「去年はクリスマス前に捻挫したから、寝正月どころか、寝クリスマスで過ごしてたわな」
その前の年は何だっけ。忘れた。
某所在住物書きはコンビニチキンなどかじり、かじり。遠目にリア充など見ている。
この投稿は12月26日に為されるため、もう「クリスマス」より、「年末の過ごし方」であろう。
「今年は別に、捻挫もしねぇし、風邪も引かねぇし。穏やかっつったら穏やかだが……」
まぁ、まぁ。アクシデントも無ければ、別にデカいイベントも、無かったわな。 物書きは言う。
「別に普通の平日と、何も、どこも……」
もういくつ寝ると、お正月。
ところでその正月も、最近平日と変わらぬ。
何か無いだろうか、不思議なイベントは……?
――――――
クリスマスの都内某所、某アパートの一室、夜。
部屋の主を藤森といい、キッチンから茶菓子とせんべいと、それからひととおりの緑茶ティーセットをトレーにのせて、
静かに、椅子付きコタツで待つ客2名のもとへ。
「それで、」
タパパ、トポポ、トポポ。
香り高い川根のやぶきた品種を注ぎ、客の前にそれぞれ出して、藤森が言った。
「私に、頼み事というのは?」
「ご近所さんの紹介なんだけどさぁ」
客の方の片方、藤森の友人、「付烏月」と書いて「ツウキ」と読む男が言った。
「俺の、来月からの同僚ってゆーか、上司ってゆーかが、隣の部屋に数ヶ月やっかいになるワケ」
まぁ、こいつなんだけどね。
ツンツン指をさすのは、客のもう片方。
「ただ、」
付烏月が更に続ける。
「隣にこいつが来ることを、誰にも、特に後輩ちゃんには、『まだ』話さないでほしくてさぁ」
他言無用、特に藤森の後輩への情報開示が禁忌とされる、付烏月の上司とは??
藤森の口は小さく開いたまま、塞がらない。
付烏月と、客のもう一人と、それから付烏月とを視線だけで見比べて、まばたきパチクリ。
クリスマスジョークでは、ないらしい。
「付烏月さん、あなたが来月……」
とうとう、藤森の首がハテナマークで傾いた。
「私達の職場から、離職するのは聞いていたが、前職の図書館に戻るんじゃ、なかったのか?」
「そうそう。図書館だよん」
「私も前々職で勤めていた、例の、あの?」
「そうそう」
「そこの、あなたの上司が、他言無用?
特に私の後輩に対しては、完全に情報開示禁忌?」
「そうそう」
「……失礼だが、後輩の元恋人か何かなのか?
あいつと酷く喧嘩して、仲直りできていない?」
「まぁ、そゆことにしとくぅ」
「悪いことは言わない。今のうちに、あいつに謝罪しておいた方が良い。あいつは本当に」
「ごめんやっぱり元恋人設定ナシで。ごめん」
「引っ越しは、来年の3月からの予定だ」
付烏月と藤森のコントを見ていた「客その2」が、ここで口を開いた。
「詳しいことは言えないが、お前たちに危害を加えるつもりは一切無いし、数ヶ月我慢してもらえれば、『こちら』の仕事が終わり次第消える」
ただ……。
ここで、その2の言葉が詰まる。
目を伏せて、言うか言わぬかのため息を吐き、
口を一度固く結んで、 それから、
「実は諸事情で、最近この近くの稲荷神社の宿坊を借りて、仕事をしているんだが、……その、
仕事中に、あそこの子狐がだな……」
あっ。なるほど。 藤森は一部、納得した。
図書館の職員が稲荷神社の宿坊を借りて、何の仕事をしているのかさっぱり分からないが、
なんなら藤森の後輩への情報開示を禁忌とする理由にサッパリ繋がらないワケだが、
ともかく、その稲荷神社は、遊びざかりにして食いしん坊の、やんちゃな子狐がおって、
遊べ撫でろ賽銭よこせと、懐いた相手に対して、
