かたいなか

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8/19/2024, 4:37:33 AM

「水鏡、鏡文字、鏡餅、鏡面反射、魔境現象、合わせ鏡に内視鏡に心理学としてのミラーリング効果、脳科学のミラーニューロン。三種の神器に『白雪姫』に『鏡の大迷宮』。鏡花水月は四字熟語よな」
8月、難題お題の方が簡単お題より多い説。
某所在住物書きは鏡という鏡を検索で探し回り、己の引き出しの無さを再認識して早々に力尽きた。
単語は複数出せる。そこから先が酷く少ないのだ。

「『田んぼの水路とかため池とか、風の無い日には空だの風景だのがよくリフレクションして、エモい写真撮れる』ってネタは知ってるが、知ってるが……」
前々回で、そういう田舎の帰省シリーズ、使っちまってるもんな。物書きはため息を吐く。夜の湖に鏡面反射する月以外のネタはどこにあるだろう。

――――――

ようやく東京も、37℃だの38℃だの酷い最高気温をあまり見なくなってきた。
なんなら木曜日に、最高気温30℃未満が表示されてる。「最低」じゃない。「最高」だ。
常時真夏日に慣れきった体だから、木曜には「寒い」なんて言葉が出てくるかもしれない。
もうすぐ東京の夏の終わりが来る。 多分。

なお私が3月一緒に仕事してる同僚の付烏月さん、ツウキさんによると
『人間、実はバチクソ酷く暑い日はそうでもないけど、適度に暑い日は犯罪が増える説』らしい。

それが事実かどうか分かんないけど、
今日は、いっつも過疎って常連さんくらいしか来ない私達の支点に、数ヶ月ぶりに変なお客さんが来た。
暴言吐くおっちゃんだ。
言葉のブーメラン投げるおっちゃんだ。
理解不能で意味の通らない主張を続けて怒鳴り散らしてウチの新卒ちゃんを酷く怖がらせて、
最終的に、支店長が満面のビジネススマイルで警察に通報して、おまわりさんにご送迎頂いた。

「言葉は鏡だ」
めっちゃ怖がって震えてる新卒ちゃんのメンタルケアをしながら、支店長が言った。
「覚えておきたまえ。相手の話す言葉と抑揚を知れば、相手がどのような人間かよく分かる。
言葉は君の性質を正確に映し出す鏡なのだよ」
新卒ちゃんは真面目だから、言われた助言をちゃんとメモに残す――で、納得したらしく数度頷いた。

鏡ね(ところで:支店長のあだ名が教授)
……鏡ねぇ(ところで:ブーメラン客の鏡とは)

「さっきのおっちゃんは、『言葉が自分の鏡』ってだけのハナシじゃなさそうだけどねぇ」
「どゆこと付烏月さん」
「『言葉は鏡』は、俺もバチクソ同意なの。賛同なの。でも人間、加齢とともに頭のブレーキがだんだん緩くなってきちゃうんだなぁ」
「で?」
「しゃーない部分はあるの。我慢しづらくなっちゃうのも、多少は脳の発達過程なの」

「それでもキレて吐いた言葉は『その人』でしょ」
「ごもっともです」

言葉が鏡で加齢でブレーキで、難しいなぁ。
私と付烏月さんのハナシからも学びを得ようとしてる新卒ちゃんは、なにやらこっちを見ながら、だけどメモに触れてるペンが止まってる。
何か書きたいけど、どう書きたいか分からない、そんな悩みの顔をしてた。

「ちなみにそれ言ったら、言葉を鏡とすると顔とか仕草とかも鏡でコミュニケーションツール」
困ってる新卒ちゃんにイタズラな笑顔をして、付烏月さんが言った――ホントに良い笑顔だ。
「言葉で言ってることと心で考えてることが違う人の顔よく観察してみなよ。多分左右非対称だよ」

ヒヒヒ。自慢気に笑う付烏月はバチクソ楽しそう。
「言葉は鏡」。たしかに鏡だと思った。
付烏月さんってそーいうところがあると思う。
「どしたの後輩ちゃん」
「なんでもないです」
「なんか俺のこと考えてそう」
「なんでもないでぇ〜す」

8/18/2024, 3:50:59 AM

「自分の執筆スタイルは、そうそう簡単に変えられねぇし、こだわりも捨てられねぇわな」
◯◯をいつまでも捨てられない者、△△の物語、
△△がいつまでも捨てられない物、◯◯の背景、
処分手続きが複雑・順番待ちゆえに部屋に置きっ放しになっている◯◯に対して「だって、いつまで経っても捨てられないんだもの」。
他は何があるだろう。某所在住物書きは己の腹をつんつんしながら言った――要は少しの贅肉だ。

