#誰かのためになるならば
「誰かのためになるならば」
そう言って笑顔で旅立っていく貴方を、どうして引き止められましょうか。
「必ず帰って参ります」
だからどうか泣かないで、笑って送り出してください。そんな優しい言葉をかけてくれた貴方。
本当なら行かないでと叫びたかったけれど、そんなことを口にすることすら許されなかった、あの時代。
誰もが大切な人を、家族を、行かせたくない戦地へ送り出した、あの時代。
あれから何年も何十年も経った、今。
すっかりシワシワのおばあちゃんになってしまった私を、あのころと変わらないままの貴方は迎えに来てくれました。
「誰かのためじゃない、あなたの為になるならば。そう思って戦地に向かったのですよ」
そのひと言に救われた私は、まるでサナギが蝶に生まれ変わるように、シワシワのおばあちゃんという『殻』を脱ぎ捨て若い頃の姿に変わると、あなたに手を引かれるまま、新しい光の中に向かって走り出したのです。
#鳥かご
可愛い、可愛いカナリアさん。
今日も元気に鳥かごの中でさえずっているね。
可愛い、可愛い、私のカナリア。
赤い衣装もよく似合うわ。
今度あなたの為に、白いドレスも用意しなくちゃ。
可愛い、かわいい、
愛しい、恋しい、
私の、カナリア。
ずっとずっと、私のためだけに、さえずって。
ずっと、ずっと、この鳥かごのなかで。
「お母さん、わたし、お母さんの×××××じゃないんだよ」
さえずることを止めたカナリアは。
月が冴える冬の夜に、星の海に還された。
#友情
ひとりが寂しいキミのため、そうしてボクはキミの親友になった。
初めのころ、キミはボクのことなんて見向きもしてくれなかったね。
それから1年がたち、2年が過ぎ、3年目の春、やっとキミはボクに触れてくれた。
抱き上げて、一緒に来て、そう言ってボクを連れて行ったのは、たくさんの石が並ぶ広場だった。
「ここにね、僕のお父さんとお母さんがいるんだ」
その一角にある小さな石の前で、キミはその大きな目から、ほとりほとりと雨をふらせながら、ボクにそう教えてくれた。
「今まで怖くてこれなかったけど、きみが一緒だからやっと来れたんだ」
ありがとう。そういって固いボクの体をめいっぱいに抱きしめてきたキミ。
そんなキミを見て、ボクは、ボクが壊れて動かなかくなってしまうまで、ずっとずっと友だちでいよう、そう誓ったんだ。
あれからいくつも季節がすぎた今も、すっかり大人になったキミの隣にまだボクが友だちとしていて、そんなキミそっくりなキミの子どもたちと、ボクそっくりな小さなボクたちも、とても仲のいい友だちとして、こうして一緒に過ごしている。
そして、それはこれから先もきっと変わらず続いていくんだろう。
#花咲いて
赤白、黄色にピンク橙色。
店先に並んだ花々たちは、いわゆるトップスター。
私はお店先にある花壇に生えている、名もない草。
普通なら邪魔な雑草として引っこ抜かれて、ポイと捨てられるだけの私を、この花屋の店長さんであるあなたは可愛らしいといって大事に大事に育ててくれていた。
そして今日も、綺麗なニンゲンの女性に買われていく、大きくて綺麗な百合の姉様を見送りつつ、あなたがジョウロから降らせてくれる雨を体いっぱいに浴びている。
ジョウロから最後の一雫がぽとりと葉っぱに落ちたとき、私はあなたに見てみて、と無言でアピールをしたわ。
それに気がついたあなたは身をかがめて、そっとそれに触れてきたの。
頑張って咲かせた花はとてもとても小さな花だけど、こうして花咲いて見せることが出来たのは、きっとあなたの愛情のおかげよ。そういうように、一生懸命葉を揺らしたわ。気持ちの上だけ、の話だけど。
そうして咲いた花が、実は世界にたった一つしかない新種の花で、それを知ったあなたが二重の意味で喜ぶことになるのを、店長であるあなたも、そして花咲かせた私自身もまだ知らない。
#もしもタイムマシンがあったなら
もしもタイムマシンがあったなら、私はどうするだろう。
やり直したい過去に戻る?
それとも知らない未来を見に行くだろうか?
きっと、そのどちらもしないだろう。
なぜって?
だって、今の自分があるのは、やり直したい過去を越えてきた、勇気の証。
そんな大事な自分を捨てるなんて、もったいない。
じゃあ未来を知りたくないのかって?
知った瞬間に、きっとどんなにキラキラした未来も、つまらなく見えるだろう。
分からないからこそ、楽しみなんだもの。
だから、私はタイムマシンがあっても使わない。
そんな私よりもっと、それを使いたいと心の底から願う人に、その権利を渡すわ。
そうして、私は私のまま、まだ見ぬ未来にドキドキしながら、これからもずっと私を貫いて生きていく。