そういえば『香水を読む』っていう記事広告があったなぁ。
確か、いつも付けている香水とか、オシャレな香水の説明文やキャッチコピーを読む、っていう記事。かなり詩的な内容ばっかりだから、どんどん話が膨らんでいく、みたいな。
それにしても、香りに説明を付けるっていうのは途方も無いことだと思うんだなぁ。
うまいものを食う
食事とは生き甲斐であり、人間の本質である。
人間と食べ物の間には、独自の世界がある。
うまければうまいほどその世界は深化していく。
捕食・被食の関係を超越したその世界の中に、言葉は、ない。
いや、言葉を用いる必要が無い、というべきなのだろう。
言葉は便利だ。
言葉は自身の考えを明確化し、発することで相手と交流できる効果を持つ。
しかし、言葉は諸刃の剣でもある。
言葉を考えることで自身の思慮を固めてしまうからだ。
うまいものには、柔らかな思慮が必要だ。
うまいものと向き合うときには、ただ「うまい」と思えばいい。
言葉を連鎖させるように「何々が是々でうまい」とまで言う必要がない。
一人で食べるとき、世界には自分と、食べ物しかいない。
三人称は無いのだ。
言葉でなく、感性で向き合いたい。
あなたは急にやってくる
やってくるや否やわたしたちに覆いかぶさり
乾いた風で
キンモクセイの香水が香る
赤や黄色で華やかに彩られたドレスは
それまでのわたしたちの熱を冷ます
わたしたちはゆっくりと動きを止めて
あなたの静けさに耳を澄ませる
何も聞こえない心地良さ
もうすぐ秋がやってくる
眩しいほどの水色がみるみるうちに濁ってゆき、先程まで青く光っていたビルに水滴が伝う。
やがて灰色は人を覆い、車を覆い、ビルを覆う。あんなにくっきり見えた建物は、淡い白に見える。
人の波を呑んだ湿気がビルの中に充満している。人々はいつも通り働くも、なんとなく頭や四肢が重い。雨には内をぼやけて見せる効果があるのだ。
まだ雨は止まない。降り頻る雨がビルを流れる。人という呼吸を鈍くさせることで、雨はビルを支配する。
それでもビルは生き続ける。白い窓にどれだけの雨がかかろうと、ビルがビルである以上、そこに在り続ける。
目覚ましに使うタブレット
日めくりカレンダー
仕事中に見る掲示板
スマホに映るアルバム
夜のコーヒー
それらは過去を遡る日記帳
時折見返す日記帳には
その時の出来事
考えていたこと
感じたこと
感謝したこと
感謝されたこと
フラッシュバックされた過去の出来事が
今になる
今になる