「明日は雨だね!」
と、子は満面の笑みを浮かべる。
雨だね、と父が答えると、子はガッツポーズをして雄叫びをあげる。
明日の遠足は中止だというのに。
「でもパパいるし!」
雨の日になると父はお休みだ。
「じゃあ、お散歩でもしようか」
「やった!」
父は何よりもこの瞬間を大事にしたいと思っている。
「おまえ、時間止めてない?」
「止めてないよ」
「そうかなあ、おまえといるときおかしいんだよ」
「おかしいって?」
「死のうと思ってるのに死ねなくなる。時間止めてるだろ? 俺が死なないように」
「死ぬ気なんかないだけでしょ、きっと」
「バレてるのか、じゃあ仕方ないか」
時間は止められない、ただゆっくりと流しているだけだ。
女性は男性よりも認識できる色の数が生まれつき多いんだって聞いたんだけど、ほんとかなあ?
と、話してくれたのは果たして誰だったっけ。
思い出したい、でも思い出せない。
「いま、何考えてる?」
夜景を眺めながら、彼氏が言った。
「え、いや、きれいだなと思って」
当たり障りのないことを私は言う。
思い出したい、でも思い出せない。
夜景はキラキラと滲んでいる。
私の記憶では、その角を曲がると小さなアパートがあるはずだった。
だけどその角を曲がってあったのは、花畑だった。
私の頭の中ではまだアパートが浮かんでいて、そこで過ごした日々が巡っている。
はじめての一人暮らし、彼との出会い、別れ、たくさんの夢を見て、たくさんの夢から醒めた場所。
「きれいだね」
幼い息子が私に言って、繋いだ手をぎゅっとする。
「うん、きれいだね。行こうか」
私たちは、歩き出した。
明日は77年ぶりの晴れ時々泣きでしょう。
と天気予報が伝える。
77年前に生きていた祖父に、
「泣き」って何?
とわたしは聞く。
ああ、空が泣いてたな、あの日は。
争いが終わった日だよ。
明日の天気予報が外れないように、
泣き泣き坊主を吊るした。