お金より大事なものがなかったら
買うもの何もなくなっちゃう
「お金より大事なもの」
#355
「いい月だなぁ」と空を見上げて呟くと、
「いい月ですなぁ」と背後から聞こえる。
驚いて振り向いても誰もいない。誰?
「驚かせてすまぬ、私だ、影だ」
わたしの足もとから後ろへ伸びた影だった。
「え。影って話すんですか」
「私は通常の影ではない。
月影の影ときたら特別なのだ」
そんなこともあるのかなぁと思いながら歩く。
「かなりの良い月夜でないとここまではっきりとは話せぬ」
「それはそうかも知れませんね」
「うむ。まさに名月と言えよう」
「なんだか話し方が少し古風ですね」
「うむ。月影の影というくらいだから、
少々時代がかった雰囲気が合うのであろう」
よくわからない理屈だけど、そんな気がしないでもない。
「でもあれですね、月の晩に話し相手がいて
そぞろ歩きというのもいいものですね」
「いつも貼り付いている身としてはさほど感慨はないが」
「そりゃそうか、いつも気づかずすみません」
「いや、なに、気にするな」
「昼間の影さんは別の方なんですか」
「うむ、そうじゃな」
「日勤、夜勤の交代制ってことですかね」
返事がない。建物の陰で月明かりが無くなったら消えてしまった。急いで建物を通り過ぎる。
トンネル内で電波が切れる通話みたいだ。
「もしもし、月影の影さん、いますか」
「失礼した」
「街中だと途切れ途切れになっちゃいますね」
「仕方のないことだ」
「次によく晴れた満月の晩があったら、遮る物のない広い場所にでも行ってみますね」
「それはさぞ気持ちの良さそうな」
「そうですよね。きっとまた会えますか」
「会えるには違いないが、また話せるかは確信が持てぬな…」
「そんなものですか」
「そんなものだ」
「でもやってみますよ、だめもとで」
そこまでで月は湧いて出た雲間に隠れてしまい、
月影の影さんも消えてしまった。
次の良い月夜がちょっと楽しみだ。
明日、日勤の影さんにもちょっと話しかけてみようかな。昼間は人目もあるしちょっと恥ずかしいか。
「月夜」
#354
絆創膏って
切り傷(創)をつなぐ(絆)くすり(膏)という意味で膏薬を塗ってた時代の名残かな、くらいに思っていました。どうも地域によっていろいろな呼び方があるようで、「ばんそうこうの呼び方マップ」というのも見たことがあります。
バンドエイド、カットバン、サビオ、リバテープ、、その地域で有力な商品名が定着しているのでしょうか。
故郷から離れた場所で、懐かしい呼び方をする人に出会った時に生まれるのも絆か、と思うとほっこりします。
「絆」
#353
「ただいまー!」
「お帰りなさい」
「おやつは?」
「テーブルにドーナツが用意してあります、
その前に手を洗って下さい」
「はーい」
「宿題はありますか」
「あるよ、あとで見せるね」
「スキャンしておくので先に出して下さい」
これは子どもたちが下校後、私が仕事から帰るまでの見守りロボと子どもの会話だ。大きさは30センチほどのコロンとしたボディで動きこそぎこちないが、搭載されたAIには私自身の思考や知識、子どもの発育に合わせた心理や教育全般などをできる限り深層学習させてある。
日々更新が必要なデータは逐一追加していて、子どもたちの宿題対応、習い事や友達との約束管理もできる。体調不良時には症状をまとめて出先の私やかかりつけ医に連絡が入るし、調べものや簡単な悩み相談にも応えてくれる。便利だし、安心だ。
仕事がない時にはもちろん私が子どもたちと一緒に過ごす。どんなに便利でも本物の親の愛情がこもった世話とは比べものにはならない。
張り切って手の込んだおやつ作りに苦闘していると、背後でヒソヒソ囁きあっている。
「ちょっと頼りないけど、たまにはポンコツなお母さんも悪くないね」
「たまには」
#352
大好きだよ
大好きだよ
大好きだよ
この大好きな気持ちが
腹ペコのきみの
美味しいおやつになったり
震えるきみの
ブランケットになったり
暗闇を歩くきみの
足もとを照らす光になったり
きみがよろこぶ何かに
なったらいいのにな
「大好きな君に」
#351