眠ると一瞬で朝がくる。
それが、少し寂しいと思う時がある。
二人ぼっち
「今から少し外歩かない?」
時計を見るやいなや、彼女はそう口にした。
お酒を飲む手を止めて時計を見ると、とっくに二時を回っている。
散歩ついでにお酒を買いに行くのだろうか。
どちらにせよ、外は寒いしできることなら出たくない。
「またお酒買い足しに行くの?もう飲みすぎだよ。時間も時間だし、もう寝ない?」
「違う違う、その辺ぷら〜っと歩くだけ。そう言わず来なよ、ほらほら立って」
「う〜ん...」
外は寒いし出たくない...けど一人残されるのもさみしい...と悩んでいるうちに彼女はすでに靴を履き終えていた。
「ちょ、ちょっと待って!」
私は慌ててハンガーに掛けてあったコートを手に取り、腕を通しながら小走りで玄関に向かった。
「お、行く気になった?あとちょっとで置いてくとこだったよ」
「ちょっとくらい待ってくれたっていいじゃん」
靴を履きながら文句を言う。
「寂しがり屋は置いてくふりしたら寄って来るかなって思って」
私は彼女の手のひらで転がされてたわけか...
何だか悔しい思いを抱きつつ玄関の鍵を閉める。
マンションから出るとふわっと少し冷たい風が頬を撫でる。
思っていたより寒くなくて助かった。
夜中の二時過ぎ、どこに行くわけでもなくひたすらに無言で歩く。
耳に入ってくる音はお互いの足音と少しの雑音だけで、これが不思議と心が落ち着く。
そして、深夜の静寂を切り裂くように彼女が口を開いた。
「私、この深夜の静けさというか、寂しい感じ好きなんだよね」
続けて彼女が言う。
「普段は人や車で溢れている場所が私達の知らない間に見せる本来の姿、みたいな。
何というか、非日常?って感じ」
「あぁ〜なるほど、少し分かる気がする。さっき歩いてる時も思ったけど、聞こえてくる音が私達の足音とか自動販売機の稼働音だけの、不思議な感じ。」
「そうそうそんな感じ。ね?ついてきてよかったでしょ?」
「まあ...うん。私だけだとこの非日常な世界を知ることなかったと思うから、ありがとね。」
彼女がいなかったらこの不思議な感覚は一生知らなかっただろうなと、彼女にお礼を言う。
「いいってことよ」
「にしても、ほんとに静かだね。まるで世界に私達だけみたい」
「私達だけっていうか、二人ぼっちって感じかな」
「二人ぼっち...確かにそっちの方がしっくりくるかも」
空を見上げると、非日常に終わりを告げるかのように遠くの空が少し明るくなっているのが見える。
あと少し、この二人ぼっちの世界を堪能したら帰ろう。
夢が醒める前に
懐かしい硬い感触を背中に感じ瞼を開くと、視界に飛び込んで来たのは真っ白い光だった。
ここに来るのはこれで7回目だ。ここが夢の世界だということは最初こそ戸惑いはしたが、こうも何回も来ていると慣れるものである。我ながら人間の適応能力には感心する。
相変わらず質素な所だなと思いつつ、軽く体を伸ばし、立ち上がって深呼吸を2、3回してから歩き出す。
ここからしばらく歩いた先に白い扉が現れる。しばらく、と言っても辿り着く時間はその時々によって変わってくるのでまちまちだ。
歩き始めてすぐ現れる時もあれば、一向に現れずそのまま現実世界に引き戻される時もある。
まるでえんえんトンネルだなと思いつつ歩いていると、数十メートル先に例の扉が現れた。
見た目は少し古めかしい木製の扉。所々白い塗装が剥げていて、そこから木片が顔を覗かせている。
扉の隙間からは白い霧のような光が源泉のように湧き出しており、周囲の白さと比べても一線を画している。
私は右足に脱いだ上着を軽く巻き付け、意を決してL字のドアノブに手をかけ引っ張る。
が、扉は開かない。やっぱりだめかと肩を落とし、次は思いっきり引っ張る。
すると、わずかに隙間が開きそこからものすごい勢いで周りの光を吸い込んでいく。
私はすかさず開いた隙間に予め脱いだ上着を差し込み、一度ドアノブから手を放す。
扉は勢いよく閉まろうとするが、差し込んだ上着が邪魔をして5mmほどの隙間を残している。
そして次はその隙間に指をかけ、力いっぱい引っ張る。
この扉を中心に奥から光が消えていき闇が迫っているのが見える。
現実の自分が覚醒しようとしているのだ。
その前にこの扉だけは開けたい。ここまで開いたのは今までで初めてだ。
だから、今度こそ開けてやる!この夢が醒める前に!
この扉の向こうには私が忘れている大事な何かがあると直感で分かる。
このチャンスを逃すと次いつここに来れるか分からない。
闇はもうすぐそこまで迫っている。もう時間がない。
私は最後の力を振り絞り全身を使って扉をこじ開ける。
そして、体が闇に飲み込まれる瞬間、扉が開いた。
次に目を開くと、柔らかいベッドで見慣れた天井を見上げていた。
扉の向こうに何があったのか、直接その目で見ることは叶わなかったが、とても、とても大切なことを思い出した。
私はベッドを飛び降り、コートだけを羽織って玄関の扉を勢いよく開けた。
星が溢れる
自分の将来に不安を抱き、心を落ち着かせようと少し遠いところにある草原へやってきた。
時折冷たいそよ風が吹き、空気は澄んでいておいしい。
辺りを見渡しても建物はおろか電灯もない。
足元を照らすのは右手に持っているランタンのみだ。
ランタンの灯りを消し、その場に寝転がる。
ひんやりとした土とさらりとした草が体を包み込み、なんとも心地よい。
目を閉じて大地に体を預けるように脱力し、ゆっくりと、大きく深呼吸する。
すぅー...はぁー、と悩みを一つ一つ吐き出すように、丁寧に、丁寧に。
そんなことを数回繰り返していると、ざぁっと急に強い風が吹き抜けた。
思わず目を開けると、一面満天の星空が視界に溢れており、その壮大な星空に飲み込まれるように魅入っていた。
しばらく眺めていると、目の前に広がる宇宙の雄大さに先程まで頭に絡みついていた悩みがするすると解けていった。
先を見据えることは大事だ。
だけど、考えすぎるとしんどくなってしまう。
来るかも分からない先のことを考えるより、今を充実
させることの方が大事だというスタンスでいたほうが
心的に良いのかもしれない。
そのほうが、きっと後悔も少ないだろうから。