Len

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2/7/2026, 1:15:05 AM

時計の針


 何も無く、退屈な病室の中。
 僕はいつも、時計の秒針に耳を傾けていた。
 カチ、カチ、という、たったそれだけの小さな音でも、聞いているだけで落ち着けるのは、自分の存在を考えなくて済むからだろうか。
 それとも、毎日同じ時間に現れる、あの美しい少女を待っているのだろうか。

「ねえ、京平くん」
「なぁに? 皐月ちゃん」
「私、明日からはもう、ここに来られなくなるの」
「どうして?!」
「あなたを、迎えに行くから。少しの間だけ、待っててくれる?」
「……絶対、迎えに来てくれる?」
「もちろん! 約束よ」
「……わかった。皐月ちゃんが迎えに来てくれるまで、ちゃんと待ってるよ」

 これが、少し前の記憶。
 僕は、植物状態のまま、夢の中に出てくる少女、皐月ちゃんを、いつもいつも時計の針の音を聴きながら待っているのだ。






「京平くん、迎えに来たよ」
 一ヶ月ほど経過して、迎えに来てくれた皐月ちゃんは、何も変わらず、穏やかで元気な、優しい笑顔を向けてくれた。
「約束、守ってくれてありがとう」
「破るわけないでしょ? ほら、一緒に行きましょう」
「どこに?」
「誰にも邪魔されない、幸せな世界に」


 そして、僕は自分の体を捨てた。
 両親の悲しむ顔は見たくない。そう思っていたから、ぽっくり逝くのも大切だ。
 そのまま僕は、時計の針だけを聞き、その音が遠ざかっていくのを感じながら、静かに息を引き取った……。

2/6/2026, 8:39:25 AM

溢れる気持ち



 いつも窓辺に座っている君。
 僕は、それを良く見つめていた。
 綺麗になびいた黒髪と、透き通るような瞳を、僕の瞳が捉えた瞬間、どうしようもなく愛おしいと感じた。彼女は誰よりも美しく、誰よりも賢い。
 人を寄せつけないような鋭い眼光を、誰も見つめようとしないのだ。僕はいつも疑問だった。
「おい! なんでいつも独りなんだ」
「友達ができないから」
「じゃあ、僕が友達になってやる」
 それが、初めて君と喋った時だった。
 そんな君が、今では僕の帰りを待つ存在になった。
 料理を作って、いつも待っている。

 僕の奥さんとして、これからも一緒に生きていく。
 この溢れんばかりの愛情を、これからは君と、君のお腹に存在する僕たちの我が子に注ぐと誓おう。

4/9/2025, 4:28:18 PM

《元気かな》

 俺はあいつのことがめっちゃ好きや。
 付き合ぉてもう5年も経つあいつのことが、愛おしくてしゃーない。けど、俺があいつにどれだけ好きやと言うても、あいつは俺のことを見ようともせず、毎日、机に顔を埋めろや、わんわんと泣く。声に出して泣く。
 どれだけ理由を聞いても、答えたってくれへん。
 彼氏の俺にも言われへんような、そんな悲しいことがあったのやろ。
 あいつを幸せにするんが、俺の生き甲斐や。
 せやさかい、俺はあいつにわろてほしい。心からわろて、心から楽しんで、心から幸せになってほしい。
 俺があいつにしてやれることは、ただ一つや。
 ──そばにいてやること。
 たったそれだけしかできなくても、それだけできれば十分なんや。
 めっちゃ好きな人の、幸せそうな顔は、いつだって元気が出る。
 あいつが、──の、幸せそうに笑う写真を抱きしめて泣くんは、なんでやろか……。
 俺がどれだけ愛しとると言うても、帰ってくるのは、毎日泣き声だけや。ちっとも笑い声が聞こえへん。
 あいつが泣き始めろや、もう1ヶ月も経つ。
 仕事から帰ってきた時には、すでに机で泣いとった。
 俺は、一体どうすれば、あいつを幸せにできるんやろか。

 そないな時、なぜか俺の両親がやってきよった。
 両親も、えげつなく痩せ細り、目の下には隈ができとる。
「寝不足で遊びに来んなや」
と、声をかけても、両親はあいつと同じで返事を返してはくれなんだ。
 なんで俺は、シカトされとんのだろうか──。


