人間は犬に比べたら嗅覚が劣っている。
しかし、私は全くの例外である。
人それぞれ違った香りを持っている。
いつからか、それらを嗅ぎ分けることができた。
授業の合間、あの人見つけた。
ちらりと見えた綺麗な横顔。
近い気がするのに、本当は遠いあの人。
あの人の第一印象は、花のような香りだった。
その香りは私を妙に狂わせる。
すれ違っただけでも、私が私らしく振る舞えなくなる。
実は人には言えない日課がある。
それは放課後にあの人の椅子に座ること。
そして残り香に満たされること。
見られることへのスリルさえも私にとっての快楽だ。
“ だからお願い、知らないでいて。
しばらくはこのまま居させてほしいの。 ”
そう呟き、香りと共に目を閉じた。
#花の香りと共に
“待っててね、もうすぐ会いに行くからね”
夜の静かな道を一人歩く。
今日は君の誕生日。
右手には大きな花束、左手にはケーキ。
そして、この満点の笑顔。
早く君にあげたい。
この前作った合鍵で扉を開ける。
君の話し声を頼りに、居場所へと急ぐ。
『扉開く音しなかった?』
『なにこれドッキリ?』
『うしろうしろ!!!』
『え、これやばくね?』
『誰こいつ』
君や、君の取り巻きたちのざわめきが見える。
困らせてしまってごめんね。
でも我慢できなかったや。
徐にスマホを取り出す。
そして、君へ最後のメッセージを。
『好きだよ』
#心のざわめき
月明かりだけが照らす薄暗い浜辺。
そこに私はただ一人座り、物思いにふける。
私は幸せだ、何も不自由ない生活ができて。
そのはずだが、心の中で “何か” が激しく動いている。
もやもやっとした、黒い “何か” が。
その “何か” は、いつも私を苦しめる。
ずっと心の奥深くまで染み入るように、チクチクと。
その “何か” は、棘のように鋭く、氷のように冷たい。
でも大丈夫。
ここに来れば、私は救われる。
波の音が、その “何か” を埋めてくれるから。
波は私の心にかぶさりながら、その音を奏でる。
いつまでも繰り返されるメロディが、とても心地よい。
私が何も言わずとも、波は私を迎え入れる。
いつまでも居ていいことを教えてくれるかのよう。
いつまでも、いつまでも、
「一緒にいてくれませんか。」
____ざざっ
と短く、けれど誠実に、返事をした。
そして “何か” は、しばらく姿を消した。
しかし私には “何か” を完全に消すことは出来ない。
だから、また現れた時には、波に会いに行くの。
#夜の海
…ピロン
人気のない図書館に通知の音が響く。
何だろう、と君がスマホを覗き込む。
「10分後に、豪雨…予報……?」
ああ、よくある当たらないやつ、と私はこっそり思う。
しかし君は違った。
「ほらもう帰らなきゃ、急ごうよ」
君の自転車置き場まで付いていく。
「後ろに乗って」と君は言う。
罪悪感を少し感じたが、ワクワクする心には負けた。
坂道を風を切って走る。
君の楽しげにはしゃぐ声が前から聞こえる。
しかし、生憎あの天気予報は的中してしまった。
頭の上でバケツをひっくり返されたような感覚。
君のはしゃぎ声は悲鳴に変わり、服はずぶ濡れ。
それでも君は諦めず、私の家へと力強くこいでいく。
そんな後ろ姿は、私には光のように輝いて見える。
「ありがとう。送ってくれて助かったよ。」
「全然いいよ。ところで、雨はいつ止むの?」
「……明日の昼くらい。」
これは真っ赤な嘘だ。もう夕方には止むのに。
君を家に上げる口実が欲しいだけなの。
「まあ、もう少しこいで帰るよ!!またね!」
「……」
そっちかーい。
…はぁ、期待した私が馬鹿だ。
いつも私ばかり宙に浮いている。
それでも、私だって力強く諦めずにいる。
君にとっての光になるまで。
#自転車に乗って
君と手を繋ぎ歩く。
寒い夜も2人いればへっちゃらだね、なんて。
いつまでもこのときめき、帰らないでいて____。
気づけば僕が見ていたのは、薄暗い蛍光灯だった。
いつの間に、もう日が暮れていた。
クリスマスってこんなに静かだったっけ。
どうにも、君のいない聖夜はいつもの夜より辛いみたいだ。
君のことばかり頭に浮かんでは消えゆく空っぽな時間。
現実、そんな甘くないんだ。
まあそんなもんかと諦める僕、ああ、なんて可哀想。
#イブの夜
(暗い内容を書いてしまいましたが、最後まで読んでくださったあなたに素敵なクリスマスが訪れることをお祈りしています🍀)