純粋なやさしさなんて、純粋でない私には信じられない。
何かしらの不純物が混じるのだ。
自己満足、計算、自分に酔いしれるため、他人からの賞賛のため、罪悪感を感じないため。
けれどもそれさえも、私にとっては美しい。
むしろ何の混じり気のないやさしさは、やさしさとして認識できないのだろう。
その存在に気づかずに終わってしまうのだ。
だから多少何かが混じっていたほうが信じられる。
心の中の、善と悪とが混じって溶け合う境目。
そこにやさしさがあるのかもしれない。
だから、必要以上に自分を責めなくてもいいのかもしれない。
あの日半分冗談で語り合っていたことが、現実になってしまった。
白に近い水色をした空はどこまでも広がっていて、八月の太陽に照らされた海は絶え間なくきらめく。潮風は磯の匂いを運び、隣には同じ景色を楽しむ君がいる。
夢じゃないよね?
心の羅針盤が狂いまくっている。
私はどうしたいの?
私はどこに行きたいの?
私は何になりたいの?
ここだと決めてもすぐに方角を変える心。
人の意見で簡単に狂うような羅針盤。
どうして?羅針盤は正しい方向へと導くためにあるんでしょう?
でも他に頼れるものはない。
もう壊れたほうが楽なのかもしれない。
ただ大海に浮かんで、
どこに行くのかもわからないまま、
一人ぼっちでいれば良い。
そう言ったら、もう一人の自分が、
顔を真っ赤にして怒った。
泡になりたい。
そんな悲しいこと言うなよ。
泡になったら一瞬で消えちゃうじゃんか。
俺はどうすんだよ、置いてけぼりか?
え、何?綺麗なものの中に溶けられる?
いや、そうだけども。
たしかに、青く輝く海の中に溶けられたら、どこにでも行けるし。
星空を映した湖の中に溶けられたら、もう寂しくない。
花びらが浮かぶ川の中に溶けられたら、どんなに穏やかな気持ちだろう。
君を映した水面に溶けられたら。でも俺の心臓は持つかな。
けどさ、一度泡になって溶けたら、もう戻れないんだぜ?
どうせだったら、俺は君と一緒にいろんな景色を見たいよ。
全部見よう?
海も、星も、花も。
君のことも見るよ。
だから君は、俺を見て。
夏休み中、ほぼ日課となっている散歩をしていると「君が隣にいたらなぁ」って思う。
水色と桃色と薄い黄色のグラデーションになっている、綺麗な夕焼けを見せたいと思う。
綺麗な青空と入道雲も見せたいと思う。
美味しそうなお店を見つけたら、君と一緒に行く妄想をしてしまう。
楽しかったことがあったら話したくなる。
逆に君が楽しかったことも聞きたい。
今日食べた美味しいものの話をしたい。
一歩も動けないときは君の写真を見返す。
今度遊びに行くときのことを妄想して、なんとか食いつなぐ。
君のリュックについているかわいいキーホルダーを思い出す。
指の感触と、笑ったときの目元を思い出す。
8月、君に会いたい。