「ねえ、三好って俺のこと好き?」
出し抜けにそんなことを訊かれた。俺はスマホの画面に目を落としたまま「わかんない」とだけ答えた。
「わかんないはダメ」
「知らない」
「知らないもダメ」
「存じ上げない」
「じゃあソリティアと俺ならどっちが好き?」
俺が今ソリティアに夢中で、話を聞く気がまるでないことを察したようだ。俺はちょっと考えてから「まあ、お前だな」と答えてやった。すると吉野は、たいそう嬉しそうに「えっ、マジで!」と声を上げた。
「なんだ、断然ソリティアかと思った」
「ソリティアは最近ハマってるだけで、そんなに好きでもないからな。テトリスとお前だったら、断然テトリスだよ」
「テトリスには負けんのかよ俺……」
吉野はがくりと肩を落とした。しっぽを振って喜んだかと思えば、次の瞬間にはしゅんと落ち込む。忙しい奴である。
気を取り直して、というように手を叩いてから、吉野は「じゃあさ」と口を開いた。
「ハンバーグと俺は?」
「まあ、お前かな」
「ステーキと俺は?」
「お前だな」
「フライドチキンと俺は?」
「お前」
「おまっ……ツンデレかよ〜!?」
今度はニヤけながら、肘で俺を小突いてくる。鬱陶しい。俺は舌打ちをしてその腕を押し返した。
「お前俺のこと好きすぎじゃね?」
「言っとくが、俺は肉より魚派だ」
「え?」
「お前より鯖味噌と寿司と天ぷらが好き」
嬉しそうにニヤニヤしてるところ悪いが、お前など鯖味噌の足元にも及ばない。もしも海で同時にこいつと鯖味噌が溺れてたら、俺は迷わず鯖味噌のほうを助けるだろう。
「なんだよ、俺は三好のことけっこう好きなのに」
吉野は唇を尖らせて不貞腐れながら言った。
「へえ。じゃあ祝日と俺、どっちが好き?」
「三好」
「えぇ、まじで?」
「まじだよ。せっかく祝日で休みでも、お前がいないならつまんないしな」
「……焼肉と俺だったら?」
「三好」
「…………」
「三好って肉焼くの上手いしな。お前と食べるのが一番……」
「わかった。わかったからもう黙れ」
何なんだこいつは。よく、そんな小っ恥ずかしいセリフを言えるな。完全に素でやっているぶん、たちが悪い。俺は隣の男をじとりと睨んだ。目が合うと、吉野は笑った。
「つまり俺はお前がだーいすきってことだな」
「気色悪い。『大』を伸ばすな」
「三好は俺のこと?」
「……嫌いじゃないことはない、こともない」
「んん? それどっち?」
馬鹿で助かった。
【テーマ:大好きな君に】
呆然と立ち尽くす俺を振り向いた同居人は「あ、おかえり〜」と笑った。
同居人の手の中のものを指差して「なんだそれは」と訊けば、同居人は「雛人形だけど」と答えた。見たらわかるでしょとでも言いたげな様子だ。あまりにも当然のような顔をしているから、一瞬、おかしいのは俺の方かと錯覚しそうになる。
いや、どう考えてもおかしいのはこいつだ。だって成人男性のふたり暮らしの家に、雛人形があるはずがない。
「そんなんどっから持ってきた」
「メルカリで買った」
「なんで買った」
「せっかくのひなまつりだし」
スーパーで売ってるひなあられが美味しそうだったからつい買っちゃった、とかいうのはまあ、まだわかる。クリスマスに「せっかくだから」と言ってチキンやケーキを食べる、みたいなものだ。
けれどもこいつの「せっかく」は意味がわからない。クリスマスのノリで雛人形を買う奴があるか。あと、メルカリで売ってる雛人形って、なんかわからんけどちょっと怖い。
「こんなもん買ってどうすんだ」
「女の子の健やかな成長を祈る」
「気色悪っ」
「ひどいな、お前の分も買ってやったのに」
ほら、と言って、もう一体の雛人形を渡される。なんで俺の分があるんだよ、いらねえよ、と言いたくなったがそれよりも、俺は恐ろしいことに気づいてしまった。
「いやお前これ、三人官女!?」
「そうだよ」
「なんでお雛様とお内裏様じゃねえんだよ!?」