非常に、非ッッッ常に、容赦無いのだ。
そういうことだろう。
そういう、ことなのだろう。
稲荷神社の宿坊から離れて、真剣に作業をしなければならない状況が、何度も、あったのだろう。
「あなたの今のご自宅に、仕事を持ち込むことはできないのか?……えぇと、」
「条志。ジョウシだ」
「ジョウシさん、」
「今はそう呼んでくれれば良い」
「『今は』『そう呼んでくれれば』?」
「ともかく。来年から、隣として厄介になる。1度か2度、邪魔するかもしれんが、よろしく頼む」
「はぁ……」
なんだか、最近のクリスマスは妙なことばかりが起こる。まともなクリスマスの過ごし方を忘れそうな藤森は更に首を傾けた。
去年は不明な理由で腰を痛めて、今年は不明な上司もとい条志が隣に越してくるとの挨拶である。
普通のクリスマスの過ごし方って、なんだっけ。
目の前で茶をすする不明人物に、藤森はただただ、首の傾きが増すばかりであったとさ。
「ぶっちゃけ、『イブの夜』っつったって、コレ投稿してるのイブの次の日の夕暮れだけどな」
まぁ、このお題が来るのは予想してた。某所在住物書きは自室でパチパチ、鶏軟骨の塩焼きを作り、ちまちま独りで食っている。
イブの夜をネタにしたハナシなど、その夜の過ごし方程度しか思い浮かばぬ――特にクリスマスイブの。
「他に『イブ』って何あるだろうな。イブって名前の人の夜とか?それとも某パラサ◯ト・イヴとか?」
3作目、PSPのやつ、俺は「3作目」と認めちゃいないが、レンチンバグには世話になったわ。
物書きは「イブ」をネット検索しながら、ぽつり。
……そういえばこの名前の鎮痛薬があった。どう物語に組み込むかは知らないが。
――――――
イブの夜に、子狐ちゃんから手紙を貰った。
稲荷神社に住んでる、狂犬病予防接種済み、エキノコックス対策済みの子狐だ。
多分神社で飼われてるんだと思う。
私の職場の先輩が、その神社の山野草とかお花とかをよく撮りに来る関係で、この不思議な不思議な子狐は、私の顔も覚えて懐いた。
子狐がイブの夜に持ってきたのは、A7サイズの小さな封筒で、見覚えのある手書き文字。
『あて所に尋ねあたりませんでした』
力強く、サラッと書かれた、でも綺麗な字は、
本当に確実に見覚えがあるのに、
先輩の字でもないし、先輩の親友の宇曽野主任の字でもなければ、今月で離職する付烏月さん、ツウキさんの字でもない――なのにすごく見覚えがある。
「『あて所』?」
心当たりは、無いでもない。
イブの前日の夜、この稲荷の子狐に「推しに手紙を出しませんか」って、封筒を渡されたのだ。
稲荷神社へのお賽銭のつもりで、1通、推しゲーの推しカプの、右の方に書いたけど、
彼は、ゲームの中の住人だ。届くハズが無い。
「そういえば、その推しの字に似てる……」
大事二度宣言。推しゲーの、推しカプの右だ。
3次元の手紙が2次元に届くワケが無い。
小さなA7の封筒を裏返す。
封筒はダークレッドの、すごく使い込まれたシーリングスタンプで封がされてて、
それは私の推しゲーの、推しカプ2人が勤務してる部署からの手紙をあらわすデザイン。
「世界線管理局 法務部執行課 実働班特殊即応部門」で使われているシーリングスタンプは、
10年くらい前、10本限定で、シリアルナンバー付きの3万円で商品化された。
抽選販売の倍率は酷いものだったらしい。
私はその頃まだ学生で、生活費もお小遣いもカッツカツで、抽選に参加すらできなかった。
その10本のうちの1本を持ってる人?
私の知り合いに、そんな幸運の人居ないけど……?
