「あ、」
委員会が終わり、戻った教室は無人だった。
彼のセーターが、イスの背もたれに掛けられているのを見つけた。
忘れ物……? そう言えば、今日は小春日和で日中暖かく、ブレザーの下のものを脱いでいたような。
窓辺で日当たりの良い席の彼。
何気なく、手が伸びた。そっとセーターを取り、見つめる。
使用感はある。でも、きちんとお洗濯をして着ている跡があった。くったり肌なじみがよい。
「……」
出来心だった。つい、袖を通してかぶってしまう。Vネックセーター。
ベージュの、何の特徴もない学校指定の物。
優しい匂いに包まれた。これは、柔軟剤……?そして、男子用なのでぶかぶかだ。
長い萌え袖になっている。私はつい笑った。
「ぶかぶか」
声に出してしまう。ーーと、そこへ教室後ろの戸がガラッと開いた。急に。
私は飛び上がった。
「あれ。委員長、ひとり?」
「~~う、うん」
ドクンドクンと心臓が喉元へせり上がる。どどどどっど、どーしよう! 本人、間宮くん来た!来ちゃった。
きっとセーター忘れたのに気付いて引き返してきたんだ。それを私が身に付けてると知ったら……。ヤバい女、認定決定。
私は身を固くして、彼の「あれ? それって俺のだよね」の言葉に備える。その瞬間、私はこの教室での居場所を失う。そして同時に彼のことを好きだって、ずっと想ってたってことも、本人ばれすることになるのだ。
でも間宮君は「明日英語の単元テストだってのに、テキスト忘れちゃって」と言い、自分の席に近づいた。中から教科書を取り出し、あった、と笑う。
ーーあれ、もしかして。気づいてない?
私はほっとして、イヤまさかと思い直し、緊張を解かずにいる。間宮君は「新田さんは、まだ残ってるの」と話を向けた。
「あ、さっきまで中央委員会で、それで」
「そっか。じゃあ玄関まで行く?」
爽やかに誘う。やっぱり気づいていないみたい。私が、彼のセーターを羽織っていることに。
男物なのに・・・・・・こんなに、ぶかぶかなのに。
これって、気にも留めてないってこと、よね? そう思うとなんだか切なくなった。
「……うん」
でも私は頷いた。スポーツバッグを取り上げ、ショルダーを肩にかける。
ちょっとの間だけど、間宮君と一緒に過ごせる。玄関まで行ける。
それだけで、じゅうぶん。放課後の神様に感謝したい気分だった。
「~~~はああああ。マジ、きんっちょうしたああ」
玄関を出て委員長と別れるなり、俺はしゃがみこんだ。顔が熱い。心臓、バクバク。
軒下で待っていてくれた友人が「どした? 忘れもんは」と尋ねる。
「取って来れなかった」
「はあ? 何のためにお前教室まで戻ったんだよ」
怪訝そうに首を傾げる。
俺はしゃがみこんだままぐしゃっと髪を掻きむしった。
委員長がーーあの、新田さんが、俺のセーター、着てた。明らかにぶかぶかで、萌え袖で。
見つかったと思ったのか、顔が真っ赤になって強張ってた。とっさに、テキストを取りに来たと誤魔化したけど。
「なにあれ、なんなの。俺のセーター羽織るとか、俺のこと、好きなの?」
うわああああと喚いてしまう。友人が「何をさっきからぶつぶつと……挙動不審だぞ、お前」と首をひねる。
だって、だってよ。あの新田さんだよ。きれいで頭もよくて、うちの高校の才媛と名高い彼女が、他校にもファンが大勢いる彼女が、もしかして俺のこと、好きなのかもしれないんだぜ。
事件だろ、これ!
心臓の鼓動が全く収まらん。夕方、帰り際の西の空はもう暮れかけている。うっすら肌寒い。
俺のセーター……うちまで着て帰ってくれるといいな。
ブレザーの下、すうすうするのを今更のように感じ、俺はくしゅんとくしゃみを一つした。
#セーター
あの人は
今頃、空の遥か上の方で
たとえば、火星とか、本当に本当に遠くのほうで
ネリリし キルルし ハララしているかもしれない
「万有引力とは
ひき合う孤独の力である」
そんなすごい言葉を残して
あの人は逝った
巨星 墜つ とは言われたくないだろう
火星で楽しく暮らしていると言われたいだろう
たぶん
#落ちていく
谷川俊太郎氏を心より悼んで……「二十億光年の孤独」
老夫婦、思うところがあって、北国に移住しました。
「タイヤ交換?」
「そうですよ、こっちじゃ冬場、スタッドレスタイヤに履き替えるんです。夏タイヤじゃ転倒事故起こしますよ」
「はー」
バスの配車が、一時間に1本あるかないか、地方電鉄は一車両か二車両という田舎で過ごす、初めての冬。
車がないと死活問題だと言われ、中古の軽自動車を購入した。ホンダの⚫︎ボックス。走る走る。怖いくらい。
その、スタッドレスタイヤなるものを買いに、オートバック⚫︎に出かけた。ばーさんと一緒に。
店員さんにその旨を伝えると
「タイヤ4つ購入と、組み換えですね。今、大変立て込んでまして、予約していただいても、そうですねー。来月の17日のピットインとなります」
は?
