静かな海の底。
音が丸くなって、言葉もくぐもっててさ。
ここなら声は届かない。
上はうるさいの。
あれしろ、これしろって
波みたいにぶつかってくる。
ここなら我慢しなくていい。
ここでは比べられない。
遅くても、下手でも、誰にも見えない。
光は遠いけど、ないわけじゃない。
ゆらゆらして、ちゃんと届いてる。
浮かび上がるのは、
もう少しあとでいい。
海の底で、わたしは軽い。
何もしてなくて、それでも沈んでる。
このままでもいっか、ずーっと。
そう思えるくらいには、静か。
たすけて、って言わなくていい。
海の底はつめたいけど、
少なくともやさしいふりは
しなくていい。
思考が静脈のように
増えていく。
名前を呼べば輪郭が壊れそうで、
私は沈黙だけを重ねる。
距離は優秀な檻。
近づかないことで感情はまだ形を保てる。
君に会いたくて、
想像が現実を侵食する。
声の温度
視線の重さ
存在しない記憶が、
私の中で事実として保存されていく。
どうして
会えない時間ほど鮮明になるの。
思慕は柔らかい毒、即効性はない。
ただゆっくり思考を君色に染める。
君は触れていない、それなのに
私はすでに変質している。
君に会いたくて
一歩、踏み出さない。
この渇きが失われる方が怖いから。
会わないまま、
私の中に居続ける方が安全だから。
ずっと会えるから。
この日記はかぎ付き。
べつに
大したことは書いてない。
楽しかったこととか、
むかついたこととか、
どうでもいいこと。
だから
開けなくていいの。
なのに
みんな中を見たがる。
勝手にページをめくって、
勝手に笑って、
勝手に決めつける。
だから
かぎをかけた。
守るためじゃない。
これ以上、
傷ついてないふりをしないため。
剥き出しの枝が
空に細い傷を描く。
季節は説明もなく
私を透過させる。
木枯らしは奪わない。
ただ残す、
冷たさと静かな確認だけを。
まるで心まで軽くなるように。
重ねてきた思考が一枚ずつ削がれて、
核心だけが露出するように。
触れれば痛む。
でも嘘じゃない。
音のない圧力が胸腔を撫でる。
生きている証が、
寒さという形で伝わってくる。
だから立ち尽くす。
逃げていく温もりを探さない。
この冷えが、
私を最も正確に保っているから。
他人と同じだと実感するから。
この世界は、大きな箱
中に入ると「だいじょうぶ」って
パパは言うの。
でも
ふたは外から閉まってる。
のぞき穴は小さくて
見えるのは、ほかの人の背中だけ。
出たいって言うと
わがままって言われる。
だから
静かに座る。
この世界は、やさしいふりをした箱
中にいる間は
笑ってなきゃいけない。
そうするとね
みんなやさしいんだ。
でもね
もし
この箱がほんとうに
やさしいなら、
どうして
出たがるわたしをそんなに叩くの?