「ああ、うん、降ってるらしいな。『柔らかい』どころか強風暴風気味な荒れ模様の雨が。どこぞで」
なお、このアカウントで連載風の舞台にしている東京は夏日の曇天あるいは強風です。
某所在住物書きはアプリの通知画面を見ながら、今日も今日とて途方に暮れている。
まさしく、これである。リアルタイムネタ、現代時間軸の連載風、「最近のフェイクな東京」を描くにあたり、時に題目と「現在」がズレる場合がある。
たとえば「雨」のお題の日に東京は快晴、とか。
「まぁ、しゃーねぇわ。このアプリ、雨ネタと空ネタが結構エンカウント率高いから……」
だって「雨」の字が確実に入ってるってだけでも、これで6回目の雨なお題だぜ。物書きは小さく首を振り、観念したように物語を組む。
――――――
最近最近の都内某所、木と草と花が静かに冬を待つ自然公園、雨天。
季節に合わず、秋の肌寒さなど、どこ吹く風。
湿気と暖気をはらんで温かく、柔らかい雨の降るベンチチェアに、
遠くの花を景色を鳥を眺めて、自称人間嫌いの捻くれ者が、傘をさし座っている。
名前を藤森という。
膝の上には、何故かご機嫌子狐が一匹。
首に「エキノコックス・狂犬病対策済」の木札をさげ、毛づくろいのつもりであろう、藤森の本来であれば季節外れに違いないサマーコートを、くしくし、ぺろぺろ。舐めるなり甘噛みするなり。
時折鼻を押し付け匂いをかいでは、くしゅん、小さなくしゃみなどしている。
「相変わらず雨が好きだな」
その藤森に、背後から声をかけた者がある。
藤森の親友で、職場の隣部署同士。宇曽野という。
「『あのひと』は私が雨を好むのを嫌った」
振り返るでもなく、藤森が応じた。
「あのひとにとって私は人間嫌いで、優しさどころか感情の欠片も無くて、仕事以外に興味が無くて……」
それから、何だったかな。ため息ひとつ吐く藤森を、子狐が膝の上から見上げ、目を合わせようとして首を動かし、結局失敗して頭を尻尾の枕に下ろしている。
「あのひと」とは、藤森の8年前の初恋相手であり、名前を加元といった。
元カレ・元カノの、かもと。ネーミングの安直さはご容赦願いたい。
雪国出身の上京組、東京と田舎の違いに揉まれて擦れて捻くれていた、無機質な頃の藤森に惚れて、
都会に慣れて心を開いた藤森が加元に惚れ返したところ、SNSの鍵無し別アカウントで、「地雷」、「解釈違い」の批判まつり。無論バレぬ筈がない。
藤森は区を越え職を変え、合法的手段で名字を「藤森」に改めて、加元の前から姿を消した。
何も言わず、何も伝えず、さよならも告げず。
「そしたら後輩から、『先輩自身のためにもハッキリ言ったら』と言われた。『ちゃんと、もう愛していないと言え』と」
「まぁ、ひとつの手だな」
「私自身のため、と言われたんだ。……考えたこともなかった。ただ衝突を避けて、逃げ続けていたから」
「それが『お前』だ。自分より相手が大事で、無感情どころか優しさの塊で、仕事より花と雨が好きで」
「どうだか。……いずれにせよ、私はつまり、『解釈違い』だったんだ」
バタリ。
木から雨粒が傘に落ち、比較的大きな音をたてて、
驚いた子狐が目を見開き、耳をピンと立てて、やがて藤森に庇護を求めた。
「一度だけ、逃げるのをやめてみようと思う」
さらさらさら。季節外れの温かい雨は、止まず絶えず降り続けている。
「自分のために。正面向いて。前に進んでみようと」
一度だけだ。
失敗したら今度こそ、逃げに徹する。
決心の視線と抑揚で呟く藤森の肩を、宇曽野が強く、優しく叩き、
柔雨はそれらをただ、温かく包み濡らした。
場違いな子狐は誰に見せるでもなく、藤森の膝の上で小さな横長看板を支え持ち、それには
【近日!7月17〜18日頃からチマチマ続いてきた「藤森」と加元の恋愛トラブルが、ついに決着!?