 ──「あの子が死んで、もう1ヶ月ね……。これから先、私たちは一体、どうしたらいいのかしら……」









 ……。












 そうなんや、俺──死んでたんや……。
 せやさかい、あいつも両親も、俺に返事を返してくれへんのや……。
 俺、まだやりたいことようさんあるねんけど……。
 あいつともっと一緒におりたいし、結婚指輪だって買ぉとった。「一緒に生涯を楽しもう」って、約束したのに……俺、死ぬの早すぎんやろ!!
 なんで俺がこんな……。


「皐月ちゃん。これ……あの子が死んだ時、ポケットに入ってた物なんだけど……受け取ってくれるかしら」
 母親が、あいつに渡したんは、紛れもなく、俺があいつのために買ぉたはずの結婚指輪やった。
 それを見たあいつは、膝から崩れ落ちるように、地べたに座り込んだで。ほんで、その指輪の箱を、大事そうに胸に押し当てながら、俺の名前を……蓮っちゅう名前を必死のパッチで呼んでな、泣き続けとった。

 5年前、俺があいつに告白した、あの公園で、俺はプロポーズをするつもりやった。俺の幸せな時間が始まった、思い出の場所で……。

 ははっ……ははは……すまんな、皐月……すまん。

 もし、俺が生きていたら、いつものように抱きしめて、腕の中に押し込んで、その背中をさすってやるのに……。

 俺のおらんこの世界で、皐月はきっと、新しい恋を始めろや、幸せな家庭を築くんや。
 俺に良くしてくれたように、夫となるその男は、世界一幸せな旦那さんになるはずや。

 そないな相手が見つかったあんたは、──「元気かな」

4/9/2025, 7:04:00 AM

 俺がまだ小さかった時、ある女の子と約束したことがある。その約束は、大きくなった今でも、ほんの僅かな記憶だけ残っていた。


「大きくなったら、私を救って。それで一緒に、──」


 最後の言葉だけが思い出せなかった。
 俺とずっと一緒にいた彼女の存在が、まるっきり、最初からいなかったかのように忘れ去られていったのだ。
 彼女のことは、その約束のことしか覚えていなかった。

 あの時、彼女が言ったことを知ったのは、つい最近だ。
 仕事の関係で、実家に帰省した時のこと。
 母が、俺にこう言ったのだ。

「そういえば、あなたが小さい頃、ずっと一緒にいた女の子のこと、覚えてる? あの子が亡くなった後、あなたが変なことを言っていたのを思い出したの」

 その“変なこと”について聞くと、
「あの子が現れたんだって言ってたわ。僕と約束したんだって」
 その約束の内容を聞いて、俺は凍りつきそうだった。


「あの日も、今みたいに、夕日が沈む直前。あなたとあの子は、遠い約束をしたの。もう会うことのできないはずの二人が交わしてしまった、禁断の遠い約束を……」

 亡くなったその子は、小さい頃から病弱だった。
 生まれてから何度も入退院を繰り返しながら、学校に通学していた。
 俺は、クラスの輪に馴染めず、ひとりぼっちだったからか、その女の子と気が合ったのだ。
 話していくうちに、その子の命がもう長くないことを知った。
 だから最後に、俺は願ったのだ。

『彼女が死んだ後、最後に合わせて欲しい。最初で最後の秘密の約束をしたいんだ』と──。

 そして、その願いは叶ってしまった。
 彼女とその約束をしてから約20年。


 あの子は今日、俺のもとにやってくる。俺はその約束を果たさなくてはならない。大好きだったあの子のために。
 そして俺たちは
































共に命を絶つ……。


「大きくなったら、私を救って。それで一緒に、──来世に行こうね。25歳になる年に、迎えにいくからね」

 彼女との遠い約束は、大型トラックの急ブレーキの音と共に消えていった……。

4/8/2025, 5:53:34 AM

エモーションフラワー

 人の体に宿った種は、個性豊かに成長していく。
 つい最近までは一粒のタネだった。そこから目が出て歯が生え、枝分かれをして花を咲かせる。
 一人一人のその花の名は、エモーションフラワー。
 全ての感情、喜怒哀楽によって姿形を変える。
 その花の大きさも、色彩も、日によって異なる。
 我々は日々、その花が枯れないように、自分自身で育てるのだ。生涯、その花の寿命が尽きるまで。

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