ママが みているのは ボクの おでこ
のびた まえがみを きるために
しんけんな かお
ママが みているのは ボクの おべんとうばこ
きょうも ぜんぶ たべたよ!
うれしそうな かお
ママが みているのは ボクの りきさく
みどりの クレヨンで かいた おおきな きょうりゅう
こまった かお
ママが みているのは ボクの ねがお
やさしく あたまを なででくれる
きっと やさしい かお
―――ママのめ ママのかお
#16【視線の先には】
とうとう私だけになってしまった。
連れ合いに先立たれ、とうとうこの途方もなく広い海に私だけとなってしまった。
思えば、随分長い年月を生きてきた。温かい日も冷たい日も、穏やかな日も荒れた日も。
昔はたくさんの仲間がいた。私はまだ若く、世界は輝きを放ち、未来は明るかった。
それがいつからだろう。環境破壊が進み、暮らしにくさを皆がボヤき、つまらない諍いが増えた。仲間は少しずつ減って行き、最後に残ったのが私と連れ合いだった。
連れ合いと旅に出た。どこかにまだ仲間がいないか、どこかに少しでも暮らしやすい所はないか、探して回る旅に出た。しかし結局どちらも見つけることは叶わなかった。
長い長い旅路の果てに、私たちはかつて仲間と暮らしたこの海へ帰ってきた。ここで共に静かに余生を過ごすことに決めたのだ。
そう決めたのに、幾許もしない内に連れ合いは先立ってしまった。
連れ合いを失ってしまったことへの悲しみ、約束を違えられたことへの怒り、自分だけになってしまったことへの絶望。目まぐるしく襲いかかってくる感情についに耐えきれなくなった私は、全ての感情に蓋をし、そしていつか連れ合いと一緒に見た海淵へ沈むことに決めた。光が全く届かない場所で、静かに全てを終わらせるために。
もう私だけになってしまったのだから。
―――最後の最期
#15【私だけ】
避暑地での合宿4日目のこと。
前の月、足を酷く挫いてしまった自分は、この合宿でも初日からずっと、他の部員とは別のメニューをこなしていた。事前に、この合宿での内容も次のレギュラー決めの考慮に入れると言われていたこともあって、すっかり気落ちしてしまっていた。
夜は夜で、みんなが早々に寝付いても、自分1人だけなかなか寝付かれない日が続いた。体力をあまり消耗していないからなのか、こうやってアレコレ考えてしまうからなのか。我ながら情けない話だと更に気が滅入る。
今夜もまた同じ、暗闇の中1人目が冴えている。ただ4日目ともなると、諦めが付いてきた。何への諦めかは解らないが、とにかく諦めが付いてきたのだ。
みんなのイビキや寝息が聞こえる中、むくりと起き上がって靴を取り、窓からそっと外へ出る。1階だから余裕だ。部屋に設置されていた懐中電灯を拝借し、それを頼りにゆっくりと坂を下る。月もけっこう明るい。下りきった先には川が流れている。けっこう大きな川だ。目的地をそこに設定し、とろとろと歩いて行く。
川に着いた。人っ子一人いない河原へ降り、何個かあった大きめの石の1つに腰を下ろした。裸足になって足首のサポーターを取り、両足とも流れに浸してみる。水はけっこう冷たいが心地良い。夜空に山影と月と星。不思議といくらでも眺めていられた。
どれくらいの時間そうしていたのか、人が近付いてくる足音で我に返った。振り返ると、月明かりに照らされて、女の人が立っているのが見える。年齢は自分より少し上だろうか。白っぽいワンピースにサンダル。手には銀色のバケツ。現実味が無さ過ぎる。
「こんばんは。お隣、良いですか?」と声をかけられたので、腹を決めてどうぞと返事をする。隣の大きめの石に腰掛けた彼女は、自分と同じ様に両足を流れに浸した。「この辺りの方じゃないですね」と断定されたので、全員の顔を知っているのかと驚き尋ねたら、少し笑いながら「狭い田舎ですから」と言った。自分がここに合宿で来ていること、足を挫いてろくに練習できていないこと、眠れずに今ここでこうしていることを一気に話すと「そうなんですね」と彼女は言った。「ここで会ったのも何かのご縁なので、今から一緒に花火しませんか?」と続け、銀色のバケツの中を見せてくれた。たくさんの手持ち花火が入っていた。夏らしいですねと言うと、彼女は静かに頷いた。