※スワイプがバチクソ面倒なので過去作参照はオススメしません】
と書かれていた。
「そろそろ、書きやすいネタが、欲しい!」
次の題目配信まで、残り約10分。とうとう遅出しの新記録を樹立してしまったと、某所在住物書きは懸命に指を動かし続けた。
ブルートゥース接続のキーボードを所持していたのは、物書きには幸運であった。
昔々の人間である、スマホ画面のフリックよりキーボードのブラインドタッチの方が早い物書きが、
現代の若者同様にスマホで文章を素早く的確に打てるものか。
打てないのだ。しゃーない。
「若い子、バチクソにフリック入力早いやつ居るじゃん。憧れはするが、多分俺には無理よな……」
キーを叩いて、叩いて、叩いて、変換してエンター。ようやく書き終えた文章はサッパリ納得のいかない仕上がり。
「まぁ、なんなら後で書き直せるし」
物書きは投稿後のサイレント編集、サイレント再投稿に一筋の光を……
――――――
曇り空の都内某所、某稲荷神社。
不思議な餅売り子狐が、昼寝をしようと外に出て、
くるくるまわり、尻尾を枕にあごを乗せ、
ふわわ。大きく口を開けあくびを、
「あのね」
している最中、見慣れたふたりが神社に参拝に来たのを感知した。
「やっぱり、先輩自身のためにも、加元さんにハッキリ伝えるべきだと思うの」
話をしているのは、たしか子狐の餅売り商売のお得意様の、お連れ様。
「コーハイ」、後輩なる身分である。
なんだなんだ。なんのおはなしだ。
子狐コンコン、眠い目を開け、寝たい耳を上げて、人間ふたりの問答を聞いた。
どうやら、おみくじ売り場でおみくじを買っている最中のようである。
「『加元さんに』、『ハッキリ伝える』?」
よく知る声、藤森という名前であるところの、子狐のお得意様の声が届いた。
「私が故郷に帰ることを?『追いかけてくるほど私が欲しいなら、ここまで来てみろ』と?」
子狐は「加元」なる単語を知らなかったが、すなわち、こういうことであった。
加元は藤森の初恋相手。
なんやかんや諸事情で、加元が藤森の恋を傷つけ、心を壊したのだが、
藤森が加元から行方をくらまして逃げ続けて8年、最近になって突然、加元が「勝手に逃げるな」と「もう一度話をしよう」と、何度も何度も、出禁勧告を出されるほど、
職場を突き止め、何度も。押し掛けてきたのだ。
と、いう背景など、勿論子狐は知らない。
何か難しい、人間同士の縄張り争いであろうと、ひとり勝手に推測して、小首を傾けるのであった。
相変わらず人間の世は難しいなぁ。
「先輩の今の気持ちを、加元さんに伝えるの」
「『これ以上迷惑をかけるな』と?加元さんが素直に聞くとでも?」
「違う違う。先輩の、『今』の気持を、伝えるの。ぶっちゃけ加元さんのこと、愛してないでしょ?」
「……つまり?」
「粘着してくる人って、『向こうも自分をまだ愛してる』って、勘違いしてるパターンが多いらしいの」
後輩がまた、藤森に物申した。
抑揚は確信的で、自信にあふれ、なにより藤森を第一に思いやる力強さであった。
「先輩、誰も傷つけたくなくて、何にも話さず別れたんじゃない?
