「『新年おめでとう』と『明けましておめでとう』は良いけど、『新年明けましておめでとう』が、実は厳密にはちょっとおかしい、
ってデマだか何だかは聞いたことがある」
実際はどうだったかな。知らんけど。某所在住物書きはテレビで新春番組を流しっ放しにしつつ、スマホ画面を見ながら外付けキーボードをパチパチ。
結局、新年だろうと旧年だろうと、1日に違いは無いのだ。ただ番組が違うだけ。空気が違うだけ。
ところで「変わらぬ1日」の筈が、ここ24時間+αで随分体重が、いや気のせいか、云々。
「……うん」
変わらぬ。気のせいである。物書きは思う。
新年早々ダイエットの計画など立てたくない。
――――――
去年の新年は散々だった物書きです。
というのも一昨年の暮れに腰の肉離れだか筋を痛めただかをして、どこにも行けなかったのです。
「寝正月」とは、文字通りこのこと。
酷い目に遭ったものだ……というのは置いといて。
当アカウントでは「新年」最初となるおはなしの、はじまり、はじまり。
元旦終わって、1月2日に日付が変わったばかりの都内某所。某稲荷神社の近くです。
大きな大きな神代の古い蛇が、神様の術で全長6メートルくらいに小ちゃくなって、
ゴロゴロガラリ、ゴロゴロガラリ。
おでん屋台を尻尾で引いて、ゆっくり、まったり、いつもの場所へ向かっておりました。
若い頃にやんちゃして、別の神様にやっつけられたのが【ごにょごにょ】年前。
それでもお酒がやめられなくて、「どうか酒を飲ませてくれ」と頼み込んだところ、
今後人間たちに悪さをしないことを条件に、一度だけ、偉い神様からお許しを頂きました。
清酒、どぶろく、にごり酒に甘酒、大吟醸等々、
ありとあらゆる日本のお酒を、がぶがぶ、ざぶざぶ、浴びるだけ幸福に飲み歩きまして、
ある時代のある巳年、ある冬の夜、
「おでん屋台」なる酒天国と出会いまして。
店主が亡くなるまで、ずっと通い続けました。
店主が亡くなったら、勝手に屋台の台車と道具を貰っていって、店主の後を継ぎました。
お酒が大好き過ぎる大蛇神は、最高のお酒を仕入れるおでん屋台の店主となって、
夜な夜な、飯テロならぬ酒テロなおでんを、極上のお酒と一緒に、振る舞うようになりました。
で、そんな大蛇神様の、【もにょもにょ】回目の巳年の正月最初のお客様は、稲荷神社在住の化け狐。
「大変だったんですよ。末っ子を起こさないように、起きてここまで来るのは」
カウンターではさっそく、真面目で漢方医勤務な父狐が、人間に化けて椅子に座って、コップ2杯でドゥルンドゥルンに酔っ払っています。
「あの子は、食いしん坊だから、ここに連れてくると、ここのおでんを全部食べてしまう……」
へぇ。そりゃあ、大変だね。
にっこり笑う人間形態の店主の足元には、こっそり、隠れたお客様。 そうです。父狐の末っ子です。
「おいしい。おいしい」
ちゃむちゃむ、ちゃむちゃむ。末っ子の子狐は店主からどっさり、ウィンナーだの牛すじだの、申し訳程度の煮込み野菜なんかも貰ってご機嫌。
「おじちゃん、がんも、ちょーだい」
コンコン子狐の大宴会は、すべて父狐のお会計に、
ちゃっかり、含まれてゆくのでした。
はてさて、父狐、お金の手持ちは大丈夫かしら。
このまま高価なお酒を頼み続けますと、必要なお札が、樋口さん&津田さんから諭吉さん&柴三郎さんにランクアップしてしまいます。
店主としては構わぬのです。新しいお酒を仕入れる軍資金が増えるから。 あー。まいど。毎度。
「おや」
ところで大蛇神の店主さん、屋台から離れた建物と建物の影で、子狐くらいの小ちゃな視線が1匹、
子狐のことを心配そうに、うらやましそうに、
凝視しているのを、発見したのでした。
子狐の親友の、子狸です。子狸は大人から、「おでん屋台の店主の正体」を、聞いておったのです。
だから、子狸は店主が怖くて、でも絶品おでんを食べてみたくて、
ただただ、大蛇神のおでん屋台を、じっと、遠くから眺めておったのです。
「持ってっておやり」
古い蛇神のおでん屋店主さん、足元で大根を賞味中の子狐に、少し大きなお皿を渡して言いました。
お皿には子狸が好きそうな、サツマイモの似たやつに味しみニンジン、鶏手羽元なんかが盛り沢山。
「友達と一緒に、食べておいで」
店主の足元のコンコン子狐、最初は何のことかと、小首傾けてキョトン。
それから遠くに親友の子狸を見つけまして、
渡されたお皿を引っ張って、子狸のところへ持ってって、2匹して仲良くおでんパーティー。
新年最初の思い出となりました。
新年最初の大蛇神のおでん屋さん、その日の最初のお会計は、諭吉さん1枚の大繁盛だったとさ。
おしまい、おしまい。
「『良いお年をお迎えくださいの挨拶は、12月中旬から大晦日の前まで』……?」
マジ?……え、まじ?妙なマイルール・マイマナー作家さんが勝手に言いました、とかじゃなくて?