石の上に花火を全て出して並べ、バケツには川の水を汲み入れた。火は?と聞くと、ポケットからマッチ箱を取り出し「この中にはマッチが3本しか入っていません」「ロウソクは無いので、最初の花火に火をつけたら後は次々と花火同士で火をもらう方式です」と言って少し笑った。もし火をもらうのに失敗したら?と聞くと「そこで終わりです」と言った。そこに笑顔はなかった。うっすらと緊張感が漂う。
最初の1本にうまく火がついた。そこからはまるで真剣勝負のよう。無言で次々と花火に火をつけていく。赤や黄色、緑の火花が暗闇に輝く。が、風情など微塵もない。とにかくこれを全てやりきるまで火を絶やしてはならないのだという妙な使命感に駆られ、必死で火を繋ぐ。バケツが見る見る内に、終わった花火でいっぱいになっていく。最後の1本が終わった。不思議な達成感で満ち溢れた。立ち込めた煙を、川を渡る風が吹き流してくれる。彼女に「ありがとう、無事に終わりました」と言われ、今度は自分が静かに頷いた。
「では最後はこれを」手渡されたのは線香花火だった。1箱5本入り。お互い1本ずつ手に取り、2本目のマッチで同時に火をつける。玉ができ、パチパチと音を立てながら火花が散る。サッと風が吹き、2人とも玉が落ちてしまった。「ではもう1回」最後のマッチで火をつける。玉ができ、パチパチと音を立てながら火花が散る。息を殺し、じっと見つめる。今度は2人とも最後まで玉を落とさずにいられた。
大きくひと呼吸して顔を上げたら、空が白み始めているのに気付いた。マズイ、合宿所へ帰らなければ。彼女の方へ向こうとしたその時、吹き流されていたはずの花火の煙に包まれた。目眩がする、地面が揺れる。「残りの1本はあなたに」近くで彼女がそう言ったのが聞こえた。
おい、起きろ!そう言われて飛び起きると、そこは合宿所の布団の上だった。あれは一体何だったのか。夢か幻か。辺りを見回すと、懐中電灯と靴が元の位置にある。やはり夢を見ていたのか。そう思いながら、朝食へ向かうため着替えようとカバンを開けた。するとそこに線香花火が1本。俄に現実味を帯びる。「残り1本はあなたに」遠くで彼女がそう言ったのが聞こえた。
―――夏の夜の夢幻
#14【遠い日の記憶】
雲ひとつ無い
真っ青な空
薄暗い部屋の中から
ぼんやりと眺める
太陽に照りつけられ
地面から陽炎が立つ
幾分か涼しい部屋の中で
うつらうつら
聞こえてくるのは
蝉の声だけ
微睡み
耳だけが研ぎ澄まされる
俄に
鶯の谷渡りが辺りに響き渡る
目をやるとそこには
雲ひとつ無い
真っ青な空
#13【空を見上げて心に浮かんだこと】
終わりにしよう。
思い返せばここまで、我ながら良く頑張ったと思う。1年365日、暑い日も寒い日も雨の日も雪の日も、充分頑張ったと思う。だからこそ、ある日不意に頭をもたげたその考えは、最良の道のように思えた。
終わりにしよう。
初めての日のことは、今でも鮮明に覚えている。桜の美しい春の日だった。大人も子どもも大勢で歓迎してくれて、嬉しいような照れくさいような、そんな気持ちだった。
そこから何年もの間、たくさんの人たちが入れ代わり立ち代わりここで思い出を作り、それを胸にここを巣立って行った。
いつの年だったか、この地の一大産業が終わりを迎え、それに伴い大勢の人がこの地を去った。1人、また1人と減っていく中、それでもまだ残っている人たちの為に、今までと役割は変われどもできることはやろうと全力を尽くした。
それでもこうして終わりは来るのだ。
ここで全てを見届けられたこと、役目を全うできたこと、心から誇りに思う。
さぁ、終わりにしよう。
・・・・・
「本日午後、調査のため入っていた作業員が、旧〇〇学校の校舎が倒壊しているのを発見しました。ここにはかつて一大産業で長きに渡り栄えた町があり、最盛期には1万人以上の人が暮らしていました。産業衰退に伴い人口は減少、その数年後に町は閉鎖となりました。
今回発見された校舎は、先月の大雪による積雪に耐えられず倒壊したものと見られ…
―――天寿
#12【終わりにしよう】