埜日人

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11/17/2023, 1:11:31 PM

雪が降る日に、決まって私は町外れの森の奥へと向かう。
大切な友達に会いに行くために。

辺り一面銀世界のそこにいたのは、とんがり耳を持ち、赤茶色の毛皮に包まれたふわふわの生き物。

オオカミだった。

「…久しぶり」

オオカミに向かって声をかけると、その耳がピクリと動いた。琥珀色の瞳が私の姿を映し出す。

「あぁ久しいな。少しばかり見ない間に大きくなったな」



不思議なことに人の言葉を話すことができるこのオオカミは、雪が降る季節が訪れるとこの森に現れる。

そのことを知ったのは私がまだ幼かった頃、家族に内緒で雪遊びをしに森へ入り、迷子になってしまったのがきっかけだった。あの頃の私は好奇心旺盛で目を離してしまうと直ぐに何処かへ消えてしまうような危なっかしい子だったらしい。

雪遊びに満足して家へ帰ろうとしたときには、ここまで来た足跡は跡形もなく消えていて、何一つ目印もない中でひとり森の中をさまよっていた。
泣いても泣いても誰かが迎えに来てくれるはずもなく、泣き疲れてしまった私は大きな木の幹に寄り掛かり座り込んでしまったのだ。

ジャンパーを身につけていたものの、長時間外にいることもあって私の身体は寒さで限界を迎えようとしていた。

ふいに眠気が襲い、うつらうつらと頭が揺れ出す。

「…人の子よ、眠ってはならぬ」

大きな影が私を包み込んだかと思うと、頭上から声がした。
まだ頭が覚醒しきっていないまま、視線を上へとずらす。

「わぁ、おっきなお犬さんだぁ」

突如として現れた大きな犬のような生き物に、幼い私は思わず抱きついた。

あったかい。

柔らかな温もりが抱えていた不安を溶かしていくような気がした。

「む、大きな犬ではない。私はオオカミである」
「オオカミさん?」
「あぁそうだ。お主は迷子になってしまったのであろう?」
「…ん、おうちまでのかえりみち分かんなくて」

家族の顔を思い出し涙が溢れ出てくる。
オオカミはそんな私を見かねたのか、溢れた涙を舌で掬いとると、洋服の首元を口で掴んで引き上げ、自分の背中へと乗せた。

「このまま私の住処をウロチョロされていては適わぬからな。私が森の入り口まで連れて行ってやろう」

オオカミが歩き出すと、今まで迷っていたのが嘘かのように、ものの10分程度で森の入口へと辿り着いた。

「もう迷ってはならぬよ」
「うん。ありがとうオオカミさん」
「礼などよい。早く帰って親御たちを安心させてやれ」

オオカミは帰路に着いた私の姿を完全に見送るまで、森の入り口で待ってくれていた。

そんな優しいオオカミのことをえらく気に入った私は、翌日から毎日のように、オオカミに会うためだけに森の中へ遊びに行った。

そこからこの不思議なオオカミとの親交は始まったのだ。



「今日はね、見て欲しいものがあって」
「ほう?」
「これなんだけどね…」

通学用リュックから取り出したのは丸めた画用紙の筒。
結んでいたリボンを解きオオカミの目の前で広げる。

描かれていたのは、赤茶色の毛並みを持つ生き物の姿。

「これは、私か?」
「うん。学校で描いたの。オオカミさんに見せたくて」
「そうか…」

いつものように澄ました顔を決め込んでいるが、嬉しさを隠しきれていないようで、その証拠に尻尾はブンブンと大きく揺れていた。

持ってきてよかったな。

内心、似ていないとか良く思われなかったらどうしようという不安があったのは事実だ。それでも精一杯の気持ちを込めて描いたものだったので、少しでいいからオオカミさんに見てもらいたかった。

「ありがとう」
「こちらこそ、あの日わたしのことを見つけてくれてありがとう」
「ふふ、お礼にお礼で返されるとはな。…さて今日は何して遊ぼうか」
「うーん…あっ!鬼ごっこしようよ」
「そうか分かった。また逃げるのに夢中になって転ぶなよ」
「もう!子供じゃないんだから」



冬になったら私たちは2人だけの楽しい時間を過ごす。
きっと来年も、再来年も、ずっと。



#冬になったら

11/16/2023, 1:13:31 PM

これはきっと自己満足だ。
どこまでも往生際の悪いエゴの成れ果てなのだ。

男は今この瞬間、ある禁忌を犯そうとしていた。

それを実行に移すため、男は目の前に横たわる女の身体に乾燥した朱色の葉を散らし、びっしりと文字が書かれた紙を女の口に挟み、最後にその額に手を当てた。

女はとても綺麗な死に顔をしていた。
寸前まで病に身体を蝕まれ、痛みに身悶えしていたとは思えない程、安らかな眠りについていた。

だからこそ死という実感が男の頭には湧かなかった。

明日になれば目を覚ますのではないか。
明日になれば、明日になれば、明日になれば……。

幾度となく明日への期待を繰り返し、そして落胆する。

当たり前であろう。女の脈は既に途絶えており、れっきとした死人であるのだから。

男はどうかしていた。
愛すべき人を失った今、自分がやるべきことを探していた。

誰から聞き付けたのやら、男はとある噂を耳にした。


〝死人を生き返らせる方法がある〟


突如として、手を当てていた女の額にルーン文字のようなものが浮かび上がり、青白く発光する。

儀式が成功したのだ。

男は黄泉がえりの儀式を知ったときと変わらぬ、いやそれ以上の喜びで胸がいっぱいだった。

もう一度、もう一度だけ彼女の姿を、この眼に。

ぱちり、と女の両眼が瞬いた。
金糸雀の羽根の色に似た瞳が男の姿を捉える。


「……だぁれ?」


そこに男が愛した女の記憶は残っていなかった。

大抵の死霊魔術を使用するにあたる要因というものは、大切なものの死である。

人は愛故に盲目であり、時にその愛情は凶暴なものとなる。
そんな行き過ぎた愛の行く末ともいえる死霊魔術には、代償が伴うのだ。


それは〝術者の記憶すべてが初めからなかったことになること〟。死人と術者は初めから出会ってなどいなかった、それどころか死人が生きた証とも呼べる記憶が消去されてしまうのである。

だからこれは二度目の初めての出会いだ。


「俺は…ちょっと通りすがっただけの村人だよ。それよりこんなところで居眠りなんてしていたら風邪引いちゃうよ」

「……え、わたしいつの間に寝ていたのかしら。なんだか記憶も曖昧な気がするし…あ、あれ、わたしの、名前が思い出せない、なんで…?」


初めから全てやり直そう。
気持ちの悪いほど純情で狂気を孕んだ愛情。

女にかつての記憶がないとしても。
あの日々をともに過した女とは別人になってしまっても。

それでもいい。
ずっとはなればなれのまま生きるなんて耐えられない。

だからこれは全部、俺の自己満足。



#はなればなれ