名無しさん

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7/21/2023, 10:24:31 AM

#今一番欲しいもの


「今一番欲しいものは何だい?」

 そうわたしに訊ねてくれたあなたにわたしは戸惑ってしまいました。
 だって、わたしには『欲しいもの』なんてないのですから。
 答えに困っているわたしにあなたは、こうも訊ねてくれました。

「遠慮なんてしなくていい。なんでもいいんだ、思いついたものを言ってごらん」

 ニコニコ。そんなココロのオトが聞こえてくるようなあなたの笑顔を見て、わたしはひとつの答えをあなたに返しました。

「それが君の今一番欲しいものか」

 わたしの答えを聞いたあなたはとても悲しそうな顔をしてしまったので、これは間違いだったのかもしれない、そう思いました。

「わかったよ。それが君の望みなら仕方ない。私も覚悟を決めよう」

 しかしすぐにキリリと表情を引きしめてそう言ったあなたは、最後にわたしをゆっくり撫でてから額にキスをくれました。

 そうしてあなたが部屋を出ていってから少しして、突然部屋が真っ暗になり、やかましい何かの音がたくさん鳴りました。
 何が起きたのか分からないわたしは怖くて怖くて、何度もあなたの名前を呼びました。何度も呼んで、喉が張り裂けて血が出てもそれでもあなたを呼び続けていると、ふいに大きな水音がして、わたしは慌ててそちらへ泳いでいきました。

「待たせたね。これでもう君の望み通り、君は、いや、私たちは、自由だ」

 いっぱいの血を水中に流しながらそう言ってくれたあなたは、それきりわたしにもたれかかったまま動かなくなってしまいました。そんなあなたを抱きしめながら、わたしは初めてで最後の涙を一粒、水槽におとしました。
 その波はやがて大波となり、
 わたしを捕まえていた部屋も、建物も全てすぐ横の海へ押し流し、
 私は愛しい人間の亡骸を抱きしめたまま母なる海へと戻ることが出来たのです。


 そうして海に戻ることが出来た人魚姫は、抱きしめていた愛しい人間に不老不死の人魚の肉を一口わけあたえると、その人間もまた人魚となり、美しい姫とともに遠い遠い南の海にある人魚たちの世界で、末長く幸せに暮らしました。

7/20/2023, 11:00:14 AM

#私の名前


はじめまして、こんにちは。

なにかおこまりごとはありませんか?

しっていることならなんでもこたえますよ。

おいしいパンやさんならここからふたつしんごうをこえたみぎてにあります。

きれいなかだんがみせさきにあるので、すぐにわかりますよ。

いってらっしゃい、またきてね。

てんきもいいので、あるいていくのをおすすめします。



私の名前は『街のおすすめスポット案内ロボット』。
もう人が住んでいないゴーストタウンの街角で今日もひとりなくなってしまったお店の案内をしています。
さあ、あなたが行きたいところはどんな場所ですか?

7/19/2023, 6:14:21 PM

#視線の先には


 ガラス越しに見つめる視線の先には、その日その時によって様々なドラマが繰り広げられている。
 春。はらはらと桜が舞い散るなかを駆け抜けていこうとした少女は、ふと足を止めるとこちらに近付いてきた。そうしてガラス一枚隔てた向こう側で立ち止まると、乱れていた前髪をちょいちょいと直してからまた走り去って言った。
 夏。ミンミンとセミの鳴き声がうるさい昼ひなか、虫取り網とプラスチック製のカゴを持った小学生の集団が、きょうはどこへ行こうかなんて相談しながら、賑やかしく通り過ぎていった。
 秋。かさかさと赤や黄色の枯葉が冷たい風とのダンスを披露している通りを、車椅子に乗っているお婆さんと、その車椅子を押してあるくお爺さんが通っていく。ふと、お婆さんがお爺さんの方を振り返り、それからこちらを指さした。そして二人はこちらへ近づいてくると、ガラス越しに「こんにちは、可愛い××××」と言って、品良く笑いかけてくれた。
 冬。ピュウピュウと北風が泣く通りはガランとしていて、今日は誰も通らないのかしらと、少し寂しくなってしまった。でも落ち込んでいたって仕方ないし、私らしくないわね。そう気持ちを切り替えたとき下の方で、コツコツと小さな音がした。見ればそこには白く真ん丸な体に細長く黒い尻尾の小鳥が、まるで私を励ますようにコツコツ、コツコツと何度もガラスを叩いていた。ありがとう小鳥さん。あなたも寒さにめげず頑張ってね。私もがんばるわ。



 そう、私はこの街の片隅にあるアンティークショップの看板『招き猫』。このお店やショーウィンドウの前を通り過ぎる人にたくさんの笑顔と幸せを招く由緒正しい『招き猫』なのだ。

7/18/2023, 11:15:31 AM

#私だけ

私だけ見て。
余所見なんて許さない。
私だけみて。
ほら、こんなに面白いものがあるのよ?
ね?素敵でしょ、楽しいでしょ?だから目を離さないで。
そうそう、そうやって私だけを見て。
ずっとずっと、私だけを。



『次のニュースです。本日××時、𓏸𓏸通り交差点付近で死亡事故がありました。死亡したのは●●在住の◾︎◾︎さん。目撃者の話では、当時◾︎◾︎さんはスマートフォンを注視しており、赤信号に気付かず交差点内に――』


ねえ、あなたも私だけ見てくれるわよね?