「お雛様とお内裏様のセットより、三人官女のセットのほうが安くてお得だった」
同居人はそう答えてから、こっちに残りの奴いるよ、とダンボール箱からもう一体取り出した。
俺はもはや、こいつが怖い。三人官女だけをメルカリで買う意味がわからない。普通、主役の二人を買うだろ。もしくは全員セットになってるやつを買えよ。いやそもそも雛人形自体を買うなよ。馬鹿野郎。
【テーマ:ひなまつり】
顔を上げたら、ガラスに雫が伝っていた。いつのまに降り出したのだろう。文庫本を置いて、窓の外を眺める。鉛色の空から糸のように細い雨がさあさあ降り注ぎ、眼下の街には色とりどりの傘が咲いている。
思い返してみればたしかに、朝の時点でなんだか物憂げな空模様だった。折り畳み傘でも持っていくべきだったかもしれない。
とにかくこれでは帰れない。どうしたものかと考えながら、カップに口をつける。本はたった今読み終えてしまった。コーヒーも残り少ない。このままここで雨がやむのを待つのは、少々退屈だ。
俺は少し迷った末に、鞄からスマホを取り出した。アプリを開いて、メッセージを打ち込む。
『傘を持ってきてほしい。駅前の喫茶店』
送ってから数秒で既読がついた。さすがだなと感心する。彼はいつも、メッセージに気づくのが早い。
それからすぐに、敬礼しているゴリラのスタンプが送られてきた。『了解』ということだろうか。彼はこのシリーズのスタンプをよく使う。気に入っているらしい。
それにしても、頼もしい。やはり持つべきものは、傘を忘れたときに駆けつけてくれる同居人だ。
普段なら面倒臭がりそうなものを、二つ返事で承ってくれたから、少し驚いた。俺が家を出るときは、ソファにだらしなく寝転んでテレビを見ていたのに。
もしかして何か見返りを期待しているのだろうか。そこまで考えて、合点がいく。さては俺に何か奢らせるつもりだな。食い意地の張っている彼にとっては、喫茶店というのが魅力的だったのかもしれない。クリームソーダにナポリタン、サンドイッチ、カレー。いったい何を要求してくるだろう。
そうなれば仕方がないから、一品くらいご馳走してやろう。わざわざ傘を届けてくれるのだから。
もしかしたら、食べている間に降りやんでしまうかもしれない。それはそれでいいだろう。雨上がりの、洗いたてのような世界が好きだ。虹でも見れたら万々歳。空をうつした水たまりを避けながら、彼と並んで帰るのもまあ、悪くはない。
【テーマ:物憂げな空】
「世界中の誰よりもお前を愛してる」
同居人はまっすぐな目をして言った。俺は呆然と目を瞬いて、その双眸を見つめ返す。突然何を言い出したんだこいつは。どっかに頭でも打ったのか。
「って、俺が言ったとするじゃん」
「え?」
「俺がお前に『世界中の誰よりもお前を愛してる』って言ったとするじゃん」
「おお……?」
「この場合の『誰よりも』って、どこに掛かってるんだと思う?」
「ん……?」
同居人は真剣な顔で俺を見ている。突如として愛の告白をされたかと思えば、よくわからない疑問を投げかけられた。戸惑いつつ「どういうこと?」と聞き返せば、同居人は「だから」と言って、右手の人差し指をぴんと立てた。
「俺がこの世で一番好きな人間はお前ですってことを言いたいのか」
続けざまに、左手の人差し指を立てる。
「この世で一番お前のことを好きな人間は俺ですってことを言いたいのか」
両の人差し指の間で、同居人はなおも神妙な面持ちをしている。
「これどっちだと思う?」
「…………」
こいつは何を言ってるんだ。
「何を言ってんの?」
俺がそうたずねると、同居人は物わかりの悪い奴だとでも言いだけに、小さくため息をついた。なんだこいつ、と眉を寄せる俺をよそに、同居人は「いやだから」と続ける。
「ここでいう"世界中の誰か"の比較対象は、俺なのかお前なのかっていう話だな」
「……?」
「"誰か"との比較対象が"お前"の場合、俺はこの世に存在する人間、例えば自分の家族や恋人に向ける愛よりも、お前に向ける愛のほうが強いってことになる」