某所在住物書きは「良いお年を」の、そもそもの意味をネットで検索していたところ、サジェストキーワードから衝撃的な記事に辿り着いた。
「良いお年を」を言うタイミングである。某ページによると、それは大晦日当日に言うべき挨拶ではないという。 事実かどうかは分からない。
「……大晦日当日の挨拶は?」
思い浮かばねぇから、結局「良いお年を」って言うだろうな、と物書き。
所詮その大晦日も残り数時間。日付が変われば「あけまして」である。
――――――
今年最後のおはなしは、フィクションファンタジーで年越しそばなおはなし。
「ここ」ではないどこかの世界に、「世界線管理局」という、厨二ちっくな名前の団体組織があり、
勿論、「良いお年を」のお題なので、年末休みの最中ではあるのですが、
管理局の中には年中無休の部署がいくつか存在して、今回の舞台も、その中のひとつでありました。
別世界の設定なのに、随分都合が良いですね。
細かいことは気にしません。そういうものです。
ご都合主義もこういう物語では便利なものです。
さて。
大晦日の世界線管理局は、時間帯が夜ということもあり、とても静かです。
法務部執行課の某ブースは、カリカリ、紙を引っ掻く万年筆の音が小さく響いています。
「部長、」
その静かなブースに、ひとり、局員が外出から帰ってきまして、その手には大きめの丸いカップ麺。
そうです、例の「◯◯兵衛」です。
「『例の世界』で買ってきました。
夜食にひとつ、いかがですか」
「向こう」では、12月31日に、こういうものを食う習慣があるそうですよ。
帰ってきた局員は、「部長」と呼んだ相手の席に、
1個、天ぷら蕎麦の方を渡しました。
「『例の世界』?」
「年越しそば、というそうです」
「この時間に食うのか?冗談だろう?」
「あなたのタバコよりはマシですよ」
「こいつは医療棟が配合した認可済みのオーダーメイドブレンドだ。依存性も体への害も少ない」
「だから高いんでしょ」
バリッ、 ビリリ、 トポトポトポ。
静かな夜の室内を、背徳的な開封音と後戻り不可能なお湯の音が満たします。
「そろそろ、年が変わりますね」
カップ麺に、お湯を注いで、フタをとめてため息ひとつ。 外出から帰ってきた方が、コートを自分の椅子にかけて、呟きます。
「俺達に『年』など関係無いだろう」
「部長」の方は、思うところがあるらしく、
まだラップされたままのカップ麺を、手にとって、席をたち、ブースの外へ。
「どちらへ?」
「よそで食う」
「ですから、どちらへ」
部長は何も答えません。ヒントも出しません。
ただ一度だけ、相手が追いかけてくるかどうかだけ振り返って、確認して、
別に来そうになかったので、そのまま放ったらかして、遠ざかる、遠ざかる。そしてお題回収です。
「おい」
部長が最後に立ち止まって、言いました。
「多分使う時期は間違えているだろうが、せっかくだ。言っておく――『良いお年を』」
言われた方は、きょとんとして、
「あぁ、はい、良いお年を」
一応、言葉は返しましたが、
「それ……厳密な使用期限は昨日までですよ」
たしかに、「使う時期」は「間違えて」いますねと、片眉上げて小首を傾けて、
そして、カップ麺のタイマーを確認するのでした。
「去年の3月にインストールして、
今年の2月で2023年のシーズン1が終わって、
3月から、2024年のシーズン2。
それもあと2ヶ月で終わるワケだ。早いわな」
振り返れば今年は終盤に、執筆環境が非常に大きく変わった年であった。
某所在住物書きはしみじみ、数ヶ月を振り返る。
ほぼほぼ現実風の日常ネタだけで組まれていた筈の1年目に対して、
2024年の終盤から増えてきたのは、「『ここ』ではないどこかの職場」、一次創作のフィクションファンタジーを舞台にした投稿。
1年の最初には、考えもしなかった展開である。
「来年ってどうなるんだろうな」
物書きは天井を見る。おそらく今考えている物語と、1年後に完成している物語は、まったくの別物となっているだろう。
――――――
大晦日の都内某所、某アパートの一室、夜。