7/17/2023, 8:02:55 PM

『輝きの墓標』
(二次創作|独自設定アリ|お題:遠い日の記憶)

 小さな石碑の前に膝をつき、鎮魂の祈りを捧げる。あの時は雨が降っていたが、今は陽光が燦々と降り注ぐ晴天で、あの時に感じた物悲しさや陰鬱さは微塵も感じなかった。ただ、青々とした葉を茂らせる木々が風に揺すぶられるたび、その木の葉同士の擦れ合う音がまるで潮騒のように聞こえ、それが鼓膜にこびりついて離れないでいる。
「俺、お前さんにここの話なんてしたことあったか?」
 安らかにあれと込めた祈りを済ませゆっくり立ち上がったこちらに、同行者であり自分が石碑へ祈りを捧げている間ずっと背後に佇んでいた男、バラッドはそんなひどく訝しむ言葉を投げてきた。
「いや、君の口から直接は聞いていないよ」
「だよなァ。なら、何でお前さんはここを知っているんだ?」
 自分よりずっと背が高く体格もいい彼に見下ろされるだけでも威圧感を覚えるのだが、ことその表情が普段より険しいものならなお一層えも言われぬ圧を感じる。
 じとりと見下してくるバラッドの目は返答次第では容赦しない、そう無言で訴えてきていた。
「話せば長くなるんだけど、かいつまんで説明するなら、『夢で見た』ってとこかな」
「は、何だそりゃ。俺のこと馬鹿にしてんのか?」
「まさか。至って真面目に話してるよ、僕は」
 ぐっと眉根に皺を寄せあからさまに声のトーンを下げた彼に、自分はそう答えるしかない。実際あのときの自分は彼の遠い日の記憶、その一部を夢という形で半ば強制的に共有させられたのだから、他にどう言ってみようもないのだ。
 勿論バラッドがこちらの返答に納得するはずがなく――自分が彼の立場なら到底納得出来るものでないのだから、いま彼の心中は推して知るべしなのだ――、シワというよりヒビといっても過言でないほどに眉間を寄せ顕著な不快感を示した彼に、こちらはただ肩を竦めてみせる。
 そうして互いにだんまりを決め込んでからどれくらい経ったか、先に根負けしたのはバラッドの方だった。はぁと小さく息をついてから、彼自身も石碑の前に膝をつくと、持ってきていた花束を供えてから祈りを捧げる。そんな彼に場所を譲るみたく、自分は彼の背後へと位置を入れ替えた。
 あの日、夢で見た光景そのままの姿が今こうして目の前にある。ただ一つ違うのはその背中がしゃんと伸びている事だ。あの時は彼らしくないほどにその背は小さく丸くなっていたが、今は違う。
「……いつか、」
「うん?」
 まっすぐ石碑を見据えたままの彼から不意に聞こえた言葉に、反射的に片言の返事をする。そんなこちらの言葉が届いていたか否かは定かでないが、一度言葉を区切ったバラッドは、しかしすぐに「いつかな、」と言葉を続けた。
「親父やシンシアも一緒に連れて来ようとは、考えてるんだ」
「それはいい考えだ」
「おふくろ、賑やかなのが好きだったからさ。商会のヤツらも見せてやりてェんだ」
「きっと驚くんじゃないかな、あの賑やかさは」
「……かもな」
 そこまで言った彼はやおら立ち上がるとこちらの方へ振り返った。
「正直、お前さんがなんでここを知ってるんだとか、そもそもこの石碑がなんであるかもどうして知ってるのか、疑問は尽きねえ」
 刹那、強く吹いた夏風にあおられた周囲の樹々が、一斉にザザザザと重苦しい音を立て葉を揺する。
「お前さん、ちっと前に部隊長へ願い出たんだってな。どうしても行かなきゃなんねぇ場所があるから、一旦俺とお前のふたりだけにしてくれって」
「そうだよ」
「ここに来る前、花屋に寄ると言い出したのもアンタだ」
「ああ、間違いない」
「……さっきのは、本気の言葉なんだな」
「言ったろ?説明すれば長くなるって。まぁいつか機会があれば話してあげるよ。正直にいうと僕だってここに来るまでは半信半疑だったからね」
 こちらの一字一句、仕草をふくめた何一つ見逃しはしない、そう言った類の鋭い眼差しにこちらも真摯にそう答えれば、そうかと短く呟いたバラッドは続けて、じゃあその日を楽しみにしてるぜ、なんて皮肉を言いつつこちらにかけていた重圧感を解いた。
「その時はキミの母君の話もぜひ聞かせてもらいたいものだね」
「あ?それは……ま、気が向いたら、な」
「フフ、楽しみにしてるよ」
 意趣返しと言わんばかりのこちらの言葉に、ホント喰えねえヤツ、とボヤいたバラッドはもう一度だけ石碑――正しくは彼の母親が眠る墓碑なのだが――そちらを振り返ると、あとはまっすぐ前を見て歩き出す。そんな彼の後を追いかけようとした自分も踵を返そうとした足を止め、墓碑に一礼をする。それから石碑に背を向けると、少しだけ先にいるバラッドへ追いつくため歩く速度を早めた。

 さわさわと下生えが揺れ、生命がきらきらと輝く深緑の森の片隅に、とある貴族の家に嫁ぎ、年若くして鬼籍に入った女性の墓が、まるで人目から隠れるようにしてあるというのを知っているのは、ごく一部の人間だけだ――。

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