・私の日記帳
(空白のページが続いている)
・向かい合わせ
日記。
外に出るとしばしば散歩中の犬と目が合う。
どの犬も私の目を離さずじっと見つめながら歩いてくる。私も犬に飢えてるので出来る限り見つめてしまう。
しかし飼い主だけはこちらを見ずに歩き続けている。
そしてそのまま互いがやり取りすることも無くすれ違う。
犬と私だけが対等に向き合っていることを、あちらの飼い主さんは気づいているのだろうか。
・やるせない気持ち
通販サイトから荷物が届いた。中身は定期購入している猫の餌だった。
「すっかり忘れてたな……」
ダンボールから餌を取り出し、私はそれを彼女の前へと運ぶ。
出会った頃よりすっかり小柄になった彼女は、大好物の餌を前にしても鳴き声の1つさえあげてくれなかった。
「……あと数年はこの餌を買うつもりだったんだよ」
ザラザラした身体を撫でながら文句を言ってみる。それでも彼女は返事なんてしてくれなかった。
「これ……どうしようかな」
49日を過ぎた今、餌をあげる相手が居ない私は未開封の餌と小さな骨壷をボーッと眺めていた。
・海へ
「海に還りたい」
最期にそう言い残してこの世を去った祖父。
当時中学生の俺は"人間は土に還るんだよな?"とお通夜の時に眠っている祖父を見ながらぼんやりと考えていた。
その後、祖父の骨は彼の地元の海に撒くことに決まった。どうやら遺言書にもそう書かれていたそうだ。
親族と海へ行く道中、俺は父にお通夜の時に考えていたことをそのまま話した。
父はしばらく黙っていたが「親父は海で良いんだよ」とだけ喋ってそれきりだった。
機嫌を損ねてしまったのか、と少し不安になっていた時、その会話を横で聞いていた叔母が代わりに答えてくれた。
「おとう……あぁ、おじいちゃんはね、若い頃漁師だったのよ。その家族もね」
「……そういえば聞いた事あるかも」
「だから海に還るって言ったのよ」
「なんで?」
「生涯で1番食べていたのは海の魚だから。お返ししたかったのかもしれないね」
「ふーん」
その後、俺たちは祖父の遺骨が海に撒かれるのを見届けた。
祖父だったものが海へと還っていくのを見届けている最中、父が静かに「俺は土に還るよ」と呟いたのは大人になった今でも覚えている。
あの日から数十年。父は土に還った。
晩年の父はしきりに「俺は陸で生きた。だから土に還る」と話していた。
父の葬儀で久々に出会った叔母も同じことを俺に話していたのを覚えている。
どうやら父方の親族はみなどこで長く生きたか、何で生かされてたのか、それによって還る場所を決めているそうだ。
俺ももういい歳だ。出来ることなら今のうちに祖父や父のように還る場所を決めておきたいが、未だにどこもしっくり来ないままでいる。
「……いっそイタリアの土にするかぁ?」
晩酌に選んだワインを飲みながら、俺は1人何処に還るべきなのか、何にお返しすべきかを、2人の葬儀を思い出しつつじっくり考えていた。
・裏返し
最近の悩み。
"シャツ、反対ですよ"
たったこれだけの言葉が言えなくてモヤモヤしちゃったし、いざ勇気を出して声をかけようと思った時に丁度本人が気づいたみたいだしで、意気地無い自分にもっとモヤモヤした。
第三者のささやかなミスを本人に直接伝えるのってどうしてこうも難しいのだろう。