かたいなか

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9/15/2023, 4:47:10 AM

「8月12だか13日以来の、絶対エモネタ書かせるマンなお題が来た……」
日常ネタ風の連載形式で投稿を続けてきた某所在住物書きは、配信された題目に天井を見上げ、長く深いため息を吐いた。
命を火、炎、灯とするようである。それを燃やし尽くすらしい。
例として「今の社会は一部、あるいは大半で、雇い主が、労働者の命を使い捨てろうそくの如く使い潰してるんだぜ」と、世の不条理を嘆くことは可能だが、
それはそれで、筆が乗らぬ気分であった。

「じゃあ何書くって?」
物書きは再度、今度は羞恥とともに息を吐く。
「先月の『君の奏でる音楽』同様、バチクソ不得意なエモとファンタジーに極振りすんのよ」
前回それをした8月13日投稿分は、未だに自分で読み返すことができていない。

――――――

薄暗闇の室内。外に向けられた窓は無く、中央にひとり、黒い制服の男が倒れ伏しており、
は、 は、 と弱々しく、浅い呼吸を繰り返している。
力無い手の、指の2〜30センチ程度先には、闇によって色の判別がつかぬ手提げランタンがひとつ。
ゆらり、ゆらり。ゆらり、ゆらり。小さい灯火を内包し、周囲を僅かだけ、照らしている。

「世界線管理局収蔵、癒やしのランタン:レプリカ」
その光源少ない室内に、嬉々とした嗜虐で男声を投げる者がある。
「便利な拷問器具だよな。ぇえ?半径1メートル以内の生物から、命を吸い上げて、それを燃料に火を燃やすってのは?」

放置しとけば、それこそ命が「燃え尽きる」まで、周囲を照らし続ける。
毒も薬も残らねぇから、完全犯罪が可能ってワケだ。
嗜虐の声の主は唇の片端を吊り上げ、倒れ伏す男を少し離れた距離から見下ろす。
「これはそんな道具じゃない」
息絶えだえの男が反論した。
今室内を照らしているランタンは本来、ストレスや病によって生じた「魂の傷」、命の表層の炎症や膿だけ吸い上げるための、名前通り、癒やしの器具。
表層どころか深層まで燃やし尽くす使用法は想定外であった。

「コレが最後だ、ツバメ。いい加減質問に答えろ」
カキリ。小首を鳴らし、しゃがみ込んで問う嗜虐を、
「ツバメ」と呼ばれた男が、精一杯、睨みつける。
「テメェの上司、ルリビタキ部長は今どこにいる。どこで何をしている?」

「……ご本人に聞け」
部長なら今、管理局を裏切ったお前と、お前を引っこ抜いた犯罪組織を叩くために、ココに向かっている最中だよ。
遠のく意識を必死に繋ぎ止めながら、ツバメは不敵に笑った。

…………………………

「――なるほどね。たしかにこれは、難しい……」
都内某所、某アパート。
かつての物書き乙女、元夢物語案内人であった社会人が、某ポイポイ創作物投稿サービスに投稿された物語を、スマホで楽しんでいる。

乙女が読むのは「書きかけ」のタグが付けられ、キャプションで「兎→燕→瑠璃鶲は確実だけど、兎×燕なのか瑠璃×燕なのかと聞かれると難しい書き散らし」と弁明されている二次創作。
投稿作を先に読んだ別の同志からは、某呟きックスアプリにて、「曲解して兎×瑠璃の可能性が微粒子」と感想を投稿されていた。
上記にて最初に倒れていたのが燕(ツバメ)、
後から出てきたのが兎(ウサギ)、
最後名前だけの登場が瑠璃鶲(ルリビタキ)である。

「『書きかけ』のタグってことは、ちゃんと続きも出るのかな」
すなわち過去作8月13日投稿分の、まさかまさかの第2弾だが、詳細は割愛する。
「コレ、まさかツー様の命が燃え尽きちゃって、ツルの死ネタになっちゃったりしないよね?」
要するにこの乙女の心の滋養であり、妙薬である。

「……続き、はよ、はよ……」
ぽん、ぽん、ぽん。
投稿者に感想のスタンプを連打し、ため息を吐く物書き乙女。
完結編への渇望と、結末予測の衝動をそのままに、書きかけ作品の2周目を、じっくりと始めた。