――…イブの夜に貰った手紙を持って、尻尾ぶんぶん振ってる子狐を抱えて、子狐の飼い主さんが店主をしてる稲荷のお茶っ葉屋さんに行ったら、
飼い主の女店主さんは子狐を受け取って、さも当然のように私に言った。
「あなたに子狐が渡したのであれば、
確実に、間違いなく、あなたへの手紙ですよ」
どうぞ、そのままお持ちください。
クリスマスイブが見せる夢の1個でしょうから。
女店主さんは小さく笑って、茶っ葉屋さんに来た私にクリスマスのティーバッグを勧めてきた。
クリスマスイブが見せる夢ねぇ(だって2次元)
夢ねぇ……(だって推しゲーの中の推しキャラ)
届くはずのない相手に届くはずのない手紙を出したから、「あて所に尋ねあたりませんでした」だったんでしょ、っていう(不思議)
「せめて、誰がこの手紙を子狐ちゃんに渡したかだけでも、心当たりありませんか?」
「さぁ?稲荷の子狐が為すことですから。渡すべき者が渡し、貰うべき者が貰うのは確かです」
「はぁ」
「ほら。子狐も言うております。
『真相を知りたければ、クリスマスティーと和紅茶のグランドクラスセットをご購入ください』と」
「すいません私には『キツネそんなこと言ってない』って顔に見えます」――…
で、自分のアパートに戻ってきた。
「イブの夜の夢ねぇ」
誰が子狐に手紙を渡したにしても、
この手紙にくっついてたシーリングスタンプがメッッチャ貴重で、メッッチャお目にかかれない推しグッズであることは、確かだから、
ひとまずパウダーで縁取りをして、
高額な方のレジンでキレイにコーティングして、
丸い時計の型枠にはめて、バッグチャームに。
「本当に、誰だったんだろう……」
レジンを固めるためにLED-UVライトを使ったら、
丁度、ライトと封筒の位置関係のせいで、封筒にもライトが当たった。
「あっ」
ライトの紫外線が当たって、封筒に書かれた全文が、光って浮かび上がる。
私が貰った封筒の文章には、続きがあって、
つまり、全文としてはコレだった。
『あて所に尋ねあたりませんでしたが、担当者にお声は伝えました』
「クリスマス、誕生日、バレンタインにホワイトデー、それからお年玉。ハロウィンは違うか」
そもそも「プレゼント」を渡すタイミングって、1年の間に何度あっただろう。某所在住物書きはお題の通知文を見ながら、ふと考えた。
結婚記念日は知らない。告白記念日も考慮しない。
年中行事としてである。リア充は末永く爆発するのがよろしい。
「……プレゼント行事、冬に一極集中してる説?」
12月、2月と3月、1月。春と夏と秋のプレゼントは何があったか。物書きは記憶をひっかきまわして、
「あっ、母の日と、父の日……?」
自身の親にプレゼントのひとつも贈った記憶の無いことに気がついた。
――――――
前回投稿分からの続き物。
「ここ」ではない、どこかの世界に、動物のビジネスネーム制を採用している職場がありまして、
そこの経理部のコタツの主を、猫の無毛種、「スフィンクス」といいました。
このスフィンクス、前回投稿分で、まんまと稲荷の子狐から「ゆずの香り」のするお酒を手に入れまして。上機嫌も上機嫌。
同期で友達の収蔵品保護課勤務、「ドワーフホト」も経理部のコタツに招いて、
ふたりして、酒盛りを始めることに。
スフィンクスが勤務するこの職場、
その日の仕事さえ完璧に終われば、他者に迷惑かけない程度に、お酒を飲んでおつまみ食べて、
そのまま、帰宅が許されちゃう職場なのです。
なかなかホワイトなパラダイスですね。
だって「ここ」ではない「どこか」の世界なのです。気にしない、気にしない。
さて。
経理部にお呼ばれしたドワーフホトです。
ドワーフホトと5人の助手とで、みんなでわちゃわちゃ仕事を終わらせて、確認も完了して、
はい、お仕事終了!経理部に急行、
「あ、まってぇ!」
友達のスフィンクスからお呼ばれのドワーフホト。
せっかくお呼ばれしましたので、お礼のプレゼントなど、いそいで用意です。
「スフィちゃん、寒がりだから、コレかなぁ〜」
それは、購買部でその日入荷したばかりの、美味しい美味しいチキンスープでした。
生姜をベースに、ゴボウやタマネギのエキスがたっぷり。フリーズドライ個包装で調理も簡単。
鶏肉とレンコンのつみれも具として入っておるので、あとはお湯を入れてちょっとかき混ぜれば、
最高ポカポカ、ほっこりチキンスープの完成。
「よぉーし。バッチリぃ」
プレゼントもバッチリ!
