ここから入っちゃダメだから。
隣の席の君は机に線を引いた。
ちょっとはいいの?
ちょっとはいいよ。
妻となった君は布団を離して言った。
ここから入っちゃダメだから。
ちょっとはいいの?
ちょっとはいいよ。
君の心のラインはいつもぼくをブロックしない。
漫画を読んでいたら、さっきまであったコマが次々と消えて、そして新しいコマが浮かび上がった。
あのさー、きみ、おれを死なせようとしてない?
と、主人公が言う。どうやらさっきの「この命が燃え尽きてもいい」というセリフが気に入らないらしい。
きみに言っても仕方ないか、これ描いてるやつだよ。言ってくれない? おれ、生きる気まんまんなんだけどって。燃え尽きるなんて、そんな刹那的な感じちょっと感心しないんだけどって。
ぼくはわかったよと言って、ページを閉じた。
とりあえず編集部に掛け合なきゃな。
ぼくの命が燃え始めた。
毎日お昼まで寝ている彼女は、
その日に限っては午前4時に起きる。
ベランダに出て、しんとした空気を吸って、
夜が明けるのを待つ。
誕生日おめでとう
という母の声が彼女には聞こえる。
私が生まれた日の朝だ。
母が母になった日の朝だ。
そして母が亡くなった日の朝だ。
お母さんありがとう
彼女は月明かりを見ている。
思春期の娘が惚気けている。
初めて出来た彼氏のことをべた褒めしては、ニヤニヤとしている。
どうやらその彼氏は俺様系であると私は感づく。
だから私の反応は少し薄い。
「ねえ、聞いてる?」
と言いたい娘の気持ちもわかる。
返事を待たずにまた話し始める気持ちもわかる。
恋とはそういうものだから。
「ママも早くいい人見つけなよ」
「そうだね」
娘も私もたくさん恋をしたらいい。
全部の恋が本気だったことを、懐かしく思えればいい。
日めくりカレンダーが落ちている、道端に。
日付けが昨日になっていたので、一枚めくってみると、風景が早送りで回りだした。
雲が流れ、空の色も早送り。
忙しない人波も早送りで通り過ぎる。
夜がきて、朝になって、昼がすぎて、夕暮れ前に。
気が付くとカレンダーは消えていた。
歩き出して見るすべての風景が、ゆっくりとしている。ゆっくりと変わっていくすべてが美しいと思って泣いてしまった。