傾月

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8/11/2023, 2:50:07 PM

「じいちゃーん!」
         「なんや?」
「つばめのすが
 おちてる!」
         「あぁ?」
「どないしよ!」
         「おう
          ちぃと待っとけ」
「じいちゃん?」
         「ほれ
          これでどうや」
「あれ?
 これって」
         「ワシの畑用の帽子や」
「ええの?」
         「かまへん」
「はたけいくとき
 どないするん?」
         「ばあさんに
          さら買うてもらうわ」
「ばあちゃん
 おこらん?」
         「おう、大丈夫や
          ばあさんワシに
          ベタ惚れやからな」
「べたぼれって
 なに?」
                  「ジジイ!」
                  
「あ!
 ばあちゃん!」
                  「孫にいらんこと
                   吹き込まんで
                   ええねん!」
         「別にええやないか
          ほんまのことやねん
          から」
                  「ちと
                   黙っとれ!」
                  「ほれ
                   イチゴでも
                   食べようかね」
「いちご!
 やったー!」
                  「あれ
                   上手いこと
                   考えたな」
         「せやろ!
          惚れ直したか?」
                  「あ
                   ツバメの親が
                   戻ってきたわ」
         「…」
「じいちゃん
 ばあちゃん
 いちごたべよー!」
                  「はいはい
                   食べよう
                   食べよう」
         「ところで
          ワシの帽子…」
                  「しゃーなし
                   やからな!」


―――夫婦と孫とツバメ


                  #39【麦わら帽子】

8/11/2023, 2:51:02 AM

うっかり寝過ごして終着駅まで来てしまった。
時刻表を確認するも、折り返しの列車はもう無い。乗ってきた列車は回送列車となり、車両基地を目指し出発してしまった。…参った。
駅には人の気配が全く無い。どこからか海のにおいがする。乗り過ごしたことが気になったが、ええい儘よと改札を出た。波の音が聞こえる方へ歩いて行く。

街灯はほとんど無い。スマホのライトで足元を照らしながら歩く。程なく、照らされる地面がアスファルトから砂へ変わった。海だ。
夜の海は怖い。黒いうねりが次々と押し寄せてくる。ライトで照らしても、光がそのうねりに飲み込まれていくかのように見える。
波打ち際から少し離れて、防波堤らしきものがある方へ歩く。テトラポットに近付いた時、コトンと小さな音が聞こえた。波の動きに合わせて、テトラポットに何かが当たる音。何が流れ着いたのか気になって照らしてみると、瓶が見えた。
緑色の瓶。レモンの絵が描かれたラベル。アルミのキャップで閉じられているその瓶に、何かが入っているのが見える。
興味が勝った。靴が濡れるのも構わず瓶を拾い上げると、防波堤に登り腰を下ろした。キャップをあけ、中に入っている紙を出した。くるくる巻かれた紙は細い紐で括られている。ちょうちょ結びを解き、巻かれた紙を開く。

『これを読んでいるアナタへ。

 これを拾ってくれて、どうもありがとう。
 突然ですが、1999年11月にワタシは銃で撃たれて死んで
 いるはずです。
 そう依頼したのはワタシだから。

 人生が、どうにもつまらなかった。
 何不自由無く暮らしていたけど、毎日が退屈で退屈で
 仕方なかった。
 どうにかして、この状況から抜け出したかった。

 だから依頼した。
 親の遺産を全て使って、ありとあらゆる伝手を辿って、
 私を銃で撃ち殺してほしいと依頼した。
 
 きっと騒ぎになったはず。
 でも、すぐ忘れられたはず。
 だって世紀末だから。

 これを読んでいるアナタへ。
 この手紙を持って、警察へ行ってください。
 あれは他力本願で人騒がせな自殺だったと、警察に伝
 えてください。
 私にとっては、ちょっとした退屈しのぎだったんです。

 ごめんなさい。
 よろしくお願いします。
                    ワタシより』

黄ばんだ半紙に、筆で書かれた文字。
確かにそんな事件があったように思う。豪邸で一人住まいの若い女性が、自宅で撃たれて亡くなった事件。親の遺産で暮らしていて、働くこともなく社会と関わりを持たずに生きていたらしい。
この手紙を読むまで、そんなことすっかり忘れていた。きっと世間も同じだろう。
海に戻してしまおうかと思ったが、何かの縁だ、警察へ持って行くことにした。腰を上げ、砂を払う。見上げれば満天の星空。ふうっとひと息吐いて一歩踏み出した。

駅舎へ戻ると、人の気配がする。窓口に行き声をかけると、気の良さそうな駅員が出てきた。乗り過ごした旨を説明すると明朝1番の列車で目的の駅まで戻るように言われた。「大丈夫ですよ」という駅員の言葉と笑顔に安堵した。
ベンチに腰を下ろした時に気付いた。海のにおいがしない。波の音も聞こえない。つまりこれに呼ばれたのか。鞄の中でハンカチに包まれた緑色の瓶に目をやる。

