「結婚を前提にお付き合いさせてください」
俺は初めてこんなに人を好きになった。
初めは一目惚れだったか社内で彼女を見ているうちに彼女しかありえないとまで思ってしまった。
俺の告白への返事は「YES」だった。
付き合って三ヶ月。お互い両親の許可を得て同棲を始めた。夢のような毎日が始まった。
付き合って五ヶ月。俺の誕生日の日だった。彼女は俺のために予定を立てて満足できる誕生日を迎えた。いつも家事を頑張ってくれている彼女には改めて感謝したいと思う。
付き合って十ヶ月。何が起こったの思う? 俺は彼女の誕生日だったから、ずっと行きたいと言っていたある遊園地へ連れて行った。そこは俺も行きたい場所だったから二人共楽しめたと思う。彼女は、ライトアップされた遊園地を上からみたい、と言ったので観覧車へ連れて行った。タイミングよく観覧車の一番高いところで彼女はこういった。
「結婚してください」
俺は観覧車にいるのを忘れて飛び跳ねた。
結婚して二ヶ月。彼女のお腹の中には赤子が一人いる。愛を一生懸命に注ぐことをここに誓う。
「生まれましたよ〜。元気な男の子です」
俺と彼女は目を合わせて泣いた。ワンワン、子どものように声を出して泣いた。
それからというもの家の分担がはっきり分かれた。妻は家事全般、育児全般。俺は仕事、仕事がない日は家事。どういうことだ、俺は赤子を育てられないのか? 我慢できない。
俺の子どもは幼稚園に行った。何しているかは今までと違って別に気にならない。妻からは仕事だけやってればいいと言われたようなものだから。
子どもが消えたんだ。妻が幼稚園のバス停に送っていって、いつもならバスまで一人で待てていたのに、バス停にいないと幼稚園から連絡が来た。何してるんだ? 俺の妻は何をしてる。なんかもうつかれた。いろいろとな。
俺はこの日記に愛を注ぐことを誓った。でもどうだ? 妻は俺に育児の分担を分けなかった。涙を流したのは俺なのに。話は変わるが警察も捜索を諦めた。誘拐された可能性も調べてもらったが警察犬についていくと山の奥に近づくから、恐らくは遭難だと言われたが真相はわからない。俺の妻はなんだか騒いでいるが、正直に言って俺は何も思わない──と言ったら嘘になるけど、今まで成長を見届けていない人間に、もしどこかへ消えてしまっても、妻ほど悲しくない──のだ。
大事にしたいと思っていたものは妻が亡くし、俺が最初に大事にしたいと思っていたものは、俺の前から突然消えた。離婚届を机の上において。横に置いてある紙にはこう書いてあった。
「あなたが結婚するとここまで性格が変わると思いませんでした。私にあの子の責任を押し付けるやら、私を殴りましたよね? 一回だけだと思っていましたが、仕事から帰ってくるなり私は毎日腹に殴られました。変わらないで欲しかったです。殴るのが愛なら、歪んだ愛は私は受け取れません。どうかお元気で」
テーマ-【大事にしたい】
みんなが知ってる世界とはちょっと違う世界。人口の一割だけが病気で能力を持っていない。政府は色々なポスターでその病気の人をバカにしてはいけないと伝えているけれど、すぐにそんないじめがなくなるわけがない。それはあなたの住んでいる世界でもきっとそうだろう。
俺は病気だ。だけど学校でも一人いるかいないかの中で、たった一人俺だけが病気なのは嫌だから隠している。皆には「度胸」という能力を持っていると伝えている。そうすれば、気づかれずに、いじめられずに過ごせる。
そう思ってた。でも実際は、無能力だけがいじめられるわけじゃない。能力の中で格差がつけられて、その差が大きければ大きいほどいじめられる。僕の──いじめを逃れるための嘘だけど──「度胸」は案の定、能力じゃなくとも得られる物だ、と言われいじめられる。
『火事です。火事です。今すぐ避難してください。』アラームと同時にこんなアナウンスが流れた。
「消防署に連絡したけど、渋滞と距離があるので1時間は掛かるらしい。まだ中に患者は何人いるんだ? 俺の妻は今どこにいるんだ?!」
隣からある同級生の声が聞こえた。
「お前の能力『度胸』なんだろう? いつもは役に立たないけど、お前の出番がやってきた。行ってこいよ。」
嘘なんだ。うそ。うそだ。────行きたくない。
背中を押され、同級生は叫んだ。
「こいつの能力が役だちそう! 行ってくるらしい」
気がつけばもう火の中だった。皮膚が焼け、ドロドロに肉が溶けていくのを感じる。皮が剥けたところから肉に熱気が入って、死んだほうがマシなほど痛む。