「…………」
「対して、"誰か"との比較対象が"俺"の場合、この世に存在する人間の中で、お前に対する愛が最も強い人間は俺ってことになる」
「はあ……」
「つまり前者は"俺が愛してる人間ランキング第1位=お前"。後者は"お前を愛してる人間ランキング第1位=俺"。わかった?」
「……まあ、言いたいことはなんとなく」
「これどっちだと思う?」
「……心底どっちでもいいが、とりあえず"愛してる"の仮定に俺を置くのをやめてくれ」
【テーマ:誰よりも】
「ごめん尾上。俺貰っちゃったわ」
佐倉は勝ち誇ったような笑みを浮かべながら、俺の眼前にそれを突き出した。赤いリボンでラッピングされた、ハート型の小さなチョコレート。
「お母さんから?」
「お母さんからじゃねえよ。どう見ても本命だろ」
たしかに、お母さんがお情けでくれるタイプのチョコではない。
義理チョコだったらまず手作りはしないだろうし、チョコはハート型で、丁寧にラッピングまで施されているのだから、きっと正真正銘の本命チョコだ。
「……じゃあ誰から?」
「後輩の女子」
「部活の?」
「そ。顔真っ赤にして渡してきてさ、受け取った瞬間にすぐ走っていっちゃって」
あれかわいかったなあ、とかなんとか言ってる佐倉の鼻の下は、完全に伸びきっている。こいつ殴ってやろうかな。初めて女子からチョコを貰って、こいつは明らかに調子に乗っている。
「なんか俺だけモテちゃってごめんね?」
「貰ったの1個じゃモテてるって言わなくね」
「0個の奴に言われたくないけど」
「いや俺だって1個は貰ったし」
「え!?」
嬉々としてマウントをとろうとしていた佐倉は、途端に顔色を変えた。愕然としたように「マジで?」と聞いてくる。こいつは1つも貰えていないに違いない、とでも思っていたらしい。舐められたもんだ。
「え、誰から? お母さん?」
「お母さんじゃねえよ。下駄箱に入ってて、誰が入れたのかはわかんない」
「嘘じゃね?」
「嘘じゃねえよ。ほんとに入ってたから」
「じゃあ今見して」
「…………」
ため息をついて、鞄の中を探る。そうして引っぱり出したものを佐倉に手渡した。
「ほら。嘘じゃないだろ」
「…………」
佐倉は手の中のそれをしばらく見つめてから、怪訝な顔で言った。
「これボンタンアメじゃん」
「そうだよ」
ボンタンアメ。昔ながらのお菓子。オブラートに包まれた、オレンジ色の四角いもちもち。
「みんな大好きボンタンアメ」
「いやまあ、美味いけど。バレンタインにボンタンアメあげる奴いないだろ」
「それはそう」
今朝下駄箱をのぞいて、上履きの傍らにボンタンアメの箱が置いてあるのを見たとき、わけがわからなかった。なんでこんなところにボンタンアメが、と思って、ちょっと考えてからようやく「もしかしてバレンタイン?」と思い至った。
差出人はいったいどういう気持ちで、バレンタインの贈り物としてこのお菓子をチョイスしたのだろう。本命か義理かもわからない。
と、ふいに佐倉が口を開いた。
「お前さ、最近おばあちゃん助けた?」
「は?」
「街で助けたおばあちゃんがお前に惚れて、ボンタンアメを贈った可能性はない?」
「何言ってんの? おばあちゃんどっから来た?」
「ボンタンアメってなんかおばあちゃんがくれるイメージだから」
「そうか?」
「差出人はお前に惚れてるおばあちゃんの可能性が高いな」
「マジで……?」
非モテの俺はバレンタインに誰かから贈り物を貰うことなんて初めてだから、本当は手放しに喜びたいのだが「バレンタインにボンタンアメ」という不可解さが邪魔をする。もしかしてこれは、何らかのメッセージなんだろうか。ボンタンアメを介して、誰が何を伝えようとしてるっていうんだ。
俺と佐倉は下校時刻になるまで教室に居残り、バレンタインボンタンアメ事件についての考察を繰り広げたが、結局、結論は出ずじまいだった。
【テーマ:バレンタイン】