準備万端、整えまして、ドワーフホトはスフィンクスが待つ経理部のコタツへ向かいました。
ドワーフホトが経理部のコタツに到着すると、
同期で友達のスフィンクス、早くも酒盛りを始めておりまして、稲荷神社の子狐にトクトク、お酌をさせておったのでした。
「おぅ。遅かったじゃねぇの」
コタツの上にはカゴ盛りのミカンと、ポテチとジャーキーと即席のおつまみセット。
酒盛りはどうやら突然開催が決定したようで、
焼き鳥やおでんみたいな軽食は、ひとつも、用意されていませんでした。
まぁ、そりゃそうです。
だってその日は子狐が、何の予定も予告も無く、
カモがネギ背負ってならぬ、子狐が酒のボトル背負って、スフィンクスの職場にやって来たのです。
「丁度良いじゃーん」
ベストタイミング!にっこり笑ったドワーフホト、購買で購入してきたチキンスープのフリーズドライを、さっそくスフィンクスにプレゼントです。
「一緒に食べよーよ。体ぽっかぽか、ぬっくぬく。オニオンチキンスープだよぉ」
当然のようにスフィンクスのコタツから、魔法瓶タイプのポットとスープマグを取り出すと、
ドワーフホト、それにプレゼントのフリーズドライをポンポン落として、タパパトポポ、トポポ。
2杯のぽかぽかチキンスープを、すぐに用意してしまいました。
「このスープに、少しゆずの酒入れて、ゆず風味にしたら最高じゃねえか」
「お酒の風味も入っちゃうよぉ。素直に刻みゆず入れた方が安全だと思うー」
「知らね。投入ッ!」
どんちゃんちゃん、どんちゃんちゃん。
ドワーフホトのチキンスープと、稲荷の子狐のゆず酒とで、2人の酒盛りが本格開催。
ドワーフホトが持ってきたプレゼントは、その日のうちに全部、2人の胃袋の中に消えましたとさ。
「某100均にも売ってるちゃんぽん鍋キューブに、きざみゆず入れたら意外と美味かったわな」
冬至の「ゆずの香り」から2日離れた本日である。
某所在住物書きは七味のキャップを開けて、鼻を近づけ、首をカックリ。
ゆずが入っていた気がしたのだ。どうやら物書きの手持ちの七味は「ゆずの香り」ではなく「陳皮(みかんのかわ)の香り」であったらしい。
「『ゆず胡椒の香り』なら、来年、書けるかもな」
物書きは閃いたが、メモは取らなかった。
「ゆず胡椒」は、ゆずか胡椒、どちらかが入っていないハズであったのだ――どっちだったっけ??