「昔っから日常ネタが比較的得意だったし。書き終わったら音読で誤字脱字等々チェックするし。
文章は会話文が多くて、たまに過去投稿分のどこかと繋がるカンジのハナシを書くし。なによりその『昔書いたもの』を女々しく後生大事に保存してるし」
捨てられねぇものを捨てる方法って、何だろな。心を鬼にでもすんのかな。
たぷたぷ。物書きは文章の話題とも己の腹を凹ませる努力のとも知れぬ呟きを吐き、スマホをいじる。

――――――

期間限定のお菓子のパッケージ、興味が薄れてもなお保管し続けて捨てられないこと、ありませんか。
昔懐かしい昭和レトロに詰められた金平糖の、絵柄を3種類ほど買い集めてそれっきりの物書きが、こんなおはなしをご用意しました。

最近最近のおはなしです。都内某所のおはなしです。
某稲荷神社敷地内の一軒家に、人に化ける妙技を持つ化け狐の末裔が、家族で仲良く暮らしておりまして、
そのうち末っ子の子狐は、美味しいもの、綺麗なもの、お星様の形のお花が大好き。
それこそ星みたいでコロっとしてて、甘くておいしい金平糖なんて、子狐の大好物のひとつなのです。

特に子狐、友達の化け狸の実家であるところの、京都にルーツを持つ和菓子屋さんで売っている、美しい小袋入りと可愛らしい小瓶入りがお気に入り。
父狐に連れられておやつを買いに和菓子屋へ行けば、10色キレイに並ぶ小袋を見たり、小袋3個分のカラフルが詰まった小瓶を見たり、
こやこやコンコン、忙しくしております。
だいたいピンポイントに1色2色買ってもらうのですが、特別な日には小瓶をおねだり。

で、ここでお題回収。
小ちゃい小ちゃい小瓶ながら、その美しい小瓶がどうしても、いつまでも、子狐捨てられないのです。

「1個だけ残して、捨てても大丈夫じゃないかい?」
父狐、10個くらい溜まってしまった金平糖の空の小瓶を見ながら、コンコン子狐に聞きました。
子狐が化け狸の金平糖にハマったのは、こやこや58週間前、つまり去年の春の頃。
1年ちょっとで小瓶が10個なら、来年にはもっとたくさん空の小瓶が、処分されず溜まるでしょう。

「やだ!」
子狐ギャンギャン!捨てられない宝物を両前あんよで抱え込み、いっちょまえに父狐に威嚇します。
子狐にとってはどの瓶も、思い出に紐づいて大事な大事な「1個」なのです――それを捨てるなんて!
「捨てない!ととさん、宝物にさわらないで!」
そうか捨てたくないのか。 父狐は子狐の、宝物への執着に対して、とっても理解がありました。
捨てる処分より、有効活用する方が良さそうだ。
コンコン父狐は子狐の、これからも増えていくだろう小瓶の活用方法を、ひとつ思いついたのでした。

いつまでも捨てられない物は、今は捨てられないんだから、とっとと諦めてしまいましょう。
いつまでも捨てられない者には、捨てる以外の道を、何かひとつ提案しましょう。

「全部、捨てられないのかい?」
捨てない!ダメ!ギャンギャン!
「空っぽの小瓶のまま、残しておきたいのかい?」
何言っても、ダメったらダメ!ギャンギャン!!
「この小瓶にお水を入れて、一輪ざしの花瓶にして、お花を咲かせて飾るのはどうかな」

「おはな……!」
コンコンこやこや父狐、子狐が1年かけて集めた金平糖の空き瓶抱えて神社の手水に行きまして、
小瓶にたっぷり、稲荷神社のお水を入れます。
「小さなお花を摘んでおいで」
おめめをキラキラ輝かせる子狐に、父狐言いました。
「参拝客がお前の宝物の小瓶と、お前が選んだキレイなお花を同時に楽しめるように」