9/14/2023, 12:48:07 AM

「3月7日が『月夜』、5月17日付近が『真夜中』、それから8月16日か17日あたりが『夜の海』で、今回のお題は『夜明け前』か」
「星空」とか「流れ星に願いを」とか、星系のお題も含めれば、夜系これで何度目だろうな。
某所在住物書きは今回配信分の題目に目を通し、今まで通過してきた夜を、ネタが浮かばず寝過ごした夜明けを、別に思い返したでもなく、ただ息を吐いた。

「月夜」は夜に餅をつく話を、「真夜中」は深夜に悩み相談をするシチュエーションを、「夜の海」は明かり無き地方の海を書き、「星空」と「流れ星」は花弁を星に見立てて夜を回避した。他に何が書けようか。
「ホント、頭の柔軟さ、大事……」
だって俺もう年だもん。物書きは言い訳を呟き、再度ため息を吐く。

――――――

眠れなくて眠れなくて気がついたら夜明け前、
夜明け前なんて酷い時間帯にダイレクトメッセージ、
例として、沖縄と東京と北海道では夜明けと日没の時刻が分単位で違う。
どれもなかなか物語に落とし込めず、結果放っぽり出して寝た物書きの、
以下は、いわば毎度恒例の苦し紛れです。

都内某所にある某稲荷神社は、人に化ける妙技を持つ化け狐の末裔が、ウカノミタマのオオカミに仕える、不思議な不思議な古神社。
敷地内の森に、いつか昔の東京を残し、花と水とキノコと山菜を抱き、酷暑の夏にも木陰で涼しい、ご利益豊かな神社です。

その稲荷神社在住の、末っ子子狐。
くっくぅーくぅー、くっくぅーくぅーと、鼻歌軽やかに夜明け前の縄張り巡回、もとい神社敷地内のお散歩中です。
コンコン子狐はお花とお星様が大好き。最近はリンドウ科の、白い星の形の花、アケボノソウのツボミにご執心です。

「まだ咲かない。まだ咲かない」
「夜明け」、「今日も元気で」、「静寂」等々の花言葉を持つアケボノソウ。
罰ゲームの苦いお茶で名高い、あのセンブリのお仲間さんです。
花の先っぽの黒い点々が、至近距離で見る人をほんの少しだけ選びますが、遠くから見る分には、ちっとも気になりません。
「来週かなぁ。明日かなぁ」

白い星咲く予定のツボミは、まだちょっと、開花の準備が済んでいない様子。
どうやら、ぎりぎり夜明け数分前のようです。
「あっためたら、早く咲くかな」
そのぎりぎり数分前が、どうにもこうにも、コンコン子狐はもどかしい様子。
しまいには温かいフサフサ尻尾で、株のひとつをぐるり囲んで、お昼寝ならぬ夜明け寝を、

「……困った時の、神頼み、か」
しようと思ったら、こんな時間の稲荷神社に、ひとり参拝者がやって来て、
ぐるりアケボノソウを尻尾で囲む子狐に気付かず、通り過ぎて、お賽銭箱に小銭をジャリン。
「普段信仰していない私に、授かるご利益など無いだろうけれど、」
ぱん、ぱん。
清い、力強いかしわ手の二拍が、薄闇の森にこだまします。
「どうか。……どうか」

あの「ジャリン」は500円玉だ。しかも2枚だ。
子狐は自慢のかわいいふたつの耳で、即座に、正確に判別しました。
一番おっきいキラキラです。最近金銀2色になったキラキラです。
子狐のまんまるおめめが、明けの明星か、満月のように輝きました。

「私が、私の大事な親友と後輩を守るために為す精一杯を、どうか見守ってください。
私の親友と後輩を、悪いものから遠ざけるためのチカラと勇気を、どうか、私に授けてください。
かしこみ、かしこみ、申し上げます」

この参拝者が、具体的にどういう境遇で、何を為そうとしているのか、子狐の耳にはしっかり、声無き決意の祈りとして、届いていました。
そんなことより参拝者です。腹を撫で、おやつをくれる参拝者です。逃がしてはなりません。
「エキノコックス・狂犬病対策済み」の木札を首からしっかりぶら下げ、顔見知った参拝者の意味深な涙ひとつも知らんぷり。
コンコン子狐は一直線、夜明け前の参拝者に、全速力で突撃してゆきました……