――――――
最近最近のおはなしです。都内某所のおはなしです。
某稲荷神社敷地内の一軒家に、人に化ける妙技を持つ化け狐の末裔が、家族で仲良く暮らしており、
そのうち末っ子の子狐は、善き化け狐、偉大な御狐となるべく、絶賛修行中。
稲荷のご利益豊かなお餅を作って売ったり、狐の術のお勉強をしたり、それからお母さん狐の仕事をちょっと手伝ったりも、しておったのでした。
その日コンコン子狐は、おばあちゃん狐が作ってくれた稲荷寿司を、ちゃむちゃむ、ちゃむちゃむ。
胃袋に次々丁寧に、幸福に収めておったところ、
漢方医として病院で仕事をしているお父さん狐が、ベロンベロンに酔い潰れて、帰ってきました。
たしか、今日で4徹の5連勤です。人間のお医者さんが病気にかかってしまって、その穴を、お父さん狐がこっそり埋めたのです。
「がんばった、わたし、がんばったよ……」
くぁぁ、くわぁぁん。 お父さん狐は弱々しく、お母さん狐を呼んで鳴いて、パッタン。
狐に戻ってグースピ、眠ってしまいました。
「かかさん。かかさん……」
ところでお父さん狐、なにか小さなボトルを抱えていますね。 宝物でしょうか。
「ゆずだ!」
コンコン子狐、お父さん狐を起こさぬよう、慎重にボトルを引っ張り出しました。
「ゆずの、かおりがする!」
きっと、おいしいジュースか何かです。
お父さん狐は口から何か、心か魂のようなものを吐き出して、眠ったまま動きません。
丁度いいや!子狐はそのまま、ゆずの香りのするボトルを引きずって、引きずって、
自分の宝物にすべく、持ってってしまいました。
「いいかおり。いいかおり」
コンコン子狐、ボトルの首に噛みついて、引きずって、お父さん狐から離れます。
「ゆずジュース、どんなあじだろう」
誰にも取られないように、廊下を通り抜け、黒い穴の中も通り抜けて、どこかの職場にたどり着くと、
コロコロコロ!ぽんぽんぽん!
子狐の侵入に気付いた24と1個のミカンが、たちまち子狐を取り囲んで、
ベルトコンベアの上の梱包物よろしく、ボトルごと、子狐をどこかへ連れてゆきました!
「なにするの、なにするのっ!」
なんだか非現実的な展開ですね。
しゃーないのです。こんなフィクションで、そんなファンタジーなのです。気にしてはなりません。
コロコロコロ、ぽんぽんぽん!
ゆずの香りするボトルを抱えた子狐は、24と1個のミカンにのせられて、廊下を移動し扉を潜り、
「経理部」と書かれたブースへ向かいます。
「あら、かわいい子狐ちゃん」
「不知火とポンデコさんに捕まったの?不運ねぇ」
人間や猫耳の従業員が、ミカンコンベアの上の子狐をチラリ見て、すぐ仕事に戻ります。
「んんー?誰が俺様の職場に潜り込んだと思ったら、おまえ、稲荷神社の子狐じゃねぇか」
最終的に子狐は、24と1個のミカンによって、
経理部の窓際にある、コタツの前に到着。
「この俺様に、ゆずの酒でも献上に来たのか?
よしよし。良い心がけじゃねぇの」
コタツの主、女性のコタツムリさんは上機嫌。
水晶の文旦と、光り輝く日向夏をキュッキュと拭いて、磨いて、丁寧に元の場所に戻すと、
小さな酒杯を、コタツの中から取り出しました。
「さぁ、子狐。俺様にお酌したまえ」
「オシャク?」
「そう、お酌。お前が持ってるそのボトル、お酒」
「やだっ!これ、キツネのものだやいっ」
「おまえ、酒飲めるの?」
「のめるもん!かかさんは、『こどもだからダメ』っていうけど、キツネ、おさけ、のめるもん!」
「それをお前の世界では『未成年』てゆーの」
ほら。美味しい美味しいハウスみかんやるから、飲めないお酒は、こっちゃ寄越しなさい。
コタツムリのお姉さん、コタツの上にあるミカンのカゴから、色も形も良いみかんをザッカザッカ抜きまして、コンコン子狐にくれてやります。
子狐は大喜びでミカンをがぶちょ!
胃袋にぜーんぶ納めまして、かわりにお父さん狐が抱えておった小さなボトルを、コタツムリさんに渡しましたとさ。
「星空、空模様、空が泣く、あいまいな空……
『空』が付くだけで、これで、9例目なんよ」
ここに天気ネタ・雨ネタが入れば、ほぼ1ヶ月に1〜2回、相手にしている「空」。
これまで何度遭遇したか分からぬそれは、「書く習慣」アプリの常連と言える頻度である。
空と雨と年中行事と、エモと恋愛ネタに関しては、この1年で、何度も出題されてきた。
「今までで、どんな空を書いてきたっけ」
物書きが上を見たとて、そこに大空は無い。
「つーか、どういう空を、『書いてない』っけ?」
書き尽くした感のある空ネタの、新しいネタはどこにあるだろう?