「つんでくる! おはな、小瓶にかざる!」
子狐は尻尾ぶんぶん大喜び!神社の敷地を駆け回り、タンポポやらセンニンソウやらツリガネニンジンなんかをプチリ噛み切って、色とりどりに集めます。
たちまち稲荷神社の売店もとい授与所の窓際は、お花を挿した小瓶でいっぱい。
コンコン子狐、これにはこやこや大満足。
当分だいたい数週間、授与所の一輪ざし小瓶を見て満足して、小瓶を買わずにおりましたが、
数週間後「一輪ざしを増やしたくなって」、和菓子屋にお小遣い持って1匹行っちゃいましたとさ。

8/17/2024, 2:59:50 AM

「『書き終わったら面倒でも声に出して読め』が、俺の卒論の先生の言いつけだったわ」
誇らしいじゃなくて、誇らしさかよ。某所在住物書きはネットの検索結果を確認しながら、ぽつり。
◯◯は誇らしさの象徴、△△は誇らしさで胸いっぱい、誇らしさは間違うと嫌味になるので取扱注意。
誇らしさと□□は紙一重、とかもあるだろう。
他には?他の物語の種は?

「俺に限ったハナシかもしれんが、意外と黙読じゃ、誤字脱字等々読み飛ばしちまうのよ。
で、その書き終わり音読派先生のおかげで昔、一度だけ校正の仕事貰ったことがあってな」
それが俺の「誇らしい」かな。物書きは回想する。
「で。……今日もこのバチクソ手強いお題か」

――――――

8月14日投稿分から続く、2019年のお盆のおはなしも、今日でようやく最終話。
雪国の田舎出身という藤森の里帰りに、「雪国の夏を見てみたい」と、都会育ちの親友宇曽野が、無理矢理くっついてゆきました。

最終日3日目の夕暮れ時、東京へ帰るその前に、
藤森は藤森自身の旧姓の、つまり実家の名字である「附子山」の、由来であるところの山へ、十年来の親友である宇曽野を案内しました。
未婚の藤森に旧姓がある理由は、7月21日投稿分の過去作参照なのですが、要するに色々あったのです。いわゆる諸事情というやつです。
過去作掘り起こしのスワイプがバチクソ面倒なので、あんまり気にしちゃいけません。

「四代藩主が統治していた頃だそうだ」
アスファルト舗装された山道を、藤森は実家に伝わる昔話をしながら、軽自動車でスイスイ登ります。
「民情視察のため、まだ村だったこの地を訪れた藩主が、視察を終えて帰る前に体調を崩してしまった。
藩主の不調を漢方薬の附子で癒やしたのが、村の医者をしていた私の先祖だったらしい」

助手席の宇曽野は花より団子。
「帰りの道中で食べなさい」と渡された茹でモロコシをガリガリしながら、
木漏れ日溢れる道路を、ちらり咲き覗く花々を、草むらの中で昼寝中らしい子狐を、見つめています。

「金銀錦の褒美を辞退した謙虚な医者に、藩主は深く感心して、かわりに薬草豊かな小さい山と、『附子山』の名字を与えた。――それが、私の『旧姓』のルーツ、ということになっている」
真偽は不明だがな。藤森はポツリ付け足しました。

「誇らしそうにしてる」
「『誇らしそう』?私が?何故?」
「お前は素直で正直だから分かりやすい」
「回答になってない」

車を停めて、エンジンをきって、降りた場所は開拓され開けた小さなハーブ畑。
「俺に見せたかったのはコレか?」
誇り高い「騎士道」の花言葉を持つ、白花のトリカブトと、厭世家な「人間嫌い」の紫のトリカブトを、そのツボミを、宇曽野が見つけて聞きました。
「まさか」
返す藤森はニヨリいたずら顔。
畑の大きなミカン科の木から、なにやら小さい緑の実を十粒収穫して、ペットボトルの水で洗って、
「コレだ」
問答無用で、宇曽野の口の中にダイレクトアタック。

「?」
なんだこれ。鼻を突き抜ける柚子か酸っぱいミカンのような、シトラスの香りを感じながら、カリカリ粒を噛み砕く宇曽野。
藤森の意図を勘繰り、数秒首を傾けていたところ、
「……、……ッ!……ア……!」
突然、唇がピリピリ、舌がヒリヒリ、唾液がドンドン溢れてきて、痺れる強烈な「何か」を感じました。

「ふじもり、きさま、あぁくそっ!」
藤森から水を引ったくり、口の中をすすぐ宇曽野。
藤森は、それはそれはイイ笑顔で、例の小さな緑を、未熟な実山椒を、プラプラ宇曽野に見せました。

そりゃ山椒の実を生で十粒も食ったら舌と唇が無事数分敗北するのです(よい子は程々にしましょう)