9/13/2023, 3:52:32 AM

「そうだ。恋愛系も、お題の常連だったわ」
「初恋の日」、「恋物語」、「失恋」、それから「本気の恋」。「恋」の字がつくだけでも4回目。
お前とも長い付き合いになったと、某所在住物書きは今回の題目の、特に「恋」の字を見た。
「愛」も含めれば「愛を叫ぶ。」に「愛と平和」、それから「愛があれば何でもできる?」の7回目。
今後、更に増えるものと予想される。

「……そういや『本気の恋』、『愛があれば』とは言うけど、『本気の愛』とか『恋があれば』とかは、あんまり言わない気がするわな。なんでだろ」
そもそも「本気の恋」の反対とされる「遊びの恋」は、本当に「恋」であろうか。
物書きは首を傾け、黙り、視線を下げた。

――――――

昔々のおはなしです。まだ年号が平成だった頃、8年9年くらい前のおはなしです。
都内某所に、4年ほど前上京してきた珍しい名字の雪国出身者が、ぼっちで暮らしておりまして、つまり附子山というのですが、
田舎と都会の違いに揉まれ、打たれ、擦り切れて、ゆえに厭世家と人間嫌いを発症しておりました。

異文化適応曲線なるカーブに、ショック期というものがあります。
上京や海外留学なんかした初期はハネムーン期。全部が全部、美しく、良いものに見えます。
その次がショック期。段々悪い部分や自分と違う部分が見えてきて、混乱したり、落ち込んだりします。
附子山はこの頃、丁度ショック期真っ只中。
うまく都会の波に乗れず、悪意に深く傷つき、善意を過度に恐れ、相違に酷く疲れ果ててしまったのです。
大抵、大半の上京者が、大なり小なり経験します。
しゃーない、しゃーない。

「附子山さん!」
さて。
「ケーキが美味しいカフェ見つけたの。行こうよ」
そんなトリカブトの花言葉発症中の附子山に対して、まさしくハネムーン期真っ最中と言える者が、附子山と同じ職場におりました。
加元といいます。元カレ・元カノの、かもと。未来が予測しやすいネーミングですね。

「何故いつも私なんかに声をかける?」
絶賛トリカブト中の附子山は、「人間は皆、敵か、まだ敵じゃないか」の境地にいるので、加元を無条件に突っぱねます。
「あなた独りか、他のもっと仲の良い方と一緒に行けばいい。何度誘われようと私は行かない」
加元は附子山の、威嚇するヤマアラシのような、傷を負った野犬のような、誰も寄せ付けぬ孤高と危うさと痛ましさが大好きでした。
なにより附子山のスタイルと顔が、加元の心に火を付けたのでした。

このひとが、欲しい。
このひとを身につけたい。
恋に恋する加元にとって、この所有欲・独占欲の大業火こそが、すなわち本気の恋でした。

「だって、附子山さん、いっつも何か寂しそうな、疲れてそうな顔してるんだもん」
己の声、言葉、表情それら全部を使って、附子山の傷ついた心に、炎症を起こした魂に、
ぬるり、ぬるり、加元は潜り降りていきます。
「美味しいもの食べれば、元気になるよ。一緒にカフェ行こうよ」

それは、表面的には附子山をいたわり、寄り添う言葉に聞こえますが、
奥の奥の最奥には、獲物の心臓に手を添える狩猟者の欲望がありました。
そして悲しいかな、附子山は加元の言葉の、奥の奥に気付くことが、まったく、できなかったのです。

「……あなたが分からない」
何度突っぱねても、どれだけ拒絶の対応をとっても、こりずに優しく言葉の手を伸ばしてくる加元に、
ぽつり、怯えるように、少し懐いてきたように、でもまだ相手を威嚇するように、附子山は呟きました。

