かたいなか

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「水鏡、鏡文字、鏡餅、鏡面反射、魔境現象、合わせ鏡に内視鏡に心理学としてのミラーリング効果、脳科学のミラーニューロン。三種の神器に『白雪姫』に『鏡の大迷宮』。鏡花水月は四字熟語よな」
8月、難題お題の方が簡単お題より多い説。
某所在住物書きは鏡という鏡を検索で探し回り、己の引き出しの無さを再認識して早々に力尽きた。
単語は複数出せる。そこから先が酷く少ないのだ。

「『田んぼの水路とかため池とか、風の無い日には空だの風景だのがよくリフレクションして、エモい写真撮れる』ってネタは知ってるが、知ってるが……」
前々回で、そういう田舎の帰省シリーズ、使っちまってるもんな。物書きはため息を吐く。夜の湖に鏡面反射する月以外のネタはどこにあるだろう。

――――――

ようやく東京も、37℃だの38℃だの酷い最高気温をあまり見なくなってきた。
なんなら木曜日に、最高気温30℃未満が表示されてる。「最低」じゃない。「最高」だ。
常時真夏日に慣れきった体だから、木曜には「寒い」なんて言葉が出てくるかもしれない。
もうすぐ東京の夏の終わりが来る。 多分。

なお私が3月一緒に仕事してる同僚の付烏月さん、ツウキさんによると
『人間、実はバチクソ酷く暑い日はそうでもないけど、適度に暑い日は犯罪が増える説』らしい。

それが事実かどうか分かんないけど、
今日は、いっつも過疎って常連さんくらいしか来ない私達の支点に、数ヶ月ぶりに変なお客さんが来た。
暴言吐くおっちゃんだ。
言葉のブーメラン投げるおっちゃんだ。
理解不能で意味の通らない主張を続けて怒鳴り散らしてウチの新卒ちゃんを酷く怖がらせて、
最終的に、支店長が満面のビジネススマイルで警察に通報して、おまわりさんにご送迎頂いた。

「言葉は鏡だ」
めっちゃ怖がって震えてる新卒ちゃんのメンタルケアをしながら、支店長が言った。
「覚えておきたまえ。相手の話す言葉と抑揚を知れば、相手がどのような人間かよく分かる。
言葉は君の性質を正確に映し出す鏡なのだよ」
新卒ちゃんは真面目だから、言われた助言をちゃんとメモに残す――で、納得したらしく数度頷いた。

鏡ね(ところで:支店長のあだ名が教授)
……鏡ねぇ(ところで:ブーメラン客の鏡とは)

「さっきのおっちゃんは、『言葉が自分の鏡』ってだけのハナシじゃなさそうだけどねぇ」
「どゆこと付烏月さん」
「『言葉は鏡』は、俺もバチクソ同意なの。賛同なの。でも人間、加齢とともに頭のブレーキがだんだん緩くなってきちゃうんだなぁ」
「で?」
「しゃーない部分はあるの。我慢しづらくなっちゃうのも、多少は脳の発達過程なの」

「それでもキレて吐いた言葉は『その人』でしょ」
「ごもっともです」

言葉が鏡で加齢でブレーキで、難しいなぁ。
私と付烏月さんのハナシからも学びを得ようとしてる新卒ちゃんは、なにやらこっちを見ながら、だけどメモに触れてるペンが止まってる。
何か書きたいけど、どう書きたいか分からない、そんな悩みの顔をしてた。

「ちなみにそれ言ったら、言葉を鏡とすると顔とか仕草とかも鏡でコミュニケーションツール」
困ってる新卒ちゃんにイタズラな笑顔をして、付烏月さんが言った――ホントに良い笑顔だ。
「言葉で言ってることと心で考えてることが違う人の顔よく観察してみなよ。多分左右非対称だよ」

ヒヒヒ。自慢気に笑う付烏月はバチクソ楽しそう。
「言葉は鏡」。たしかに鏡だと思った。
付烏月さんってそーいうところがあると思う。
「どしたの後輩ちゃん」
「なんでもないです」
「なんか俺のこと考えてそう」
「なんでもないでぇ〜す」

8/19/2024, 4:37:33 AM