「はははっ、辛いだろう!つらいだろう!私の冷蔵庫のプリンを毎度毎度勝手に食う罰だ!」
「にしても程度があるだろう、程度が!」
「程度?そうか、足りなかったか!」
「ちきしょう、お前も食え!食っちまえ!」
「ハハハハハ!はは……、ぁっ、……が……!!」

ひとしきりポコポコ暴れてヒリヒリ舌と唇を痺れさせて、水を分け合って。藤森と宇曽野は仲良しこよし、お土産の茹でモロコシでガリガリ口直しをしてから、東京行きの新幹線で、帰ってゆきましたとさ。
おしまい、おしまい。

8/16/2024, 3:10:02 AM

「夜の海の、砂浜に打ち上がって光るのはホタルイカ、砂浜から海に旅立つのがウミガメ、釣りをするのが夜釣り、あと多分海上花火大会……」
どれもやったこともねぇ。某所在住物書きは今回配信の題目に、ため息ひとつ吐いて天井を見上げた。
相変わらずのエモネタ。物書きの不得意としている出題傾向であった――なお「明日も多分エモい」。

「アレか?夜の海辺で誰かと誰かでも告白させる?俺の投稿スタイル、続き物風の日常ネタと不思議な狐の童話風だから難しいが?」
夜の海岸、夜の海中、夜の海上道路に夜の海底探査、それから夜の海鮮丼、シーフード、ビール。
夜の海上レストランで肉も良い。物書きは思った。
ところで今日の夜の海は台風7号がどのあたりを通過しているやら。

――――――

前々回から続いている2019年のお盆のおはなし、そろそろ終わりの第3弾。
雪国の田舎出身という藤森の里帰りに、「雪国の夏を見てみたい」と、都会育ちの親友宇曽野が、無理矢理くっついてゆきました。

1日目はひたすら青空の下、田園を駆け抜けました。
2日目は北国の「夏の朝」に驚きつつ、貸し切りの自然公園を堪能しました。
田舎クォンティティな農家の恵みたっぷりディナーを胃袋におさめ、デザートはこれまた田舎サイズなスイカが堂々登場。メロンもどうだと言われました。
『買うものではない。ご近所親戚から貰うもの、ご近所親戚に配るものである』
顔色変えず、眉動かさず。土産にしれっと積まれた大玉小玉色違いの、都内価格やハウマッチ。

ポンポンポン、ポンポンポン。
増える食材の種類と量を見つめる宇曽野の目は、完全に、宇宙猫のそれでした。
そんな、宇宙猫的2日目の夜。

「嫁と娘に、とんでもない土産ができた」
「当分スイカとメロンと夏野菜には困らないだろう」
「なんだあの量」
「普通だ」
「『アレ』が『普通』であってたまるか」

「お土産」詰めた段ボール箱を、隣の隣の隣の地区の宅配営業所に持ち込み、先に東京へ送ってもらって、
その帰り、藤森と宇曽野は町をまたいで寄り道して、波立つそこそこの大きさの汽水湖で、階段に腰掛け遠くを見つめておりました。
藤森の故郷と同程度の田舎なそこは、周囲に他人も無く、近くに明かりも見えず、
とぱん、たぱん、どぱん、だぱん。
海同様、浜に寄せる水の形が、暗闇に慣れた目に、小さく美しく見えるばかり。
風と波の音だけ届くそこは、ただただ、静かでした。

「真っ暗だ」
宇曽野が近くの石を、波の向こうへ、ポチャン。
ひとつ拾って投げて、言いました。
「人の明かりが、あんなに遠い。星がこんなに多い」

「1人になりたいとき、来ていた場所のひとつさ」
藤森も面白がって石をひとつ、ポチャン。
宇曽野より遠くを目指して投げました。
「公園の夜の吊り橋、父の畑近くの農道、貸し切り状態の遊歩道、『附子山』、それからここ。警察も不審者も来ないから、心置きなくボーっとできる」

「贅沢なことだな」
「贅沢?何も無い場所で時間を無駄にするのが?」
「俺は有意義だと思う」

「はいはいウソ野ジョーク」
「事実だ」

どぱん、たぱん、とぱん、だぱん。
海と見間違う夜の汽水湖は、ただ静かに波をささやいて、穏やかにふたりを見守ります。
どぱん、たぱん、とぱん、だぱん。
夜の海とも言い得る汽水湖は、ただ涼しげな風を吹かせて、当然のようにふたりを見守ります。

