足音がする。
誰のだろうと耳を澄ます。
人の話し声、他にも歩く人のざわめきやあくびの音。
それ以外でも、毛色の違う無機質な音。
ぴ!ガタン…!あ、分かりやすい。
目を向けなくても直ぐに自販機の音と分かる。
しかしどうして沢山人がいる中で、
誰のかも分からない足音が耳に残っているのだろうか
私にもよく分からない、がとても気になる…
まぁ、私の中ではよくある事だけれど。
気が散った矢先、多分飽きたので。
いつもと同じく目線を上げ、電線にさえぎられた青空を観察する。
今日は普通にいい天気だ、いい青色!
感動してそのまま眺めていると、空が狭まり周りが暗くなる。電車と屋根の隙間が少し眩しい。
あれ?早かったな…、と少しハッとする。
電車の内側の窓、上がってきた階段を見つめながら。
…結局誰の足音だったんだろ?
あ、もしかしたら同じ電車かな…!
思わず辺りを見渡してしまうが無駄に決まっている。
気づいて即座にやめると少し恥ずかしくなった。
でもきっと、誰が足音を鳴らしたかじゃなくて。
騒がしい中で、誰かも知らない一人の人間の足音、
それを耳に残して、何かを感じ気に停めた。
この余白の方が、多分もっと知るべきことだ。
あー!人の感性って面白いなぁ〜!!
と素早く切り替えた私は、ワクワクしながら。
景色が流れていくドアの隅に身を寄せるのだった。
私の心の羅針盤は、いつも物語の中に居た。
ゲームに漫画、アニメやドラマ、映画にも。
絶えずあるのは、別世界に生きる人間。
しかし、物語はあくまでフィクションである
という人がいるのも否めない、確かにそれは事実だ
極端に言って仕舞えば、物語は人が作った嘘話。
でも、考えてみて欲しい、
人間界に嘘じゃ無いものなんてあるのだろうか?
”あぁ、多分無いな。” というのが私の感想だ。
お金も地位も言葉も仕事も、全部人が作り出し、
勝手に信じてるだけの嘘なのだ。
つまり何が言いたいかと言うと…
脱線しすぎて正直私にもよくわからない笑
だけど、言いたいことがあるとすれば、
物語は嘘なんかじゃない。
私が確かに信じれば、それは真実になり得る。
時に感動させられて、たまに絶望させられて、
救われて、慰められて、愛したくもなる。
自分の命を使ってそれでも何かを教えてくれる、
物語の中に生きる人間の生き様は、いつでも輝かしい
まるで指針のように人間の可能性を見てせてくれる。
物語ってものはいつでも私の羅針盤であり、
肩を組めるような相棒なのだ。
眩しくて、目を閉じた
でも数秒後にはその先が気になっていた
眩しい、眩しいと思っているのは誰だ
私は酷く落ち着いた心境で、
眩しいな、でもだから何なのだろう
まるで平然と、思わず心の中で呟いた
目を開いて、その先を見ることにする
眩しい、しかし無理に瞑らなくても、私は自由なのだ
今を生きる
「自分には今しかない」
「今を生きれればそれでいい」
そんなセリフがいつも私の印象に残っている
今しかないってどういうことだろう
元々、人間には連続的な今しか無いはずだ
過去も未来も全部今だ、私にとってはそれが真実
今を生きるってどういうことだろう
「過去を生きる」とか「未来を生きる」とか言うけれど
人間は今以外を本当の意味で生きられるのだろうか
このセリフの中では、きっと「過去も未来も要らないから今だけ見つめて生きよう」というニュアンスだ
もしそうなら、私は納得しかねる
確かに過去も未来も存在しないのかもしれない
しかし、「今」以外から目を背けるのは違う
人間として逃げてはならない気がする、
逃げずに過去も未来も今も見つめ、背負って生きる
それが誠実な生き方だと思う
今を生きたい
【今回はかなりテーマが暗いこと、
自身の感情ベースに書き出したものなので、
感情移入しやすい方は読む際にご注意頂けると
嬉しく思います。ほんとに重いです|ω・`)スミマセン】
飛べ!飛んでしまえばいい!
1人。布団の中、薄あかりに照らされた
ベットサイドのカーテンを、苦し紛れに見つめる。
飛ぶ勇気なんてない、でもそれくらい惨めなのだ。
―情けない。
でも、情けないことを知っていて勇気の出ない自分は、もっと情けない。
人間として価値の低いものだ。誰かそれを認めさせて欲しい、そして進む勇気が欲しい。
独りよがりな考えを飽きずに、繰り返し繰り返して、
どうして、諦めきれないのだろうと思う。
私は一体何を諦めきれていなくて、このままここで。
…窓の外の世界を考えるだけ考えてから立ち止まる、
なんで?
考えをやめようと思えない、自分が変だと気づく、
手放してしまえば終わることなのに、私1人息を飲み、
頷けば、きっと済む話なのに。
だけど私の中はどこか、確信に満ちていて、
考えることを止める選択肢は残されていなかった。
明確な答えは分からない、今はとにかく
自由を手放したい気分だった。
でも結局、自由に縛られたまま、
『また』だ、窓の下に落ちた時の感覚を想像する。