雨が降り、風もよく吹いた。
桜はだんだんと鮮やかな緑色へ変わりつつある。
足元だけは積もった花びらで元の色彩を保ったまま。
瞬きをしたらゆめまぼろしのように消えてしまいそうな、儚い、無色の世界を足元に広げ、瑞々しい若葉は天に向かって芽吹いている。
相反する二つの世界を繋いでいるのは大樹。
俺とあんたの世界も、これくらい強固に繋がれたら。
太い枝に腰を据え、幹に耳を澄ませる。
あんたの声はどんな音だろうか。
ぱっと瞼に影が差した。
慎重にゆっくりと目を開く。
暖かくてうたた寝をしてたようだ。ぐっと伸びをしながら起き上がる。今日も快晴。絶好のお昼寝日和だ。
.........はらり。
瞼のあたりから鼻をするりとひとなで。
やわらかな輪郭の和紙に赤い色水をちょんとつけたような、一等美しい花びらだった。
白を染めきらず、しかし根は芯を持ち、そこからふわりと白に寄り添ってくれるような、どこまでも優しい赤。
なあ、まるで君のようじゃないか。
大事に胸に抱き抱えて、ふっと後ろに倒れ込む。
君のために集めた、真っ白な桜が舞い上がった。
桜という花が咲いている。
俺にとっては初めて見るもののはずなのに、何故か懐かしいような、くすぐったい気持ちになる。
この、言葉にできない気持ちが形になったように、ひらり、はらりと、色づいた花弁が風に舞う。
どこへ飛んでいくのだろうか。
あんたの世界にも咲いているのだろうか。
いちばん綺麗な花びらに、そっと瞼を合わせる。
あんたの目にも映りますように。
春が来た。
あの子と俺の世界がちょうど鏡合わせになる。
この溢れんばかりの俺の気持ちも鏡合わせになればいいのに。いつだって俺の片思いだ。
なあ、目を開けてくれないか。
越えられない壁にそっと手を合わせる。
なあ、もうすぐ桜が咲くんだ。
こちらの桜も綺麗なんだぜ。
君のためにたくさんたくさん集めてくるから。
君への想いも、咲いてほしくて。
俺が目を閉じる時、なんでそんなに悲しそうな顔をするんだ。
せっかくの光り始めのやわらかな光が、ぎゅっと1つに集まって、あまりにも強く光るものだから。
俺は眩しくて、眩しくて。
今日もあんたが輝いていることに嬉しくなって。
誰よりも、ずっと前から、
誰よりも、一番最初に、あんたの光りを感じて。
その光りを最後に、今日も目を閉じる。