星を見て、石投げ大会をして、何でもない話をして。宇曽野が飽きたらハイおしまい。
近くにコンビニも24時間営業店も無いので、自販機探してジュースを買って、それを飲みながら帰路につく宇曽野と藤森。
ふたりは次の日、3日目の夕方に東京へ帰ります。

8/15/2024, 2:51:49 AM

「今回は、自転車に乗って『どこへ行くか』『行く過程でどうなったか』が話題になるカンジ?」
自転車に乗って、スーパーに行けば日常ネタ、
職場に行けば職場ネタ、学校なら学園系も可能。
目的地に行く過程で恋するあの子とすれ違えば恋愛に発展するかもしれないし、
ナラズモノな道交法違反車とすれ違えば、交通安全を主題に掲げるハナシも書けるかもしれない。

何を書こう。 某所在住物書きはため息を吐いた。
「それこそ『自転車に乗っている人』の割合を考えれば、地方と都会の自転車利用台数云々も……」

そういえば、あの野郎どうしてっかな。
物書きはネットで「自転車で日本縦断!」の記事を見つけ、ひとつ、記憶を掘り起こした。
自転車ではなかったが、初夏にひとり見かけた。
バイクに乗って北を目指した若き青年に、某バニラ味メイトと一番安値のスタンドの名前を渡したが、彼は旅の中で何と何と何を得たのだろう。

――――――

「……朝がさむい」
「否定はしない。最低気温、20℃未満らしい」
「なぜだ。8月だぞ。8月なのに、朝が、さむい。毛布があたたかい」

「宇曽野」
「なんだ」
「ようこそ北国へ」
「はやくその茶よこせ」

コロナ禍突入直前。2019年のお盆のおはなし、まさかまさかの第2弾。
雪国の田舎出身という藤森の里帰りに、「雪国の夏を見てみたい」と、都会育ちの親友宇曽野が、無理矢理くっついてゆきました。
1日目はひたすら田園を駆け回り、青空の広さを見渡し、沈む夕日と夜空を2ヶ月分くらい見つめて、夕冷えからの肌寒い夜に無条件撤退しました。

「さむい」
「さっき聞いた」
「茶がうまい。あたたかい」
「そりゃどうも」

そんなこんなで藤森の実家に宿泊中の宇曽野です。
東京のそれより5〜8℃低い、朝の寒さにたまらず起きて、毛布をよこせの救助要請。
東京と、最高気温の差は縮まっても、最低気温はさすが雪国。熱帯夜よりは良いでしょと、東京の春4月頃の数字をぶつけてきます。
宇曽野は後悔しました。北国に向かう前、藤森は「朝晩肌寒いから上着を一枚持て」と言いました。
んなアホな。宇曽野が持参した着替えは半袖ばかり。

『地元民の忠告は聞きましょう』
宇曽野がこの旅行で得た、一番の教訓でした。

そんな宇曽野、2日目に何をしたかと言いますと、
「……20年ぶりに乗った」
「にじゅうねん?!」
自転車に乗って、手作りサンドイッチと冷茶積んで、ガッツリ虫除けスプレー振って、チリンチリン。
都立滝山自然公園よりちょっとだけ小さい、草花キノコの豊かな最寄りの公園へピクニック。
「冗談だろう藤森、20年自転車に乗ってない?!」
「車社会だからなぁ」
一家に一台どころか、一人一台も過言ではない藤森の故郷です。外に人の往来はほぼ無く、道路を行き交うのは自動車ばかり。
徒歩の人混みを気にせず自転車に乗れる。東京では考えられない状況です。

チリンチリン、チリンチリン。安全かつ快適に自転車に乗って、ふたりは完全貸し切り状態の、静かで涼しい公園に到着しました。
「公園が貸し切り!?」
「宇曽野。お前今日は随分驚いてばかりだな」
「何故だ、何故誰もいない?!公園だぞ!」
「公園より隣の隣の隣あたりの地区の、大型ショッピングセンター派なのさ。ゲーセンもあるし、ファストフードもカフェも揃っているから」

「それで貸し切りか?」
「それで貸し切りだ」

散策して、追いかけっこして、水辺でちょっと休んで、生えてるキノコの食える食えないを議論して。
池を見渡す広場を貸し切り、サンドイッチをぱくり。

『東京の価値観が地方にも無条件に当てはまると思ってはいけない』
宇曽野がこの旅行で得た、もうひとつの教訓でした。

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