台風が近付いて来ているせいで、風が強い。外を見ると、街路樹が風に煽られて枝葉を大きく揺らしている。坂の上にあるこのオンボロアパートに住み始めて半年。台風の直撃は初めてだ。
強風で今にも吹き飛びそうなアパートの様子に、不安が募る。そうは言っても出来る対策はしたし、このまま起きていても仕方ない。そう思い布団に入り眠ろうとした時、外から微かにネコの鳴き声が聞こえた気がした。耳を澄ませて次を待ったが、聞こえてくるのは吹き荒れる風の音ばかり。気のせいかと寝返りを打つと、またひと鳴き聞こえた。聞き間違いではなさそうだ。
窓を開け、暗がりへ向けて「おーい」と声をかけてみる。するとニャア、と聞こえる。もう一度「おーい」と呼びかけると、生い茂った草の中から白い塊が飛び出してきた。
その白い塊はまっすぐこちらに駆けて来た。そして窓際にいる人間を物ともせず、室内に文字通り転がり込んで来た。あまりの急展開に驚きながら、そっと窓を閉め、部屋の明かりを点ける。白い塊に見えたそれは、曲がったしっぽに白いビニール袋を引っ掛かけた黒い仔猫だった。
こちらの驚きとは裏腹に、何事もなかったかのように毛繕いを始めた黒猫は、かぎしっぽをひと振りしてビニール袋を払い除けた。そしてこちらをチラリと見てニャン、とひと鳴きしたのだ。
これが、俺とこいつとの出会い。
この続きはまたいつか。
―――よるのゆめこそ [出会い]
#56【突然の君の訪問。】
カサヲサシテ アメノナカデ
アメヲマツ ハレヲマツ
ソラヲミルト ソラヲミルト
クモヒトツナイ ニビイロノクモ
イツカフルト イツカハレルト
シンジテマツ シンジテマツ
ヒトハワタシヲ ヒトハワタシヲ
オロカダトイウ オロカダトイウ
ハタシテワタシハ ハタシテオロカハ
オロカダロウカ ドチラダロウカ
カサヲサシテ アメノナカデ
アメヲマツ ハレヲマツ
―――イッツイノオロカ
#55【雨に佇む】
日記ってな、続かへんのんよ。
単に面倒臭いってのもあるんやけど、何よりも、そんな毎日毎日書くことある?ってなって。
せやから、日記ずっとつけてますって人、ほんまに尊敬する。
この日記帳もな、買うたんえらい前やねんけど、ほら見て。書いてあんの、ものの3〜4ページやで。ま、自慢げに言うことやないねんけど。
イヤなこととかツラいことがあった時だけ書こうかなーってしたら、愚痴と呪いのオンパレードになって閻魔帳みたいになってまうし…。
ほんま、なんなん。
日記なんて書くもんやないな!
○月△日(✕)
―――今日の日記
#54【私の日記帳】
ちょっとショートカットしようと思って入った路地で、妙なヤツと出くわした。上から下までグレーの服。銜えタバコで小脇にカバンを抱えてる。さながら、そう『モモ』に出てきた『灰色の男たち』みたいな。
嫌な空気を感じた俺は、さっさと通り過ぎようと歩を速めた。すれ違いざまに、好奇心に勝てず顔をチラリと見たのが良くなかった。目が合ってしまった。
灰色の男が付いてくる。俺が速く歩くとヤツも速く、俺が遅く歩くとヤツも遅く。怖くなった俺は、あの曲がり角を曲がったら大通りまで一気に走ろう!そう思って角を曲がった瞬間、人とぶつかってしまった。
スミマセン!と謝り見ると目の前に灰色の男。ヒッ!と声にならない声を上げて、逃げようとしたが、どうしたことか体が動かない。どんなに身を捩っても、手も足も動かない。
灰色の男がこちらに手をのばす。両肩を掴まれ、後ろに押される。ぐいぐい押され、ついには壁にドンッと押し付けられた。汗が吹き出る。最後の力を振り絞って助けを呼ぶ為叫んだ。
その瞬間、シャーッという声と同時に頬に痛みが走った。
目を開くとこちらを覗き込んでいる愛猫と目が合った。辺りを見回すと、自室の床の上だった。あれがただの夢だと解り、安堵のため息をついた。
寝返りを打っている間に毛布でぐるぐる巻きになったのが原因のようだ。そのままベッドから落ちたらしい。
情けない話だと落胆しながら、多少痛む腰を擦りながら洗面台へ行く。鏡を見ると、頬に一筋の引っ掻き傷。
振り返って愛猫を見ると、涼しい顔をして毛繕いをしている。「悪夢から呼び戻してくれてありがとな」と言うと、愛猫がニャアとひと鳴きした。
―――よるのゆめこそ [ひと仕事]
#53【向かい合わせ】
やるせ‐な・い [ 遣る瀬無い ]
1 思いを晴らすすべがない。せつない。
2 施すすべがない。どうしようもない。
3 気持ちに余裕がない。
今はそう…2だな
―――国語辞典より
#52【やるせない気持ち】