#空を見上げて心に浮かんだこと
朝露に濡れた朝顔の花に水をやりながら、ふと見上げた空にはまだ夜の残り香のようにうっすらと月が浮かんでいた。
ジョウロでやっている水やりの手を止めて、ぼんやりしたその月を見ていると、そう言えば月のようだと感じた美しい友人は、今どこで何をしているのだろうと不意に気になった。
あとでメールをしてみようか。いや、せっかくだから手紙をしたためてみよう。それだったら便箋を買いに行かなくては。でもどこに行こう。
そうやって、何気なく見上げた空から次々心に浮かんだことは、普段とは変わらない一日に素敵な色をさしてくれたのだった。
#終わりにしよう。
今日君は、僕と君がずっと一緒に過ごしてきたこの家から、愛する人の所へ旅立って行くんだってね。
初めて僕が君に会ったのは、もうすぐ夏休みという時だったとパパさんから聞いたんだ。その時君は僕をみてヒマワリのような笑顔を見せてくれたのを、今でも鮮明に思い出せるんだ。
そんなまだ小さかった君は僕と一緒にグングンと大きくなっていった。短かった髪も長く伸ばして、それが陽射しを反射してキラキラ輝く様子は、まるでどこかの国のお姫様みたいだと思ったんだ。
すっかり大人っぽくなった君は、とかいという遠いところにあるだいがくって場所に行くために、一度この家を離れたんだっけ。そのお別れの夜は僕と君はひとつのベッドで最初で最後の添い寝をしたんだよね。あれは本当に嬉しかったなあ。
そうして君がとかいという場所にいってしまってからいくつも、はるなつあきふゆ、が過ぎて、やっと戻ってきてくれた君のとなりには、もう僕じゃなくて知らないお兄さんが立っていた。
寂しかった。僕の君は知らないお兄さんの君になっちゃったんだもの。すごくすごく寂しかった。でも、君と一緒にきたお兄さんはとてもいい人だってすぐにわかったから、我慢できた。なんでわかったかって?そりゃあパパさんと同じ匂いがしたんだもん、お兄さん。だから大丈夫だって思ったんだ。
そうして迎えた今日、君はそのお兄さんの家族になるために、この家を離れるんだね。それきり戻って来ないんだなって、僕でもわかる。だけど、今回は寂しくも心配もしてないよ。
ううん、違うかな。君のその真っ白なドレス姿を命があるうちに見れてよかった、そんな感謝を神さまにしているんだ。
ああ、ほら泣かないで。今日は君のハレの日じゃないか。だから初めて見せてくれた、あのヒマワリみたいな笑顔をまた見せてくれないかな?ね?僕の大好きだった、きみのあのえがおを、もう一度。
「今日まで生きていてくれてありがとう。もう苦しいのも痛いのも終わりにしようね。お疲れさま――」
手を取り合って
世界に平和をもたらしましょう。
性別、年齢、国籍、なんのその。
手を取り合って、理解し合って、恒久の平和を目指しましょう。
もはやそれって人である意味があるのでしょうか。
人として進化を捨てた先にある平和が、本当に平和なのでしょうか。
そうして、今日も唇では平和を謳いながら自分の手で誰かを傷つけて、私たちは生きている。
優越感、劣等感(二次創作)
自分しか知らない彼を知っているという優越感。だがそれは直ぐに彼自身に対する劣等感にすり替わってしまった。
住む世界が違う存在。彼を太陽と喩えるなら、自分は太陽が落とした影に潜む、地を這う小さな虫だ。誰のものと分からない血肉でこんなに汚れた自分が、今と同じように彼の隣にいていいわけがない。だからわざと嫌われるような言動を繰り返したり、彼と同じ部隊にならないよう旅団長に願い出たのだ。ああ、だと言うのにどうして。
「ったく、そんなこったろうと思ってたぜ。だから先回りして、お前さんが逃げられないようにしたんだよ」
バカがつくほど真っ直ぐで強い光は、影に潜んでいた地を這う小さな虫すらそのあたたかさをもって包み込むというのだろうか。
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自分よりずっと先に旅団にいた男に対する劣等感がなかったかと問われたら、ないとは言いきれないと答えるだろう。自分が知らない男を知っている仲間に無意識で嫉妬していた、それもきっとあったに違いない。
だが行動を共にするにつれ、仲間が知らない男の一面に触れることが出来て、あまつさえ相棒と呼びあえるような仲になれて、劣等感はいつしか優越感に変わっていた。
だから初めは男の言動に変化が出た時、なぜと腹立たしさを覚えた。誰かの隣にいるのもやぶさかでない、そう言った本人がそうなった途端に距離を置こうとするなんて人を馬鹿にしているとしか思えないと、そう思った。
だがそれは直ぐに間違いだと気付いた。男は馬鹿にしているのではなくその逆で、男自身のせいでこちらが不利益を被るんじゃないかと、そんなくだらない思い込みに囚われていたのだ。冗談じゃない。そんな風に見られていたなんて甚だ心外だ。
だから男がとるだろう行動の先回りをして逃げ道を塞ぎつつ布石を打っておいた。そうとも知らずまんまと思惑通りに動いた男は、いるはずのないこちらの姿を認めると瞠目する。そんな男に口角をつり上げつつ、こう言ってやるのだ。
「ったく、そんなこったろうと思ってたぜ。だから先回りして、お前さんが逃げられないようにしたんだよ」
1件のLINE
『次はいつ会えますか?』
ポコンと、独特の音を立て端末の画面に映し出されたその文字列を見て、はてと首を傾げた。
相手の名前に見覚えはなくて、またいつもの迷惑メールかと思い既読スルーを決め込んだ。
しばらくしてまた、ポコンと端末が鳴る。
『見てるんでしょう?無視しないでくださいよ』
なんだか気味が悪く感じて今度も無視を決め込む。途端に、端末がポコンポコンと鳴り続けた。
『無視しないでよ』
『知ってるんだから』
『早く出てよ』
『つめたい』
『みてるんだから』
ひっと悲鳴をあげたはずみで、手から端末が転げ落ちる。それを追って身をかがめた瞬間、ちょうど今まで自分の頭があった位置に凄まじい音を立てて鉄骨が突き刺さって、その衝撃波で自分はバランスを崩しその場に尻もちをついた。
「だ、大丈夫ですか!?」
顔面を蒼白にしてこちらへ駆け寄ってきた作業員の話ではトラックに積んでいた鉄骨の束をまとめていたロープが突然切れ、勢いついた鉄骨の一部が吹き飛んだということらしい。
ガタガタと震えながらも大丈夫ですと返したこちらに、作業員の一人がそれは良かったと言いながら手を差し伸べてくる。その手を取りたちあがろうとした、その時だった。
再びポコン、と画面がめちゃくちゃになって壊れているはずの端末が鳴る。
『無知は罪、間に合ってよかった』