『よろしくお願いします』

そう聞こえた気がした。


―――スナイパーとワタシ[緑色の瓶]



                     #38【終点】

8/9/2023, 4:39:35 PM

やってらんねぇ
ビルの屋上で大の字で寝転がる
風が強い
今にも降り出しそうな空模様だ

"上手くいかなくても良い"
"何事もやってみること"
"結果よりも過程が大切"
なんて言ってもらえるのは学生まで

組織の歯車に求められるのは
"リスクヘッジ"
"コスパの良さ"
"上々の結果"

だからと言ってそう易易と
この歯車から抜け出せる訳もなく
たとえ抜け出せたとしても
どうせまた次の歯車になるだけ

虚しさを覚えたところに
頬にポツリと雨粒が落ちる
ごろりと体勢を変える
背中はかなり汚れたに違いない

今日も今日とて組織の指示で働く
最低限の出費で危険を回避しつつ成果を上げる
あーあ、やってらんねぇ
でもやってやるよ
それがプロってもんだからよ

スコープを覗く
ターゲットが見える
風と雨を考慮し軌道を修正する
1発で仕留める

弾の無駄打ちはもったいないオバケが出るってよ


―――スナイパーとワタシ [歯車]


           #37【上手くいかなくたっていい】

8/8/2023, 6:39:11 PM

5人目にして初めての女の子。しかも年の離れた末っ子。
両親も4人の兄たちも、それはそれはもう大喜び。
蝶よ花よと可愛がられた女の子は、その立場に甘んじること無く教養を積み、才色兼備の素晴らしい女性へと成長した。
当然、世の男性陣がそんな彼女をみすみす放っておくわけもなく、いついかなる時にも引く手数多だった。
しかし、そこにいつだって立ちはだかったのは父親と4人の兄たちだった。 "娘にはもっと相応しい男がいる" と恋文を破り捨て、 "妹に手を出す輩は許さん" と逢瀬に来た者を追い返た。彼女に言い寄る男たちを悪い虫と言わんばかりの酷い態度で追い払い続けたのだ。
母だけは、娘の行く末を案じてくれていたが、それも父や兄たちの耳には届かなかった。いつしか、言い寄ってくる男は誰もいなくなってしまった。

両親も兄たちも鬼籍に入ってしまった今、私は本当に一人になってしまった。父も兄も、これで満足なのだろうか。あの頃、父や兄たちをきちんと説得出来ていたら、未来は変わっていたかもしれない。最近はこうして、詮ないことばかりを考えてしまう。
家の前を若人たちが "ここのお婆さん、ずっと独り身でご近所付き合いもほとんど無いんだって" と言いながら通り過ぎて行く。
「そうさね。箱入りなものでね。」と独りごちた。


―――箱入り婆


                   #36【蝶よ花よ】

8/8/2023, 9:43:18 AM

ここは雲の上…だと思う。
住人の数は多く、皆思い思い暮らしている。
住人は人型だけではない。様々な生き物の形をしていて、皆一様に薄ぼんやり光る発光体だ。
形は違えど皆穏やかで、ここに争い事は無い。
いつまでもここにいたいような気もするが、ここには決まりがある。次の行き先を毎日1回は探さなければならないこと、行き先が見つかったら必ず一両日中に出立しなければならないことだ。
行き先を見つけるには、遠眼鏡を使って下界を見るしかなく、遠眼鏡には数に限りがあるから、毎日順番待ちの列が出来る。
今日も順番待ちの列に並ぶ。先頭を見ると遠眼鏡を使っているのは猫型と人型と…熊型?
猫型の発光体が強く光った。行き先が見つかった印だ。
遠眼鏡を次へ渡し、雲の門へ歩いて行く。門番と一言二言会話し、開いた門から差し込む眩い光の中へ溶け込んで行った。
周りが少しざわついたが、すぐに元に戻る。これが日常の風景なのだ。
自分の順番が回ってきた。遠眼鏡で雲の隙間から下界を見る。
下界に何が見える訳でもない。ただ霧がかかったような霞んだ景色が見えるだけ。皆も同じらしい。飽きるまで眺めて、何も変化がなければそのまま遠眼鏡を次に回して終わるだけ。
しかし今回はいつもと違った。景色が霞んでない。驚いてあちこち見てみると、1つの家が光っているのを見付けた。行き先が見付かったのだ。自分が光っていることに気付いた。とうとう出立の時が来たのだ。
門へ歩いて行く。門番と目が合う。"行っておいで。どうかお幸せに"と餞の言葉を贈られた。ありがとうと微笑むと、光の中へ駆け出した。


―――旅立ち[生]


              #35【最初から決まってた】

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