思わずばーさんと目を見交わす。
わしは、もう一度店員さんに聞き返した。
「今日は、11月15日ですが、今日タイヤを買って、仕上がりが?」
聞き間違いかと思った。
でも、
「来月12月17日です。予約でいっぱいで」
と言われた。
わしらはぼーぜんと顔を見合わせた。
「じゃあ、それで…」
仕方なく手続きを終え、来月車を持ってくる取り決めをして店を出た。
ばーさんが言った。
「来月半ばって、もう雪降ってますよねえ多分」
「きっと降ってるなあ、予報でまもなく初雪と言ってたから」
「なのに、タイヤ交換は、一月先なんですね」
「らしいのう」
カーピットのスタッフの人手が足りないのと、高齢者が増えて自宅でタイヤ交換が出来なくなったせいの混みようらしい。何とも世知辛いというか、いやはや…
ばーさんは助手席でシートベルトを絞めながら言った。
「まあ、雪が降って、タイヤ交換が間に合わなければ、しばらく歩いて行き来したり買い物行ったりしましょうか。足腰の鍛錬にもなりますしね」
わしは頷く。
「まあ、それもいいかの」
雪の中歩くのも北国ならではだて。
初雪を待つ晩秋の曇天を見やりつつ、わしらは笑った。
老夫婦、思うところがあって、北国に移住しました。
#夫婦
実話ばかりを更新していきます
「んもー、天野くん、もういい加減諦めて。私、あなたのこと覚えてないし、思い出せないし、織姫彦星の生まれ変わりだって言われても困っちゃうよ」
昼休み、いつもの彼の猛攻から逃げ疲れて、私は体育館のギャラリーで地団駄踏んだ。追いかけられて、そこまで来てしまっていたのだ。
「思い出せなくてもいーよ、いいから俺とご飯食べようぜ」
焼きそばパン買ってきたんだと、私に差し出す。
う、美味しそう。と思った瞬間、ぐううううとお腹が派手に鳴った。
顔から火が出るかと思った。そんな私に天野くんは
「ほら、食いなって。弁当、教室に置いてきたんだろ?」
無邪気な笑顔で押し付けてくる。誰のせいよ、だいたいあなたが授業終わりのチャイムが鳴り止まないうちに、姫子!昼メシ一緒に食おうぜー!ってやってくるからじゃない、と抗議しようとした。
でもニコニコしてる彼を見て、その気が失せた。
「ありがとう」
と言って、パンを受け取り、手すりの足元に腰を下ろして食べ始める。いただきます。
天野くんも私の隣に座って、自分のパンを食べ出した。むしゃむしゃ。
「美味しそうに食べるねえ、天野くん」
「ん。そお?うまいじゃん」
「そうだけどー」
私もかぷ、と、一口ありつく。天野くんは目を細めて私を見ている。
「なあに?あんまし見られると食べづらいんだけど」
「いやー、やっぱ好きだなぁって。姫子」
ぶ!思わず私は咽せた。げほげほ。
「何急に。びっくりするじゃない」
「うん、きちんといただきますって言うところと、ギャラリーでも立ち食いしないで腰かけて食事するところと、両手でパンを口に運ぶところと、なんか、どれをとっても好きな要素しかねえなあと思ったからさ、すまん。つい」
天野くんは優しい口調で言う。
私はどきんとした。や、やだ、なにドキっと心臓鳴らしてんのよ。褒められたぐらいで、あまりチョロいじゃないの。しっかりしなさい、私。
「もー、ずるいよそういうの天野くん。私にどーしろっていうのよ、もおお」
半ば癇癪を起こして私は残りのパンを口の中に押し込む。むが。
そんな私に微笑を向けながら、こう言った。
「だから付き合おうって。俺たち。昔の記憶とか前世とかどうでもいいよ。今、この高校で入学した者同士、まずはお付き合いしてみようぜ。きっと楽しいはず、俺と姫子なら」
だって座ってパン食ってるだけで、こんな楽しいんだぜ。付き合ったらもっと楽しいに決まっている。相性抜群。
俺となら面白いぜ。バチ、とウインクを決めて天野くんは白い歯を見せた。
#どうすればいいの?
ここにしたためているのは、誰かにとってはただの駄文
あるいは、好きな作品
私にとっては、宝物の数々
いかようにも
お読み頂けるだけで、私は幸せです
ほんのひとときでも日常を忘れて
楽しんで下されば嬉しいです
いつも読んでくださりありがとうございます
#宝物