傾月

Open App

台風が近付いて来ているせいで、風が強い。外を見ると、街路樹が風に煽られて枝葉を大きく揺らしている。坂の上にあるこのオンボロアパートに住み始めて半年。台風の直撃は初めてだ。
強風で今にも吹き飛びそうなアパートの様子に、不安が募る。そうは言っても出来る対策はしたし、このまま起きていても仕方ない。そう思い布団に入り眠ろうとした時、外から微かにネコの鳴き声が聞こえた気がした。耳を澄ませて次を待ったが、聞こえてくるのは吹き荒れる風の音ばかり。気のせいかと寝返りを打つと、またひと鳴き聞こえた。聞き間違いではなさそうだ。
窓を開け、暗がりへ向けて「おーい」と声をかけてみる。するとニャア、と聞こえる。もう一度「おーい」と呼びかけると、生い茂った草の中から白い塊が飛び出してきた。
その白い塊はまっすぐこちらに駆けて来た。そして窓際にいる人間を物ともせず、室内に文字通り転がり込んで来た。あまりの急展開に驚きながら、そっと窓を閉め、部屋の明かりを点ける。白い塊に見えたそれは、曲がったしっぽに白いビニール袋を引っ掛かけた黒い仔猫だった。
こちらの驚きとは裏腹に、何事もなかったかのように毛繕いを始めた黒猫は、かぎしっぽをひと振りしてビニール袋を払い除けた。そしてこちらをチラリと見てニャン、とひと鳴きしたのだ。

これが、俺とこいつとの出会い。
この続きはまたいつか。


―――よるのゆめこそ [出会い]


               #56【突然の君の訪問。】

8/29/2023, 9:41:48 AM