「ね、いつまで使い捨てるつもり」
彼女が唐突に僕に言った。
「使い捨て?」
思わず鸚鵡返しをする。それもそうだ。彼女の質問は、今投げ掛けられるものとしてはあまりにも破綻していた。
僕は、何も手に持っていない。それどころか、ここ数分に何も物を、物以外にも人だとか、そういう"捨てる"となると少し哲学の領域に踏み込んでしまいそうな類いのものも、一切捨てていない。故に、何に対して彼女がそう感じ、何を指して彼女がそう言の葉を吐いたのか、皆目検討もつかなかった。
「君には、僕が何か捨てたように見えたのかい」
問うた。
訝しんでいるのがばれてしまったのか、答えはかえってこなかった。
代わりに、捲し立てるような分量の、静かなるヒステリーが僕に覆い被さる。
「みんな、大衆に呑まれて、アクセサリーみたいに何もかもを使い捨てにして、気の毒に。真実を見た者だけの心の代弁を、その重みを、伝えるべく送り出した思いの辛酸をあのひとたちは知らないのね」
彼女がその、近寄りがたい印象を与える、女性にしては軽薄な唇を割るようにして口許に弧を描いたとき、僕は理解した。
彼女はきっと、殺人を犯したことがない人間が、ミステリ小説を書くことを冒瀆だと思っている。
オーバードーズの経験がない人間が、その手の歌を歌うことを滑稽だと思っていて、色欲の奴隷となる人間を、芸術だと本気で思っているのだ。
エンターテイメントとして与えられたものに、命が吹き込まれていると思っている。それを享受するためには、己も道を違えなければならないと思っている。
僕の口許は、彼女の表情をそのまま映すようにして、言った。
「………なんだ、気の毒なのは、君じゃないか」
良い別れだ
これから奪われるはずだった何もかもは
お前だけには奪われないから
本当に、こればっかりは
名残惜しいほどの良い別れだ
去り際に格好付くような人生歩んでんじゃねえぞ
生まれてこの方、自分の気持ちに向き合って論理的に思索する機会を得られなかったのか
髪が抜け落ちるほど頭を抱えた経験がなかったのか
この現代日本でよくも、どうやって生きてきた?
そんな人間がいるなんて、そんな人間が幸福だなんて
どうせこの世の中って
悉く解脱に失敗した奴らで形成されてるから
世間様なんてたかが知れてるのよ