「あ、ねぇねぇ。彼女さんが呼んでたよ」
「ありがと」
クラスメイトが廊下の方を見て俺に言う。
「どうしたの。俺のクラス来るの珍しいじゃん」
「うん。ちょっと、相談したいことがあって、ね……」
彼女が人目を気にするように周囲を見回したため、俺は彼女の手を取る。
「場所、移動しようか。三限目は二人でサボろう」
空き教室に移動すると、彼女は不安そうに口を開いた。
「あのさ、別れよう?」
頭の中が真っ白になった。
「なんで? 俺、なんかした?」
「……」
黙る彼女の表情を見て、俺は察した。
「また誰かになにか言われたの」
彼女はあからさまに動揺を見せる。
「いい。俺は何も気にしてない。お前だから好きなんだ。だから、お前はそれでいい。いつものお前でいてくれるだけで、俺は幸せだ」
【それでいい】
「もう別れよう」
急に彼氏から言われた言葉。
「え、やだ。なんで?」
彼は悲しそうに微笑む。
「……分かった。でも、最後に1つだけ。1つだけ、私のお願い聞いてくれる?」
これで、あなたを留められる。
【1つだけ】
一
3年前、彼氏からもらった、チャチな可愛らしい指輪がお気に入りだった。
ある日、それを失くしてしまったことを彼氏に報告すると、「また、新しいのを買ってあげるよ」と言われた。
分かってない。
私がほしい指輪は、あの指輪だけなのに。
彼氏に言うと、素直に謝って、探すのを手伝ってくれた。
結局、先日彼氏の家に寄ったときに失くしてしまったらしく、彼の部屋に落ちていた。
私に返す時、微笑んで左手の薬指につけてくれた。
「こんなものでも、君の“大切なもの”にしてくれてありがとう。こんなのでごめんね」
私の大切なものは、さらに特別なものへとなった。
“大切”は金としての価値のみではない。
“大切なもの”とは、美しく特別な思い出だ。
二
ピー、と響く電子音。
ものすごい喪失感に襲われる。
「ねぇ、目覚ましてよ。……ねぇ、ねぇ!!」
言い合いばっかりだったけど、本当は大好きだった私の兄さん。
それは、失ってから気付くもの。
【大切なもの】
「ずっと前から好きでした」
「……え、あー」
「……な〜んて、冗談だよ。今日はエイプリルフールだからね」
素直な想いをよくも悪くも濁せる日
【エイプリルフール】