この数ヶ月後、加元は望み通り附子山を手に入れ、
しかし「実は附子山、心の傷が癒えてみたら、自然を愛する真面目で心優しいひとでした」の新事実発覚で地雷級の解釈違い。ショック期が堂々到来します。
「アレが解釈違い」、「これが地雷」、「頭おかしい」と旧呟きアプリに愚痴を投下していたら、
あれや、これや、なんやかんや。
元カレ・元カノの加元の名前どおり、プッツリ、附子山の方から縁切られましたとさ。
しゃーない、しゃーない。

9/12/2023, 4:56:17 AM

「ひとつのお題に対して、本採用ネタひとつ、没ネタ複数出るとするじゃん。その没ネタが、数日先数ヶ月先の別のお題で使えるかもしれねぇから、没ネタだろうとメモ帳アプリに全文保存しといてるわ」
書く習慣のアプリ入れてから、もう195日だとさ。1年の半分とっくに過ぎたのな。ポツリ言う某所在住物書きは、記念日アプリ内のカレンダーを見詰めながら、そこそこに感慨深そうであった。
「前回投稿分なんて、完全にそれよ。元々『裏返し』の没ネタだったんだが、『喪失感』のお題用に加筆修正して、昨日投稿したワケ」

「胸の鼓動」と「胸の高鳴り」とか、「澄んだ瞳」と「安らかな瞳」とか、類似のお題が結構多いから、たまに便利よな。物書きは補足し、最後にまたポツリ。
「特に空ネタ雨ネタ星ネタあたり、類似が再度出やすい、気がするでも、しないでも……」

――――――

職場の先輩が、避難先の宇曽野主任の家から先輩自身のアパートに戻ってきたらしいから、行ってきた。

「職場の方には、来週から復帰する予定だ」
たった1週間程度しか会ってないのに、すごく久しぶりな気がする。
「それまでは、まだまだリモートワークだな」
先輩が、先輩の親友の家に避難したのが8月の最後だったから、カレンダーとか8月のままなのかな、
とか気になって、部屋中見渡したけど、
よくよく考えてみたら、先輩の部屋には、「無駄な物がバチクソ少ない」。スマホで事足りるカレンダーなんて、あるワケがない。
無くても生活に困らない物なんて、先輩がいっつも「ほうじ茶製造器」って呼んでる茶香炉と、私が8月5日頃にあげた、屋外への騒音対策として部屋の中に吊ってる、白と青と紫の花の風鈴くらい。

「で、今日のご用件は?昼飯のご相伴か?」
今日明日にでも、部屋を引き払って夜逃げしようと思えば逃げられる。
それが、家具の極端に少ない、先輩の部屋だ。

「先輩に、ドチャクソ良いニュースがあって」
「『良いニュース』?」
「加元さんが出禁になった」

「できん?」

「先輩が宇曽野主任の家に避難して、リモートワークに入ってから、何度か来てたの。『附子山さんに取り次いで』って」
『加元さんが出禁』。
私の持ってきた情報に、先輩は目を丸くした。
「あれからまた来たのか?」
「朝晩って、1日に2回来たこともあったよ」
「はぁ……」
加元さんっていうのは、8年前、先輩の心をズッタズタのボッコボコに壊した人だ。
「ウチに『附子山は』、ホントに、居ないじゃん。なのに何度も『附子山は、居まぁす』って言うじゃん。居ない人に会わせろ会わせろって来るから、業務に支障が出るじゃん」
昔「附子山」だった先輩は、「藤森」に名字を変えて、8年間ずっとこの人から逃げ続けてきたけど、最近職場がバレちゃったのだ。

途端に加元さんが来店マラソンを始めた。
居もしない「附子山さん」とヨリを戻したくて。
あるいは、自分の目の前から勝手に消えた「附子山さん」に何か制裁がしたくて。
執念執着強い人って怖い(こわい)

「で、あんまり1週間のうちに何度も業務が妨害されるから、『本当にすいませんけど、もう来ないでください』ってハナシになっちゃった」

「そうか」

そんなに何度も、何度も来ていたんだな。
ぽつり言う先輩の顔は、加元さんがもうウチに来ないって情報に、あんまり喜んでないみたいだった。
目を細めて、視線を下げて、口をかたく結んでる。
「……情報ありがとう。近いうちに、久々に何か食いにでも行くか」
予定確認のために、スマホのカレンダーを呼び出す先輩は、「加元さんの脅威が1個消えた」ってお祝いのランチかディナーより、その先の先の先を、頭の片隅で考え続けてるみたいだった。

