踊るように、流れに身を委ねるだけだった。
上手く踊れれば、綺麗に着地できるのだ。
楽に、楽に。ただそのスキルだけ磨けば。
楽しんだ者勝ちだろう。周りに合わせて踊れば楽だろう。
そこに自分の意思は関係ない。合わせて笑って楽しく踊ればいい。
強い者に従って、弱い者を見下して。
自分は上手く踊れているんだ。ここまで順風満帆にやれてこれたんだと、そう思っていた。
踊るように、生きてきた。
思っていたよりも、形になってはいなかったようだ。
『踊るように』
どこからか、時を告げる声がする。
やめてくれ。まだ。
まだだ。
まだ……。
まだ、寝ていたいんだ。
アラームうるさい。せめてあと五分寝かせてくれ。
『時を告げる』
部屋を片付けていたところ、引き出しの奥に眠っていた宝箱を見つけたので開けてみた。
そこには、思い出と共にしまっておいた物達がきらきらと輝いていた。
ラムネの瓶から取り出したビー玉。
河原で拾ったまあるい石。
おもちゃの指輪。
好きなキャラクターの缶バッジ。
小さなぬいぐるみのついたキーホルダー。
あの日海で拾った大きな巻き貝……。
懐かしい、たくさんの宝物がそこには詰まっていて、思い出と共に一つそれを取り出した。
あの日はよく晴れていて、大はしゃぎで浜辺を駆け回った。砂浜に埋もれた大きな巻き貝を見つけて、目を輝かせて両親に見せたっけ。
「貝殻を耳に当てると波の音が聞こえるんだよ」と父が教えてくれた。
その場で試してみたけれど、すぐ近くの波の音が騒がしくてよくわからなくて、でもその巻き貝がとても綺麗に見えて、両手で包んで大切に持って帰った。
そしてそのまま宝箱にそっと入れて、引き出しの奥に大切に大切に閉まったのだ。
巻き貝を耳に当ててみる。あの日の、潮騒が聞こえてきた。
幼い頃の自分と両親の姿が、瞼の裏に甦る。あの頃から随分と長い時が経った。大切な思い出がたくさんの宝物になった。
ありがとう、ここまで育ててくれて。私はもうすぐこの家を出るけれど、いつまでも二人の娘です。
『貝殻』
どうしていつも楽しそうに笑っているの? そう聞いたことがある。
すると彼はまた笑って言った。
「だって、笑った方がハッピーな気持ちになれるじゃん? それに笑うとみんなも笑うんだ。笑うだけでみんなもハッピーな気持ちになれるならWin-Winでしょ。落ち込んだりしてても何も変わらないし、不幸せな顔してるよりずっといい」
そんな彼はいつもみんなを楽しませていた。周りに気を配り、困っている人がいれば手を差し伸べて、心から楽しそうにいつも笑っている。みんな彼が好きだった。
「笑おうよ」
当たり前だ。私にすらいつも笑って手を伸ばしてくれる。誰でも彼を好きになってしまう。
彼はいつも眩しい。きらめきを持った太陽のような人。あぁ、目が眩む。ただ素敵だと心から思う。
そんな彼が亡くなったのは事故だった。
本当に突然の事故。運転手が急に発作を起こした車が追突した。たまたまその車の先にいただけだ。
恨みたくても、その運転手も発作で亡くなってしまった。それにきっと彼はそういったことを望まない。みんなわかっているんだ。
たくさんの嗚咽が聞こえてくる。世界はこんなに暗くなってしまった。太陽が、消えてしまった。
太陽がなくなった世界でなんか生きていけない。私も彼がいる世界へいきたい――。
「笑おうよ」
彼の声が耳元で聞こえた気がした。
そうだ。彼はいつも笑顔を絶やさない。みんなの笑顔を望んでいるような人だった。
こんな状況を見たら、きっと困って、もっとみんなを笑わせなくちゃって思ってしまう。
笑っていよう。
そういつも望んでいた彼の思いを叶えたい。
きらめきは消えない。だって私が受け継ぐから。太陽の光を、私があなたから貰うから。
このきらめきを胸に、笑顔に、生きていく。
彼が笑った気がした。
『きらめき』
些細なこと?
何言ってるの、些細なことじゃないよ。
君が何を好きかとか、嫌いかとか。今日はどんな一日を過ごすのかとか。朝は何時に起きるのか。起きたらまず何をするのか。大きく伸びをするのか。靴下は右の足から履くのか。朝ご飯は何か。今日もご飯と味噌汁なのか。時間がギリギリで駅まで走るか。電車の座席が空かなくてそわそわしてるか。職場では今日はまず誰と会って挨拶をするのか。今日も少しだけウトウトしてしまうか。社食は何を食べるのか。月曜だからカレーかなとか。会議の資料まだ1ページ足りてないとか。会議も眠気に抗っているとか。定時ギリギリに入ってきた仕事が今日もまた終わらなくて遅くなるかとか。夜道は危険だから僕と一緒に帰った方がいいとか。電車で舟を漕ぎながら降りる駅ギリギリにちゃんと起きるのとか。眠そうだけどちゃんと晩ご飯と摂るとか。お風呂も毎晩ちゃんと入るとか。ベッドの端にぬいぐるみがいて「おやすみ」って声をかけてから寝るとか。
そんなことを全部全部知りたいよ。
君に関することは全部些細なことじゃないと思っているけれど、仮にそれが些細なことだと言われても、じゃあその些細なことも知りたいよ。
『些細なことでも』