怖いかもしれないけど、言っちゃえばいいよ。『あなたのSNSの投稿で心が傷つきました』って。『もう、あなたのこと愛してません』って」
言ってみなよ。
きっと、少しは心が軽くなるよ。
後輩は付け足して、それから黙った。
「『傷つきました』、……『愛していません』」
後輩の言葉を繰り返す藤森の声は、加元へのトラウマがチクリ心を刺しつつも、
しかし、何か、一筋の光を見出した様子。
「たしかに、」
ところでお得意様、今日はお賽銭、いくら入れてくれるんだろう。
子狐は段々、ふたりの難解な会話から興味を失って、再度、ふわわ、大きなあくび。
「ただ当たり障りなく、誰にも角を立てたくなくて、加元さんが自分自身を責めないように、……私が、悪いのだと思うように」
何も話さず、ただ逃げ続けてきたのは、確かだ。
藤森が小さく頷くのも、そうだなと納得し呟くのも構わず、目を閉じて眠りに落ちてしまった。
「哀愁を、『誘う』でも『漂わせる』でもなく、『そそる』って何だよって考えてたんだ」
次の題目配信まで、1時間未満。某所在住物書きは夜を窓の外に見ながら、大きなため息をひとつ吐いた。
要は、これなのだ。言葉の意味を考えて、そこからネタが出てこないか、書いて消して書いて。
そして時間が無くなる。
「サボってたワケじゃねぇよ。断じて」
昼寝してたでもねぇし、ソシャゲ周回が忙しかったでもねぇもん。
再度、ため息。窓の外の薄闇は、おそらく哀愁を、そそるなり誘うなり、していることだろう。
――――――
職場の先輩のアパートでお昼ごはん一緒に食べてたら、その先輩のスマホに、ピロン、画像付きのメッセが届いた。
「さして、見て面白くもない物さ」
先輩はスマホを見て、画像を確認して、にっこり。
「色は緑のまま、別に並木でも、何でもない」
穏やかに笑って、そのまま、私に画面を見せるでもなく、それをしまった。
「私の故郷の、……隣の隣の、そのまた隣あたりの、大きな大きなイチョウの木さ」
私の両親が見に行ったらしくて、今日の撮り下ろしを寄越してきたんだ。
先輩はそう付け足して、私に、実家から送られてきたっていう白菜を使ったミルフィーユ鍋を、野菜多めでよそってくれた。
白菜おいしいです(物価高騰の救世主:先輩の実家)
「見せて」
「なにを?」
「先輩の故郷の、イチョウの木」
「私の故郷、ではない。故郷の隣の隣の、」
「見たい。見せて」
「全然黄色くなっていないぞ」
「いいの。気にしないの」
お前も随分と、物好きなやつだな。
あきれたような、観念したようなため息を大きく吐いて、スマホを取り出して、また小さため息して。
先輩は私に、先輩のスマホを差し出して、届いた画像を見せてくれた。
「わぁ……」
表示されてたのは、青い空、少し見下ろすくらいに深くくぼんだ土地、周囲を囲む紅葉してたり葉を落としたりの木々、
それから、真ん中にどっしりと生えてる、見たことないくらい大きな、青々したイチョウの木。
それからその下にひっそり建てられた、小さな小さな祠だった。
「イチョウギツネの祠、というらしい」
地面すれすれ、というかもう地面に付いちゃってるくらいに低い枝と、
その枝を屋根かヒサシみたいにしてる祠。
先輩が、そこに伝わってるって話をしてくれた。
「昔々、イタズラ好きな狐が妖術で穴を掘って、その黒い黒い穴の中から悪霊だの化け物だの何だの、色々呼び寄せて悪さをしていたそうだ。
あんまり悪さが過ぎるんで、近所の村人は困っていたんだが、ある日自分で呼び寄せた悪霊のせいで、狐の母さんが病気になってしまった。
そこでようやく狐は、自分の行動を悔いて、泣いて、反省して、自分の全部のチカラを使って大きな大きなイチョウになり、化け物湧き出す大穴を、自分で塞いで封じたんだとさ。
11月になるとイチョウが狐の黄色になるのは、化けた狐が寒さで驚いて、変化が解けそうになるから、……と、昔話の中では、言われているな」
「なんか、ちょっとだけ、エモい」
自分のイタズラでお母さんが病気になっちゃった狐と、狐が化けたっていう大きなイチョウ。
ただの空想、フィクション、おとぎ話でしかないけど、その設定がなんだか、哀愁をそそる。
哀愁が漂ってるわけでも、その感情を誘われるでもなく、自然と湧き上がってくるから多分、「そそる」で合ってると思う。
「見頃はだいたい、例年2週間後あたりだ」
先輩が言った。
「とはいえ、来週あたり雪の可能性もあるから、ひょっとしたらそろそろ狐の尻尾ひとつ冬毛1本、出てくるかもな」
「えっ、」
「ん?」
「ゆき?」
「予報ではな」
「もう、ゆき?」
「一応、雪国だからな」
「ゆき……」
「8月に、『鏡』1文字のお題なら書いたわ」
当時はたしか「『ミラー』ピアス」ってことにして、アクセサリーのハナシ書いた……だったかな?