――――――
最近最近の都内某所、某アパートの一室、夜。
部屋の主を藤森といい、去年の暮れまで諸事情で、生活感ミニマムの空間で過ごしておったのだが、
今年の5月でようやく諸事情の問題が完全解決。
少しずつ、家具やら家電やらが、増えてきている。
というのもこの藤森、執着と所有欲の強い元恋人に、自分の職場にまで押し掛けられたワケで。
いつ住所がバレても良いように、
いつでも夜逃げできるように、
一般サイズの冷蔵庫はおろか、消費に時間がかかってしまう大容量調味料さえ、1台も。1本も。
おかげでちゃんこ鍋キューブを転用した鶏そばや、
ミネストローネのフリーズドライを流用したリゾットにピザトースト等々、
「調味料を使わない料理」のレパートリーは、ここ数年で増えた、増えた。
1.5リットルの醤油など購入して
その直後に元恋人に部屋がバレようものなら
シンクに買ったばかりの醤油をドッパドッパ捨ててボトル容器も処分する必要があるのだから、
砂糖や塩の袋も、酢や醤油のボトルも、味噌のパックも。藤森の部屋で探すのは、困難であった。
『つい最近までは』。
「物が増えてきた」
オニオンポタージュの粉スープで作ったクリームパスタを食いながら、惰性で料理番組など聴きつつ、
藤森はひとり、部屋を見回して、ぽつり。
「去年は、この半分の家具も無かったのに」
元恋人との諸事情、すなわち恋愛トラブルが完全解決した事実を、しみじみ味わっている。
すなわち追われるリスク、家を特定される不安から開放された幸福を。
テレビ画面に、目を向ける。
料理研究家がコメントしながら、濃い口醤油を大さじ1杯、鍋に回しかけている。
「もう、醤油も大容量ボトルで買えるな」
ここで突然のお題回収。
「そうだ。 買えるじゃないか、もう。 醤油」
明日、「大空」晴れて放射冷却の気温だが、
今こそ、その大空の下で醤油を買いに行こう。
時間が過ぎて朝になり、晴天の都内某所である。
「何年ぶりだ、醤油をリッターで買うなんて?」
藤森はコロコロ、ころころ、買い物用キャリーバッグを引いて、近所の馴染みのスーパーへ。
「ひとまず『さしすせそ』と、ソースと、みりんと……あとは何だ、コショウ?油??」
新居に越してきた家族の、料理担当の方と言われれば信じてしまう程度の種類の調味料を、
つまりだいたい十数種類のボトルやらパックやらを、ざっかざっか、ぽいちょぽいちょ。
カゴに放り込んで、少し嬉しそうな顔で、セルフレジへ並んでタッチ決済である。
「ああ。素晴らしい。醤油が買える」
一部の藤森と面識のない店員はキョトンとして、
この醤油やらコショウやらアマニ油やらを購入していった客を推理・推測・想像している。
『八丈島とか離島から来た人かしら』
『いや。地方の田舎から上京してきたばかりかも』
「醤油だ。みりんだ」
コロコロ、ころころ。少し上機嫌な藤森である。
スーパーから出て、買い物用キャリーバッグを引いて、大空晴れた放射冷却の気温の下を歩く。
「何を作ろう。何が作れる?」
そのままアパートの自宅へ帰還し、キッチンにポイポイ、ぽいぽい、購入物を並べると、
「……そもそも冷蔵庫の中の食材は?」
途端、自分が「調味料『しか』」購入していなかったことに気付き、今年買ったばかりの冷蔵庫を開けて、中を見渡して脳内で食材をリスト化、
する必要も無いほどスッカラカンであったので、
「なにをつくる……?」
スーパーに、秒でとんぼ返りして、肉を食うか魚を食うかで数十分、葛藤しておったとさ。