9/11/2023, 5:27:44 AM

「喪失とは直接関係無いだろうけど、6月3日4日頃のお題が『失恋』で、4月18日19日あたりが『無色の世界』だったわ」
「失恋」はそのまま失恋話書いて、「無色」は「むしき」って仏教用語があったから、それに絡めたわな。某所在住物書きは過去作を辿り、他に喪失系のネタを探し回ったが、その努力は徒労のようであった。

「『喪失感とは』でネット検索すると、誰か亡くなった前提の記事が上位に来るの。
『喪失感 脳科学』で検索すると失恋が上位よ。哀悼全然関係ねぇの。あとはガチャとか……?」
うん。ガチャの満たされない感は、バチクソ分かる。
物書きは己の過去の過去を想起し、ため息を吐いた。

――――――

ちょっとだけ昔、1ヶ月ほど前の都内某所。某アパートでのおはなしです。
藤森といいますが、家具最低限の寂しい部屋に、ぼっちで住んでおりまして、
そこには何故か、人に化ける妙技を持つの子狐が、週間に1〜2回、不思議なお餅を売りに来るのでした。

その日もコンコン子狐が、防犯意識強化の叫ばれるなか、唯一家の扉を開けてくれる藤森宅に訪問販売。
右手に透かしホオズキの明かりを、左手に葛のツルで編んだカゴを持ち、お餅を売って買ってまた次回、
だった、筈なのですが。

「子狐」
部屋の主、藤森が、子狐の帰り際に言いました。
「お前とも、そこそこ長い付き合いだが、私以外の顧客は居るのか」
この藤森、過去前々回投稿分あたり参照の諸事情持ち。要約するに、8年の間失恋相手の執着から逃げ続けておりましたが、
このおはなしの2〜3週間後、過去作でいうところの8月28日に、バッタリ発見されてしまうのです。
「近いうちに、私はここを引き払って、お前とサヨナラするかもしれない。今のうちに別の顧客を開拓した方が、お前の商売も安定すると思うが、どうだろう」

あくまで可能性の範疇だが、お前との取り引きを、バッサリ解消するかもしれない。
藤森はあくまで事前連絡として、しかし己に起こる未来を想定しているような目で、子狐に言いました。

「サヨナラ、」
大好きなお得意様が自分を捨てる。子狐は突発的で、かつ大きな喪失感に襲われました。
「さよなら、やだ」
子狐はいっちょまえに、稲荷神社在住の祟れる化け狐であり、豊作を好み喪失を悲しむ御狐でした。
行くはよいよい、帰りは怖い。
持ってきた葛のカゴから、葛の葉っぱをプチっと1枚摘み取って、
ひらり、ひらり。ひらり、ひらり。
両手で裏返し裏返し、コンコンうたい始めました。

「食べ物の、うらみ葛の葉ホトケノザ、仏は三、
狐の顔は一度一生、一度一生……」

「なんだそれ」
「55ある御狐のおうた。食べ物の恨み歌」
「うらみうた?」
「『仏の顔も三度までって言うけど、狐の恨みは一発アウトの一生もので、葛の葉みたいに根が深い』。だから狐をイジメちゃいけません。狐と食べ物を、むやみに捨ててはいけません」

「可能性の話だ。好きでお前を捨てるわけじゃ」
「ウカサマ、ウカノミタマのオオカミサマ、しもべの声をお聞きください。しもべのおとくいさんの、お醤油とコーラを、どうかすり替えてください……」
「待て。それは困る。取り引きしよう何が欲しい」
「ウカサマ、しもべのおとくいさんの、冷蔵庫にあるプリンを、全部絹ごし豆腐にしてください……」
「こ ぎ つ ね」

ひき肉は大豆ミート。黒酢はお神酒。小鍋の中にはきつねうどん。
喪失感をイタズラにのせて、子狐コンコン、祟りのチカラを変な方向に使いまくります。
「こぎつね……」
そうだった。狐は祟るんだった。
藤森は大きなため息を吐き、事情を説明すべきか不要か、5分程度悩み抜きましたとさ。
おしまい、おしまい。

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