某所在住物書きは、ひとまず昔のお題の「何月だったか」だけを確認して、過去作の確認はやめた。
結局今日も今日だったのだ。
物語を仮組みして、納得いかず崩して組み直して、また崩して。今鏡を見れば、その中の物書きは、まぁ、まぁ。察するほかあるまい。
「かがみのなかのじぶんねぇ……」
過去の題目「安らかな瞳」で、その瞳どんな瞳だと、鏡を見たらその中に居たのがバチクソ妙ちくりんな顔の物書きだった事はある。
――――――
3連休の真ん中。11月にもかかわらず夏日の都内某所、某アパートの一室。
じき斜陽の頃、人間嫌いと寂しがり屋を併発した捻くれ者、藤森というが、
洗面台で両手に水をすくい、顔をバチャリ冷やし洗って、タオルで拭いて鏡を見て、
己の青ざめた様に、ただ、ため息を吐いた。
「『酷いツラだ』、か?」
藤森の心境を代弁するのは、藤森の親友、宇曽野。
腕を組んで、壁に寄りかかって、力無い背中と鏡の中の藤森を眺めている。
「まぁ、仕方無いな。道端で、白昼堂々、あんなバッタリ自分のトラウマと鉢合わせたんだ」
俺が腕引っ張ってやってなけりゃ、おまえ、あの場でオオカミに睨まれたウサギみたいに固まって捕まっておしまいだったろうな。
宇曽野はわずかに笑って、藤森の肩を優しく叩いた。
「本当に、酷い顔だ」
髪についた水気を丹念に叩き拭きながら、藤森は小さな、疲れた声で呟いた。
「本来なら、先月末でこの部屋を引き払って、31日付けで仕事も辞めて田舎に帰って、
その私を、加元さんが追ってくるならそれでも構わないと、いっそ一緒に来れば、お前にも職場の後輩にも、これ以上迷惑がかからないと。
本当に、……本当に、そう思っていたんだ」
加元とは、藤森が今日つい先ほど遭遇した、「自分のトラウマ」そのひとであった。
いわゆる元恋人。加元から藤森に一目惚れして、藤森が心開いて惚れ返したところ、
何が気に入らぬか気に食わぬか、鍵もつけぬSNSの裏アカウントで、藤森に対し「解釈違い」、「地雷」、「頭おかしい」と散々ディスり倒した。
それだけならまだ仕方無い。よくある恋愛のもつれ、その一例である。
「それならば」と藤森が縁切って、区を越え職を変え、穏やかに当時の傷を癒やしていたところ、
その加元が粘着して「勝手に逃げないで」、「もう一度話をさせて」ときたからタチが悪い。
藤森の職場に何度も押し掛け、藤森の親友やら後輩やら、勿論職場そのものにも、何度面倒迷惑をかけたことか。
職場の後輩など、藤森の現住所を釣るために、探偵までくっつけられたのだ。
宇曽野とコーヒーを飲み、アパートへ帰る道中、
加元に道端でバッタリ出くわした藤森。
「東京を離れ、田舎に帰るつもりだから、そんなに私が欲しけりゃ追ってこい」と、「そして、これ以上私の親友にも後輩にも手を出すな」と、
言ってやろうと口を開いたが、
声が出ず、トラウマが首を肩を腕を締め付け、たちまちカッチカチに固まってしまった。
その腕を引っ張って走って、加元に住所がバレぬよう迂回してからアパートに戻り、藤森を助けたのが宇曽野である。
「こんな、みっともない私でも、」
タオルを畳んで、タオル掛けに戻して、再度鏡を見る藤森がまた、ポツリ。
「後輩のやつ、『田舎に戻るな』、『帰るな』と言うんだ。……私のせいで加元さんに狙われて、迷惑千万だろうに。何故だろう」
「そんなもん、おまえ、」
、だからに決まってるだろう。宇曽野は言いかけて口を開き、また閉じて、視線を逸らす。
数秒後ニヤリ笑って答えたことには、
「お前が田舎に帰ったら、今までお前の実家から届いていたタケノコやら野菜やら、スミレの砂糖漬けやらが、今後タダで食えなくなるからな」
「それか。 そういうことか」
