呆然と立ち尽くす俺を振り向いた同居人は「あ、おかえり〜」と笑った。
同居人の手の中のものを指差して「なんだそれは」と訊けば、同居人は「雛人形だけど」と答えた。見たらわかるでしょとでも言いたげな様子だ。あまりにも当然のような顔をしているから、一瞬、おかしいのは俺の方かと錯覚しそうになる。
いや、どう考えてもおかしいのはこいつだ。だって成人男性のふたり暮らしの家に、雛人形があるはずがない。
「そんなんどっから持ってきた」
「メルカリで買った」
「なんで買った」
「せっかくのひなまつりだし」
スーパーで売ってるひなあられが美味しそうだったからつい買っちゃった、とかいうのはまあ、まだわかる。クリスマスに「せっかくだから」と言ってチキンやケーキを食べる、みたいなものだ。
けれどもこいつの「せっかく」は意味がわからない。クリスマスのノリで雛人形を買う奴があるか。あと、メルカリで売ってる雛人形って、なんかわからんけどちょっと怖い。
「こんなもん買ってどうすんだ」
「女の子の健やかな成長を祈る」
「気色悪っ」
「ひどいな、お前の分も買ってやったのに」
ほら、と言って、もう一体の雛人形を渡される。なんで俺の分があるんだよ、いらねえよ、と言いたくなったがそれよりも、俺は恐ろしいことに気づいてしまった。
「いやお前これ、三人官女!?」
「そうだよ」
「なんでお雛様とお内裏様じゃねえんだよ!?」
「お雛様とお内裏様のセットより、三人官女のセットのほうが安くてお得だった」
同居人はそう答えてから、こっちに残りの奴いるよ、とダンボール箱からもう一体取り出した。
俺はもはや、こいつが怖い。三人官女だけをメルカリで買う意味がわからない。普通、主役の二人を買うだろ。もしくは全員セットになってるやつを買えよ。いやそもそも雛人形自体を買うなよ。馬鹿野郎。
【テーマ:ひなまつり】
3/3/2026, 12:30:00 PM