬならお前が良い」
「いや生きろ?」
<1つだけ>
第2ボタンがお守りになるのは、心臓に近いから。
それはあくまで学生服の話。ブレザーでは遠い訳で。
半分騙し討ちで取られてしまったネクタイに、
泣きそうになる君に。跪いて手を差し出した。
あんな紛い物でなくたって、ずっとずっと遠い昔に。
本物の心臓を捧げたのに足りないというのだから。
私の姫様は本当に、欲張りが過ぎて可愛らしい。
<大切なもの>
おはよう、と呼び掛けた前の席。
振り返った瞳はきらきらと興奮に輝いていて、
何かと思う前にスマホの画面を押し付けられた。
「凄くない?!まさかの新衣装なんだけど!」
「近い近い近い落ち着け」
「こっちもさ!今日だけミニキャラ別ゲでさ!」
「分かった分かった席に着け頼むから」
押しやった肩、それでも尚オーバーランゲージと共に心弾ませる声が心地よくて。
会話のために席を寄せ
ーーーどうして、四月一日に、俺達は学校にいる?
「……良いじゃん、日が落ちる迄の嘘の日さ」
着潰した制服に花を飾って。
金の日差しに照らされた微笑みを。
ーーーどうして、涙が出そうになるのか。
<エイプリルフール>
「まー気にすんなよ」
「前世が何やったかなんて知らないけどさ」
「今世こんだけしんどかったなら、来世はきっともうちょい楽に生きれるだろ」
そう笑って死出の道を行く、小さな背中を見ていられなくて目を伏せた。
足元で仔犬が尻尾をひとつ揺らした。
「言えば良かったじゃん」
「まだまだ全然罪は濯がれて無いよって」
「次は畜生道だぞ残念でしたって」
『……言えませんよ』
「はーぁ、お優しいことで」
屈んで手を広げると、特に抵抗無く抱かれに来る。
最近は着物を毛だらけにするのが好きなようで、いつものように腕の中でごそごそし始める黒い毛玉を撫でた。
小さな背中はいつしか遠くに消えていて、名残惜しくも来た道を戻る。
(……言えませんよ)
(この形こそが贖罪の報いだなんて)
温度の宿らない掌には、仔犬の体温は酷く熱い。
今日はこの子に何をあげようか。
永い永い時間に付き合わせてしまう代わりに、愛など知らない心で、この子に何を与えてやれるだろうか。
<幸せに>
とん、と手の甲が叩かれた。
走行音ばかりがうるさいバスの中のことだ。
スマホの画面から目を離すと、また一つ叩かれる。
固細い指の持ち主は、窓枠に頬杖突いたまま。
車内を軽く見回して、スマホに視線を戻した。
とんとん、とん、ととん、
何処かリズミカルに叩く指はじゃれているようで。
片手はされるがまま、反対でスマホをタップする。
窓の外に一台の車がいた。
バスと等速で走るその車の、スモークガラスが少しだけ開いて。
停車はまだ先のバスの中で、男が一人立ち上がった。
運転席に並んだその男の、右手に刃物が光り……
……一言もなく男は倒れた。
それを見た二人程が立ち上がり、やはり無言で倒れる。
ざわめく車内、混沌が満ちる前にバスが急停止する。脈絡もなく開いた扉からはどやどやと、不審者の通報を受けたのだと言う警察が入ってきた。
一人目の男は容疑者と、倒れた二人は怪我人として。騒ぎの元は瞬く間に連れ去られ、再び走り出した車内はまだいくらか混乱していたものの、取り敢えずは平和だった。
男が立ち上がった瞬間に悪戯を止めた指を爪先でちょっとなぞって遊びながら、LINEの返信ボタンを押す。
『標的オールクリア。そのまま離脱で』
『私達は予定通りデートなので。今日これ以上使うなら休日出勤扱いにするって上に言っといて』
隣がごそごそと仕事用イヤホンを外したので、指も腕も絡めて寄りかかった。
殺し屋だって、たまには平和な休日がほしいので。
<何気ないふり>
結婚は人生の墓場だという。
仕事は苦役であり、人生は死ぬ迄の苦行だという。
そのヒトはそうやって、仰々しく悲観を唱っていた。
私はそのヒトに幸せになってほしかった。
笑顔でいてほしかった。
だから楽しめる趣味を見つけ、
働きやすい仕事へ声をかけ、
白染めの衣装の似合う相手を紹介した。
一等嬉しそうな笑顔で、ありがとうと言われたから。
私のお陰で、とても幸せになれたと言われたから。
この白く美しい墓場で
苦しみを忘れたような笑顔が
本当に本当に嬉しくて。
だから、其処で御仕舞いにしてあげた。
<ハッピーエンド>
目が合うなぁ、とは思ってはいた。
此方が気付くと、澄ました顔で焦点をぼやかすけど
ふとした拍子に視線をやると、ぱちり一瞬き分、
その黒い目とかち合うのだ。
どうしたの、と隣に問われ。何でもないよ、と返す。
秘密を明かして尚今も、友人で居てくれる人だけど。
怖い話が一等苦手な人だから。
<見つめられると>