遂には心臓だけになっていた。──能力『心臓人間』──心臓には手足が生え、歩けている。目があり、前が見える。そこに女の人がいた。俺は叫ぶ。
「逃げろ!」
爆発音とともに俺の命は燃え尽きた。誰も救えず、何かを残すわけでもなく。自分に嘘をつき続け、終いにはその嘘が自分の首を絞めた。
取り返しのつかない失敗をした。
テーマ-【命が燃え尽きるまで】
彼女は朝の日差しが差し込む窓辺に座り、手に持ったコーヒーカップから立ち上る湯気を見つめていた。香りが心を少しだけ和ませる。しかし、その温もりも長くは続かず、心の奥に渦巻く喪失感が再び顔を出す。数ヶ月前、彼の突然の死から、日常が一変した。彼と過ごした時間は、まるで夢のように鮮やかで、かけがえのないものであった。それなのに、今はその記憶が彼女の心を締め付ける。彼の笑顔、優しい言葉、共に過ごした何気ない瞬間が、まるで影のように彼女を追い回す。
彼女は立ち上がり、無意識に二人の思い出が詰まった部屋を見渡す。彼の趣味であったギターが静かに壁に寄りかかっている。彼はいつも、ふと気が向いた時にストロークを始め、心に浮かぶ歌を歌っていた。彼女の好きなメロディーを弾くときに見せた、無邪気な笑顔が今、彼女の胸を苦しくする。喪失感は、まるで冷たい風のように彼女の身体を包み込み、温もりを奪っていく。
彼女はギターに手を伸ばし、そっと弦に触れてみる。かすかに感じる振動は、彼の存在を思い起こさせた。彼女は深い呼吸をし、指を動かすが、音色はいつも通りではない。彼の音楽が消えた空間で、彼女の音楽もまた途切れてしまったようだ。ささやかな喜びの瞬間が、喪失感の影によって塗りつぶされていく。日常は続いているのに、自分だけが立ち止まったままの気持ちが、彼女の心を押しつぶす。
彼女は一人、外の景色を眺める。周囲の人々が笑い合い、手をつなぎながら歩いている姿が、まるで遠い世界の出来事のように感じる。彼女だけが、孤独な影に包まれたように立ち尽くしている。彼の声が心の中で繰り返される。「大丈夫、君は一人じゃないよ。」しかし、その言葉の意味が、今は彼女には届かない。彼の声を思い出そうとするたびに、現実は厳しさを増すばかりだった。
日が暮れ、薄暗くなった部屋の中で、彼女はふと思いつく。彼との思い出を、一つの物語として綴ることができるのではないか。記憶の断片を繋ぎあわせることで、彼の存在を再び感じられるかもしれない。喪失感に飲み込まれるのではなく、その中に光を見出す方法があるはずだと信じ始めた。彼女はノートを取り出し、ペンを握りしめる。彼との出会いや、小さな幸せ、そして別れの瞬間を言葉にすることで、彼を忘れることはないと誓った。彼の音楽が再び心の中で響き渡る日を夢見ながら、彼女は物語を紡ぎ始める。
テーマ-【喪失感】
私にはお姉ちゃんがいる。私の両親とは仲良くはないけれど、私には仲良くしてくれる。
私が生まれたのは、お姉ちゃんが小学校二年生のときだった。勿論生まれてきた頃の記憶なんてあるものじゃないから、お姉ちゃんがどんな顔をして私を迎えたかなんてわからない。両親は私の誕生に喜んでくれていたけど……
今年から小学校に通い始めた。毎日日記を書かされているから、何か思い出を作らなくちゃいけない、とお姉ちゃんに言うけれど、そんなことしないで適当に書けばいい、とお姉ちゃんは私に言う。
そんな日常を過ごしているとある日、お父さんが無職になった──つまり、会社が潰れちゃってお父さんの働く場所がなくなってしまった──らしい。お父さんが仕事を見つけるまで、貯金から崩したり、政府からお金をもらったりでなんとか過ごしてた。
お母さんが突然私にこんな事を言った。
「ごめんね、〇〇ちゃん。お姉ちゃん、もうしかしたらまた施設に返さないといけなくなってしまうかもしれないの。
情けない話だけど、飼い始めた"ペット"を飼い続けるお金がなくなってしまったのよ。いい?」
「だめ!! わたしのペット!! あんなペットでも世界に一匹だけのペット大切なペットなんだから! 返しちゃだめ!!」
「でも私とお父さんはあの子に対してなんの愛情もないのよ? このまま育て続けても……ねぇ…?」
「いやったら嫌!」
その日、お姉ちゃんは死んだ。
"親"を殺して。
ママ?お姉ちゃん死んじゃったよ。
そうねぇ。困ったわぁ。お父さんも仕事が見つかったし、新しいペットでも飼いましょうか!次は弟かな?