部屋の主を藤森といい、今年最後の食事の用意として、キューブタイプの鶏塩鍋の素1個を落とした鍋に、少しだけ醤油とごま油を隠して、
ことこと、コトコト。割引カット野菜とB級品の鶏手羽元を煮込んでいる。
シメは先日スーパーで購入した、無塩蕎麦の予定。
あるいは、そうめんも良いかもしれない。
どちらにせよ、手羽元からしみ出した鶏のダシと、ごま油とが麺に絡んで、年越し麺はそこそこ食うに値する美味となるだろう。
スープを味見して、藤森は小さく頷いた。
これで良い。 スープの余剰を明日の朝食に残して、これで白米をおかゆ風にするのも良い。
体を温めるために、生姜を削ろう。
藤森は清潔な容器に、1杯、2杯、3杯。
レードルで玉油の美しい琥珀色を取り分けた。
ここからがお題回収。
藤森の部屋に客が来ており、その客が椅子付きコタツで、1年間を振り返っている。
客は名前を後輩、もとい高葉井といい、藤森とは生活費節約術として、シェアランチだのシェアディナーだのを共につっつく仲であった。
主に高葉井のソシャゲ課金費用捻出が理由である。
「できたぞ」
鍋と、味チェンジ用の薬味一式と、それからシメの乾麺とをトレーにのせて、高葉井の待つコタツへ。
「明日はこの、」
明日はこの鍋のスープを使って、おかゆを作る予定だが、相変わらず今年も食っていく予定なのか。
藤森が尋ねようとした言葉は途中で詰まったが、
理由は別に、キッチンに肝心の取り皿と取り箸、それからレードルを忘れたからではない。
「後輩、どうした、高葉井?」
椅子付きコタツで電卓を叩いていた高葉井の顔が、絶望的に良くない。完全に心の温度が冷えている。
「高葉井、高葉井。 高葉井 日向……ひなた?」
なんだ、どうした。何があった。
トレーを置き、高葉井の背後にまわると、
高葉井が計算していた高葉井自身の今年の課金額が、すなわち電卓の表示が、
最初の桁に、2を示していた。
「せんぱい」
ぽつり。高葉井が呟いた。
「ことしは、ほんとうに、おせわになりました」
「生活費節約のための、シェアランチのことか」
「1年間を振り返って、すごく、すごく、お世話になってたなって、すごく思って」
「だろうな。 今年はいくら使ったんだ」
「来年もどうぞ、よろしく支援のほど」
「20だったのか?」
「おねがい、もうしあげ、ます」
「どうだったんだ。25?
おい。何故電卓を隠す。どうした。おい……?」
そそくさと、藤森の客であるところの高葉井は、
電卓をコタツの毛布の下に隠し、スマホの課金額一覧を消して、鍋のフタを開けた。
「わぁ。おいしそう」
抑揚は完全に単調で、しかしわずかに、藤森への多大な感謝が滲んでいる。
「本当に、1年間、ありがとう」
再度、高葉井が呟いた。
「ところで取り皿と取り箸どこ?」
ここに至って藤森は、自分の忘れ物にようやく気付き、キッチンへ戻った。
「みかんといえば、『陳皮(ちんぴ)』とかいうミカンの皮を乾かした生薬と、『オレンジフラワー』だの『オレンジピール』だののハーブティーか?」
昔スーパーで試食配ってたねーちゃんが、カマンベールにオレンジマーマレードのせて渡してくれて、それは美味かったわ。
某所在住物書きは賞味期限間近なマーマレードの瓶を眺めながら、これをどう処理すべきか思考していた。
「『ミカン科』のグループで言えば、レモンもミカンで山椒もミカン。カレーリーフもミカン科だとさ」
意外と仲間は多いようだが、で、その「みかん」で何書けっていうんだろう。物書きは相変わらず途方に暮れて、ため息を吐く。
「『マーマレード 活用法』で調べたら、照り焼きとかマーマレード焼きとか出てきたわ。……パンだのチーズだのに使うだけじゃねぇのな」
――――――
「みかん」のお題を「蜜柑」と「未完」で回収したい物書きが、こんなおはなしをご用意しました。
前回からの続き物。
「ここ」ではないどこかの世界に、「世界線管理局」なるフィクションファンタジーな職場がありまして、現在、年末休みの真っ最中。
ただ、「我が部署に年末休みはありません」なブースが、管理局にはありまして、
そのひとつは、すなわち、「法務部執行課 実働班特殊即応部門」といいました。
ところでその法務部執行課に、とても温かそうなコタツがドンと鎮座しておって、
