己の感覚も信じられずして、何が生き物なのだろう
眼鏡を購うには少と足りず、
肌に馴染んだ寝床も棄て置き。
__あたしは何処へ向かっているのかしら。
服を購うには贖いきれず、
煙草を購うには仰々しく、
新品の様を再現した草臥れた財布と、
横になるたび雪辱を重ねる新たな寝床に、
少しかなしくなっただけ。
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何も自分を哀れとは思えないが、
嘗て滑らかだった赤ん坊が
今こうして侘しさにひもじさに喘ぐだなんて
やはり人類は産んではいけない。
生きてはいけない。それだけが、
身をもってママから学んだこと。
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どうして人間は、努力が効かないこととわかると、途端に消耗的な快楽を得ようとするのでしょう。
七万六千円を切り崩して買った煙草を、まだ幼気な手で大事に大事に、嘗て宝物のビー玉を握っていたようにして持っていたのが、先日とうに湿気りきっていたことに気付いたとき、今度こそ何もかも終わりにしたいと思いました。
十年を経てやっと今年の、正月の去った雨の日に、すべてを捨てて逃げたというのに。
味覚を失い視力を落とし、今は髪すら、抜け落ちるように。
腕を覆う煙草の跡はじくじくと痛み、………気付けば今日は、もう梅雨ではないでしょうか。
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少しかなしくなっただけ。
眼鏡を購うには少と足りず、
煙草を購うには仰々しく、
下心も義務すらもない、誰かの胸を購えもせず。
ただ泣き顔を、余すばかり。
ただ、泣き顔を、余すばかり。
逃れられない呪縛
気を長くしすぎたのだ
快楽はとうに湿気り、辛くなってしまっていたというのに
そうだ授業に終わりはあるんだった
苦痛に終わりはないのにね
私を説明するのなら、
それは大庭葉蔵ではなかったろうか
この世でせめて理解できたのは、
ただ彼だけのこころではなかったろうか
ああ、実に、文才があったらきっと、
私もあんな手記を書いたのだろう
私はそうやって、『逃げました。
逃げて、さすがに、いい気持はせず、死ぬ事にしました』。
私のこころを、委託する。
いとも簡単に。