*
なんで私を置いていったの?養護施設に預けたの?ママ?ねぇママ?私も死ぬから。
あなたも死ぬ前に答えてよ!私の想像通り応えてよ!
テーマ-【世界に一つだけ】
彼女の心臓は、まるで嵐の中の船のように、激しく鼓動していた。静かな夜の街角、薄明かりに照らされた彼女の顔は緊張でこわばり、周囲の音が遠ざかっていく。彼女は、彼に会うために選んだこの場所に立っていた。その瞬間、全てが期待と不安で満たされていた。心臓の音は、自身の存在を知らせるかのように、耳の奥で鳴り響いている。
彼の姿が見えると、胸の鼓動はさらに速まった。彼は、いつも通りのカジュアルな服装で現れ、彼女の目に映った瞬間、言葉を失った。その微笑みは、彼女が何日も考え続けてきた夢のようだった。自分があまりにも彼に惹かれていることを、自覚せざるを得ない。
「待たせた?」彼は軽やかに尋ね、彼女の緊張を和らげるように微笑んだ。しかし、彼女にはその言葉が心の奥に響き、強く胸を打った。「いえ、全然」と答える声は震え、おそるおそる飛び込んだ会話は、まるで彼女の心臓のリズムに合わせるかのように進んでいった。
彼との時間は、時間の流れを感じさせないほど心地良いものであった。彼が語る夢や目標、そして彼女が持つ想いを交わすたびに、彼女の心はさらなる高鳴りを覚えた。その鼓動は、ただの恋心ではなく、自分自身を見つけていく感覚に変わっていく。彼の視線が自分に向けられると、まるで周囲の全てが消えてしまったかのように感じられた。
不意に彼が彼女に近づき、彼女の手を優しく握った。その瞬間、彼女の心臓は鼓動を強め、全ての言葉を忘れさせた。彼の温かい手が彼女の心に触れ、その鼓動が共鳴したように思えた。「君といると、心が落ち着く」と彼が言ったとき、彼女はその言葉に思わず微笑んだ。まるで運命のように二人の鼓動が重なり合うことを、彼女は確信した。
しかし、心のどこかに不安もあった。彼が本当に自分を想ってくれているのか、これから先も続くのか、そんな疑問がどんどん膨らんでいく。彼女の心臓は緊張の渦の中で、愛と不安が交錯していた。だが、その瞬間にはただ一つの真実があった。彼と過ごす時間が、自分を輝かせているということ。
「私は、ずっとここにいたい」と思わず彼に告げた。彼は優しく彼女を見つめ、「僕もだ」と答えた。その言葉に、彼女のハートはさらに響き、胸の鼓動は希望で満たされた。彼らの時間は、まるで永遠のように感じられた瞬間だった。心臓の音は、ただ一つの真実を告げていた。愛しさと期待に満ちた鼓動。その鼓動こそが、彼女の人生を変えていく始まりなのだと信じることができた。
テーマ-【胸の鼓動】