若い女性のコタツムリさんが、小さな折りたたみ式の1人用コタツをガチャガチャいじっている様子。
コタツムリさんは、ビジネスネームをスフィンクスと言いました。
そしてスフィンクスがいじっているのは、ボタンを押せばミカンが出てくる不思議なコタツ、「Ko-Ta2」のコンパクト持ち運びタイプ。
未完の「Ko-Ta4」。試作機だったのでした。
コタツムリのスフィンクス、Ko-Ta4試作機の調整が一段落したので、ひとまず試運転。
「ミカンの材料」をぐいぐい押し込みます。
「この前は、このKo-Ta4、ミカンじゃなくてレモンが生成されて出てきたんだよな」
ある程度材料をコタツに押し込み、ポチッ。
スフィンクスがKo-Ta4試作機のボタンを押すと、ウィンウィン、ウィンウィン。
ミカンの材料は静かなモーター音とともに、コタツの中に引き込まれていきました。
それを、マグカップに入れた赤味噌の味噌汁など飲みながら見ていたのが、特殊即応部門の部長さん。
ビジネスネームをルリビタキといいます。
「毎回思うんだが、」
マグカップにお湯を少し足して、ルリビタキ部長、スフィンクスに聞きました。
「その、コタツのボタンを押せばミカンが出てくる仕組み、どうなってるんだ」
フィクションファンタジーな不思議物語で、その「不思議」の仕組みを聞くなんて、
ルリビタキ部長もなかなか無粋なことをしますね。
まぁまぁ。細かいことは気にしない。
「アンタもミカンにしてやろうか、鳥頭?」
ウィンウィン、ウィンウィン。
Ko-Ta4試作機のミカン生成シーケンスを、じーっと観察しながら、スフィンクスが言います。
「そうすれば、どうやって俺様のコタツがミカンを生成してるか、身をもって学べるぜぇ」
どうやら材料の取り込みまでは、順調な様子。
Ko-Ta4試作機のモーターの音が、止まりました。
「ミカンの材料」の取り込みからミカン変換までの工程の、ほぼ半分が完了したのです。
「よしっ!ミカン化スイッチ、オン!」
スフィンクスは満を持して、コタツのスイッチを押しました! すると、
ウィンウィン、 ガガガ、 ガガガガッ。
ミカンの材料からミカンを生成してくれるコタツ、持ち運び可能タイプのKo-Ta4試作機が、
不穏な、不安な音を出し始めたのです。
「んん〜?」
「なんだ。どうした鬼畜猫」
「いやー、俺様の傑作Ko-Ta4がな、アンタを是非賞味したいって駄々こねちまって」
「それがジョークで、実際のところは?」
「なんかミカン生成の一番最後の段階が妙な回路と繋がっちまったっぽい」
緊急停止を押そうか、そのまま放っておこうか。
スフィンクスがアレコレ考えていると、
スポン! ここでお題回収。
スイッチひとつでミカンが出てくる、不思議な不思議なコタツ、「Ko-Ta4」から、
みかんのみかん、「未完の蜜柑」が堂々爆誕。
丁度左半分しか果肉が入っていなくて、かつ皮が未熟に黄緑色したみかんが、排出されたのでした。
「あるぇ?」
この手の不具合は、俺様、見たことねぇぞ。
コタツムリのスフィンクス、首を大きく傾けまして、出てきた未完のミカンを見たり、コタツに組み込んだ回路を見たり。
バラして組み直して、また首をカックリ傾けます。
「……あるぇ?」
不具合が直ったのは、数時間後だったとさ。
「未完の蜜柑」がコタツから出てくるおはなしでした。おしまい、おしまい。
「冬『が』休み、っつーのを考えついたんだわ」
今年も残すところ数日。某所在住物書きは毛布にミカンで、コタツに入るのも面倒くさく、ベッドでぬくぬく。スマホなどいじっている。
「冬の長期休暇が『冬休み』。それは分かるさ。
『冬』の概念が行方不明、『冬』が仕事サボって休んでるってのも、『冬休み』じゃねぇかなって」
どうだろう。名案だと思ったんだ。物書きは言う。
「……なお、うまく文章化できなかったワケで」
去年なら書けたかもしれない。
たしか雪が極端に少ない豪雪地帯があったから。
――――――
「冬休み」を「年末休み」と言い、要申請の立場になってから、はや◯◯年の物書きです。
今回はこんなおはなしをご用意しました。
