「何度も壊そうとした」
「…何を?」
僅かに聞こえた微かな言葉が耳に入り、聞かずには居られなかった。
「何だと思う?」
ペン回しをしながら問いかけられる。そんなの知るわけが無い。回しているペンでも壊そうとしていたのか。だったとしても人の力で簡単には壊れないと思う。
「心をね、壊そうとしたの」
全くの的外れの答えに開いた口が塞がらない。きっと、今変な顔をしているに違いない。それほどまでに、斜め上の内容で驚いたのだ。
「的外れすぎてビックリしちゃった?まぁ、そうだよね。私とあなたって、今日が初めて喋るし。お互い何も知らないんだからさ」
考えてたことがバレて焦ってしまう。
キミと話すのは今日が初めて。しかも、こんなに面と向かって会うのですら今日が初めてなのかもしれない。それ程までに、キミという存在に出会ってこなかったのだ。 そんなキミが壊したい物が心だなんて。今日であったばっかりだから、関係ないかもしれない。でも、聞いてしまった以上は気になるっというものだ。
「なんで、その…心を壊すの?」
「暗闇の中にいるのが疲れちゃったから」
キミはこう紡いだ。
心の壁。それをずっと感じて生きてきた。
何をするにもその壁が立ちはだかり前には向いて進めない。思考も行動も全てが制御された。
まるで、卵の殻。
少しのヒビで心が割れて崩れていく。
内側からは固くて外には出れず、外からの刺激には脆い。
殻に閉じこもり、外の世界とは拒絶する。
「つまりね、私は暗闇の中で……暗がりの中で1人だったわけ。それは、これを話したあなたがいたとしても。世界から必要とされない私はね、おさらばしようかなって。物語みたいに、めでたしめでたしで、終わるの」
にひひっと笑いながら喋るキミの笑顔は何処か儚いものだった。 本当にキミは消えようとしていたのが分かる。それを止める権利なんてない。人でなしと思われるかもしれないが、キミの決めた事なら尊重すべきだろう。
「だから、止めないでね。私の唯一の汚点は、あなたに聞かれていたことかもしれないな。じゃあ、私はいくね。あなたも早く”答え”を見つけなよ」
これが教室の1番後ろの窓際に座るキミとの最初で最後の会話だった。
「この暗がりの世界で、あなたが壊したいものを見つてね」
お気に入りの喫茶店がある。
有名なのはマスターオリジナルの珈琲。珈琲が苦手な私は飲んだことはなく、裏メニューの日替わりの紅茶を良く頼む。常連客は珈琲と本日のオススメのケーキを頼むみたいだ。お客さんの笑顔から珈琲の美味しさが伝わってくるのだから美味しいに違いないだろう。
カウンターに座り、マスターに注文する。”いつもの”で伝わる程にこの喫茶店に通っている。紅茶とケーキが並べられるとカップを手に持ち香りを楽しむ。匂いや味で紅茶の善し悪しなどミーハーの私には分からないがマスターの入れる紅茶が美味しいのだけは分かる。
一口飲むと紅茶の美味しさと香りが喉に広がる。
「私ね、マスターがいれるこの紅茶の香りが好きなの」
いつもの時間を忘れることの出来るマスターの紅茶。
私はこの紅茶の香りが好きだった。
「マスターがマスターでいられるうちは、まだまだ通いに来るから、元気でいてよね」
初めてあった日から沢山の月日が流れた。
「気になる人」から「好きな人」へ
「すき」から「大好き」へ
そして
「彼氏」から「旦那」へ
変化して行った。
「大切な人」から「欠かせない人」へ
キミとボクの関係は続いていく。
「愛してる」
この一言で済ますことの出来ない愛言葉を。
彼氏が出来たらその次になる存在。
それって、友達といえるのか。
確かに、優先順位は変わってくるだろう。
だとしても、「友達」と言うのであれば
もっと私を見て欲しい。
彼氏とまではいかなくとも
存外に扱って欲しくなどない。
あなたが「友達」の私を振り回すのなら
私だって「友達」のあなたを振り回す。
だって、それがあなたの望んんだ
「友達」なんでしょ?
まるで太陽のように眩しかった。
眩しくて一度も目を合わせたことがなかったキミ。
クラスの中心人物で人気者のキミ。
カッコ良く頼りになるキミ。
少しの変化にも気付くキミ。
だけど、本当は
少しドジで天然なところが魅力的なキミ。
負けず嫌いなキミ。
努力を恥ずかしいと努力することを隠しているキミ。
眩しい太陽は、
昼の時はみんなの憧れの存在。
夜になると努力を惜しまない。
月と太陽が眠るときくらいは
ただ、キミも普通の人であって欲しい。