影山零

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9/10/2024, 12:42:01 PM

彼女は朝の日差しが差し込む窓辺に座り、手に持ったコーヒーカップから立ち上る湯気を見つめていた。香りが心を少しだけ和ませる。しかし、その温もりも長くは続かず、心の奥に渦巻く喪失感が再び顔を出す。数ヶ月前、彼の突然の死から、日常が一変した。彼と過ごした時間は、まるで夢のように鮮やかで、かけがえのないものであった。それなのに、今はその記憶が彼女の心を締め付ける。彼の笑顔、優しい言葉、共に過ごした何気ない瞬間が、まるで影のように彼女を追い回す。

彼女は立ち上がり、無意識に二人の思い出が詰まった部屋を見渡す。彼の趣味であったギターが静かに壁に寄りかかっている。彼はいつも、ふと気が向いた時にストロークを始め、心に浮かぶ歌を歌っていた。彼女の好きなメロディーを弾くときに見せた、無邪気な笑顔が今、彼女の胸を苦しくする。喪失感は、まるで冷たい風のように彼女の身体を包み込み、温もりを奪っていく。

彼女はギターに手を伸ばし、そっと弦に触れてみる。かすかに感じる振動は、彼の存在を思い起こさせた。彼女は深い呼吸をし、指を動かすが、音色はいつも通りではない。彼の音楽が消えた空間で、彼女の音楽もまた途切れてしまったようだ。ささやかな喜びの瞬間が、喪失感の影によって塗りつぶされていく。日常は続いているのに、自分だけが立ち止まったままの気持ちが、彼女の心を押しつぶす。

彼女は一人、外の景色を眺める。周囲の人々が笑い合い、手をつなぎながら歩いている姿が、まるで遠い世界の出来事のように感じる。彼女だけが、孤独な影に包まれたように立ち尽くしている。彼の声が心の中で繰り返される。「大丈夫、君は一人じゃないよ。」しかし、その言葉の意味が、今は彼女には届かない。彼の声を思い出そうとするたびに、現実は厳しさを増すばかりだった。

日が暮れ、薄暗くなった部屋の中で、彼女はふと思いつく。彼との思い出を、一つの物語として綴ることができるのではないか。記憶の断片を繋ぎあわせることで、彼の存在を再び感じられるかもしれない。喪失感に飲み込まれるのではなく、その中に光を見出す方法があるはずだと信じ始めた。彼女はノートを取り出し、ペンを握りしめる。彼との出会いや、小さな幸せ、そして別れの瞬間を言葉にすることで、彼を忘れることはないと誓った。彼の音楽が再び心の中で響き渡る日を夢見ながら、彼女は物語を紡ぎ始める。

テーマ-【喪失感】

9/9/2024, 11:58:18 AM

私にはお姉ちゃんがいる。私の両親とは仲良くはないけれど、私には仲良くしてくれる。

私が生まれたのは、お姉ちゃんが小学校二年生のときだった。勿論生まれてきた頃の記憶なんてあるものじゃないから、お姉ちゃんがどんな顔をして私を迎えたかなんてわからない。両親は私の誕生に喜んでくれていたけど……

今年から小学校に通い始めた。毎日日記を書かされているから、何か思い出を作らなくちゃいけない、とお姉ちゃんに言うけれど、そんなことしないで適当に書けばいい、とお姉ちゃんは私に言う。

そんな日常を過ごしているとある日、お父さんが無職になった──つまり、会社が潰れちゃってお父さんの働く場所がなくなってしまった──らしい。お父さんが仕事を見つけるまで、貯金から崩したり、政府からお金をもらったりでなんとか過ごしてた。

お母さんが突然私にこんな事を言った。
「ごめんね、〇〇ちゃん。お姉ちゃん、もうしかしたらまた施設に返さないといけなくなってしまうかもしれないの。

情けない話だけど、飼い始めた"ペット"を飼い続けるお金がなくなってしまったのよ。いい?」
「だめ!! わたしのペット!! あんなペットでも世界に一匹だけのペット大切なペットなんだから! 返しちゃだめ!!」
「でも私とお父さんはあの子に対してなんの愛情もないのよ? このまま育て続けても……ねぇ…?」
「いやったら嫌!」

その日、お姉ちゃんは死んだ。

"親"を殺して。

ママ?お姉ちゃん死んじゃったよ。

そうねぇ。困ったわぁ。お父さんも仕事が見つかったし、新しいペットでも飼いましょうか!次は弟かな?