「ここ」ではないどこかの世界に、「世界線管理局」なるフィクションファンタジーな職場があり、
そこは異世界渡航の申請を受理するとか却下するとか、滅んだ世界から流れ着いたチートアイテムが他の世界に悪さをしないよう回収するとか、
そういう、厨二ちっくな業務を、真面目にやっている団体組織なのでした。
管理局そのものに「相対的時間」は存在しません。
でもそれが無いと、局員は昼食も昼休憩も、定時帰宅も夏季休暇も、冬休みすら取れないので、
時間の無い世界に「時間」をつかさどるチートアイテムで、人工的な朝と夜と、人工的な1年とを、
それぞれ、付与しておったのでした。
今日の管理局は、多くの部署で「仕事おさめ」。
現存する世界から通勤している局員は故郷に帰り、
滅んだ世界出身の局員は、難民シェルターに用意された6LDK+バルコニーの自宅でリラックス。
あるいは、シェルターは「拡張空間」の付与が為されてバチクソに広いので、シェルター内で4泊5日な長期旅行すらできるのでした。
ところでそんな、冬休み初日で警備が手薄の世界線管理局に、敵対組織の新人スパイがひとり。
世界多様性機構といいます。
管理局の難民シェルターは、いつわりの世界、作られた自由、管理された平和。
そこにとらわれた難民たちを救い出して、「本当の世界」へ逃がしてあげようという魂胆なのでした。
難民を保護する管理局と、難民を開放したい機構。
完全に正反対、真逆の組織です。
なかなか善悪つけ難い関係なのです。
さて。滅んだ世界の難民が捕まっているシェルターの場所を知りたい、多様性機構の新人スパイです。
ひとまず管理局の中の、「冬休み」が存在しない、
「法務部執行課 実働班特殊即応部門」の職員に化けて、その部門の部長のところへ潜入。
「部長。先日収容された難民に対して、開放希望の方が見えて、既にシェルターに向かっています」
半分事実です。だって機構の新人スパイ、難民を管理局から開放したいのです。
「対応は、どのようにしましょう?」
さぁ。外部者に難民シェルターの場所を知られるのは困るだろう。 新人スパイは内心ニヤリ。
管理局の冬休み中にシェルターが荒らされたとあれば、冬休み期間中に勤務していた部署の責任。
必然的に、部長みずからシェルターへ行って、
この「開放希望の方」を排除しようとするだろう。
と、思っていたのですが。
どうやら機構の新人スパイの変装は、管理局の部長さんにガッツリとバレていたようです。
「お前が勝手に引き込んできたんだろう。その『開放希望の方』とやら?」
マグカップに赤味噌の味噌汁を入れて、一味など2振り。特殊即応部門の部長さん、言いました。
「ウチは今、年末の冬休みという設定だ。
異世界難民の話し合いなら『年明け』にしてやるし、難民保護担当の部署にもハナシを付けといてやるから。今日は帰ってくれ」
そもそも部署が違うんだよ。ウチじゃない。
部長さんは大きなため息ひとつ吐いて、新人スパイにレトルトの味噌汁を2個、差し出しました。
「なんです。これ」
「お前のところも、どうせ『今』は冬休みだろう」
「何のハナシです」
「お互い冬休みの期間中も仕事に駆り出されて災難だよな、というハナシだ。
難民シェルターに向かってるっていうヤツを、ここに呼び出して、そいつを飲んだらすぐ帰れ」
「は……?」
「2個で足りるか?何人で来た?」
「えっ」
「3人?4人?」
「ひ、ひとり、です」
「じゃあ1個返せ」
「……」
任務失敗で多様性機構に帰るのが怖いなら、年明けにウチで雇用できないか相談してやる。
とりあえずシェルターの空き家に籠城でもしてろ。
法務部の部長さん、そう言って新人スパイから1個、レトルト味噌汁を取り返すと、
味噌汁飲んでため息吐いて、それっきり。新人スパイに背を向けて、仕事に戻ってしまいました。
(今なら無力化できるのでは?)
閃いた機構の新人スパイ、冬休み業務中の部長を気絶させようと、懐からナイフを、
取り出したところ、背後から肩をポンポン、誰かに叩かれまして。
振り返ればダウンコートだの着る毛布だの、じゃんじゃか厚着に厚着を重ねた若い女性が、
にっこり。新人スパイを見つめておったとさ。