宇曽野のジョークを鵜呑みにして、更に納得までしてしまった藤森。
鏡の中には解を得て少し明るくなった顔色の藤森と、藤森のまっすぐ過ぎる素直さに複雑な心境の宇曽野がいる。
「前回が『永遠に』で、今回が『眠りにつく前に』だろ。……まぁ、まず死ネタひらめくわな」
お題配信されたの昨日の夜だけど、その昨晩「眠りにつく前に」何か書け、ってハナシだったら完全にタイムアップよな。
昼寝で眠るにしても遅かろう時刻、某所在住物書きは相変わらず四苦八苦して、物語を組んでは崩してまた組み崩す。
眠りにつく前に「スマホをいじる」悪癖でも書くか、眠りにつく前に「やり忘れた録画」の失態が良いか。
就寝前に食う夜食などは背徳の味であろう。
「そろそろ、書きやすいネタ、来ねぇかな」
次の題目配信まで、残り3時間をきった。
――――――
夏日、夏日、夏日。
今日も昨日も明後日も、秋にあるまじき気温続く昨今ですが、いかがお過ごしでしょうか。
眠りにつく前にベッドの中でソシャゲして、寝落ちて電源落ちた失態を数度かました物書きが、こんなおはなしをお送りします。
最近最近の都内某所、某アパート。人間嫌いと寂しがり屋を併発した、雪国の田舎出身な捻くれ者が、ベッドの前でカリカリ首筋をかいておりました。
「おかしい。戸締まりは、していた筈なんだが」
捻くれ者は、名前を藤森といいます。
ベッドには、某あたたかいウォームな毛布に敷きパッド。まくらカバーもバッチリです。
11月なのに夏日続出な、季節感と気温設定のちゃんちゃらおかしい東京ですが、
ゆえに、6℃10℃ストンと下がる早朝などは、なんとなく、寒い気がするのです。
「かかさんが、キツネの大事な大事なざぶとん、持ってっちゃったの」
で、何故言葉を話す子狐が、ベッドのあたたかウォームな毛布の上で、狐団子になってるのでしょう。
そういうおはなしだからです。
何故藤森は、その子狐をちっとも不思議に思わず受け入れているのでしょう。
そういうフィクションだからです。
多分前回投稿分の、いわゆる続編。
細かい考察は諦めましょう。ほっときましょう。
不思議な、エキノコックス持たぬ子狐が、藤森の部屋にやってきて、ベッドの上を占領しているだけ。
団子になって、スネてるだけ。
それだけ、それだけ。
「『大事なざぶとん』とは」
「フカフカなの。モフモフなの。その上でお昼寝、サイコーなの。なのにかかさん、昨日、キツネから大事なざぶとん持ってって、バンバン叩いて、じゃぶじゃぶお洗濯しちゃったの」
「洗濯は、必要だと思うが」
「バンバン叩くんだよ。洗濯機で、じゃぶじゃぶ濡らすんだよ。酷いよ。ひどいよ」
「それでスネてるのか」
「スネてないもん。キツネ、かかさんに、イカンのイで、ゲンジューにコーギーしてるだけだもん」
「はぁ」
つまり多分、反抗期か何かか。イヤイヤ期か。
藤森カリカリ首をかいて、換毛期真っ最中のモフモフ子狐を、ちょっと抜け毛の出てきた狐団子を見下ろします。
スピスピ、スピスピ。
コンコン子狐、お鼻をピクピク動かして、お鼻の動きがゆっくりになって、段々、段々、目が閉じて、開けて、また閉じて。
もうちょっとで、寝落ちそうです。
「抜け毛をまき散らされても困るな」
藤森はため息ひとつ吐き、毛取りブラシなんて持っておりませんので、
小さめのコロコロカーペットクリーナーを持ってきて、十分に粘着力を落としてから、
コロコロ、コロコロ。お気に入りのお昼寝座布団を洗濯されてご立腹な子狐を、
「あっ、結構、抜ける……」
眠りにつく前に、ちょいと、毛づくろいしてやろうとしたのですが、
意外に大量に、柴犬の子犬ほど毛が抜けたので、
仕方なく、近くのペットショップからブラシを買ってきましたとさ。