  *
なんで私を置いていったの?養護施設に預けたの?ママ?ねぇママ?私も死ぬから。

あなたも死ぬ前に答えてよ!私の想像通り応えてよ!


テーマ-【世界に一つだけ】

9/8/2024, 12:47:36 PM

彼女の心臓は、まるで嵐の中の船のように、激しく鼓動していた。静かな夜の街角、薄明かりに照らされた彼女の顔は緊張でこわばり、周囲の音が遠ざかっていく。彼女は、彼に会うために選んだこの場所に立っていた。その瞬間、全てが期待と不安で満たされていた。心臓の音は、自身の存在を知らせるかのように、耳の奥で鳴り響いている。

彼の姿が見えると、胸の鼓動はさらに速まった。彼は、いつも通りのカジュアルな服装で現れ、彼女の目に映った瞬間、言葉を失った。その微笑みは、彼女が何日も考え続けてきた夢のようだった。自分があまりにも彼に惹かれていることを、自覚せざるを得ない。

「待たせた?」彼は軽やかに尋ね、彼女の緊張を和らげるように微笑んだ。しかし、彼女にはその言葉が心の奥に響き、強く胸を打った。「いえ、全然」と答える声は震え、おそるおそる飛び込んだ会話は、まるで彼女の心臓のリズムに合わせるかのように進んでいった。

彼との時間は、時間の流れを感じさせないほど心地良いものであった。彼が語る夢や目標、そして彼女が持つ想いを交わすたびに、彼女の心はさらなる高鳴りを覚えた。その鼓動は、ただの恋心ではなく、自分自身を見つけていく感覚に変わっていく。彼の視線が自分に向けられると、まるで周囲の全てが消えてしまったかのように感じられた。

不意に彼が彼女に近づき、彼女の手を優しく握った。その瞬間、彼女の心臓は鼓動を強め、全ての言葉を忘れさせた。彼の温かい手が彼女の心に触れ、その鼓動が共鳴したように思えた。「君といると、心が落ち着く」と彼が言ったとき、彼女はその言葉に思わず微笑んだ。まるで運命のように二人の鼓動が重なり合うことを、彼女は確信した。

しかし、心のどこかに不安もあった。彼が本当に自分を想ってくれているのか、これから先も続くのか、そんな疑問がどんどん膨らんでいく。彼女の心臓は緊張の渦の中で、愛と不安が交錯していた。だが、その瞬間にはただ一つの真実があった。彼と過ごす時間が、自分を輝かせているということ。

「私は、ずっとここにいたい」と思わず彼に告げた。彼は優しく彼女を見つめ、「僕もだ」と答えた。その言葉に、彼女のハートはさらに響き、胸の鼓動は希望で満たされた。彼らの時間は、まるで永遠のように感じられた瞬間だった。心臓の音は、ただ一つの真実を告げていた。愛しさと期待に満ちた鼓動。その鼓動こそが、彼女の人生を変えていく始まりなのだと信じることができた。


テーマ-【胸の鼓動】

9/8/2024, 1:34:20 AM

踊るように舞う白鳥。その一匹は彷徨っているように見える。そして一匹でいることを喜んでいるようにも見える。

僕はそれを海沿いにある道路を車で走りながら窓から眺める。

家族で話している声がすぐそこから聞こえるのに、頭では処理できないから、まるで遠く離れたところから聞こえるみたいな錯覚を覚える。聞きたくない声から僕は背けて、みたいものだけを見る。たとえ邪魔をされようと。


   *

「白鳥になってみる」
トンネルからくぐって出てきた車を見下ろしながら、僕はずっと同じところをぐるぐる回る。美しい羽をはばたかせ、空を誘惑する。

そんな行動に意味はない。というか、ひとつひとつの行動に対して考えてやっていない。本能が「こうしろ」と囁いてくるのだ。


   *

僕は車にいる僕に戻る。そして白鳥に心のなかでこう叫ぶ。

「あなたは僕で僕はあなた。

だからあなたはきっと《あの家族を殺したい》と思ってるんでしょうね。」

テーマ-【舞うように】