ぷくぷくしてる君の小さな手
おもちみたいに柔らかい君のほっぺ
起こすのを躊躇うくらいの気持ち良さそうな君の寝顔
全部かわいくて、つい小さなお腹に顔を埋めたら、何故だか甘くて良い匂いがする。
ミルクの匂いかな?
さぁ、そろそろ起きる時間だよ。
今日もたくさん食べて、たくさん遊んで、たくさん笑ってね。
君にいっぱいの幸せが訪れますように。
そして、ママからも君に溢れんばかりの
(愛を注いで)
「帰るの?」
終電の時間に遅れるからと、よく磨かれた革靴を履く背中に声をかける。
「走れば間に合うわよ。」
終電、乗り遅れちゃえばいいのに。
額に触れるだけのキスを落として、また来るからなんて、優しげな笑顔で言う悪い男。
次はいつ会えるの。
待ってる。
「別に来なくていいわよ。」
毎度泊まってはいかない貴方が、私に隠してること、分からないとでも思っているのかしら。
他の女の元へ帰って行く姿を見送ってしばらくは、いつも胸の奥が重くて痛い。
でも、そんなことは、絶対に口にしない。
貴方への気持ちも、貴方の嘘も、全部、全部。
「バイバイ。」
私にとっては、何でもないもの。
(何でもないフリ)
僕は自分でも薄情なヤツだと思う。
学生時代、多くはないものの友達はいた。けれど、卒業してしまえば僕にとって彼らは全員どうでもいいものになってしまう。
若いときはそれなりに悩んだけど、三十も越えると、自分はそういう性質のヤツなんだと割りきれた。
「だから僕は、恋だの愛だのは自分に向いてないと思うんだよ」
君は綺麗だから、他にいい男がたくさんいるよ。
もっと周りの人間のことを大事にできるような、まともなヤツを探してくれ。
「自分みたいな、数人の友達も大事にできないクソ野郎に、恋愛は荷が重いって思ってます?」
「…まあ、」
「だからもっといい男にしなよ、ですか?」
「……」
「余計なお世話です。貴方のことが好きになってしまったのは私なので、貴方は私のことが好ましいか好ましくないかを教えて頂ければ良いのです。」
「…直球だね。」
「変化球は好みませんので。で、どっちですか?」
「…好ましくない、訳、ない」
「貴方はまわりくどいですね。」
「…そうだよ。女々しくて、薄情で、できたヤツじゃないんだ。」
「けど、好きですよ。ヘタレな所も、友達がいない所も、どうしようもない所も好きです。」
「なんでわざわざ、グサッと来る言い方に変換したの?」
「好きな人を虐めたい幼心ゆえですかね。」
わざとらしく意地の悪い笑顔で、差し出された自分のそれよりも小さな彼女の手。
爪の先まで整えられた女性らしい薄い手が、僕には強力な引力を放っているように感じた。
「とりあえず、手を繋いでデートから始めませんか。」
僕の女々しい言い訳をいとも簡単にねじ伏せる彼女の手は、しばらく繋いでいたい。
初めて、そう思った。
なんてことない日常を終えて、夜眠ろうとすると、たまに、フッと思い出したくない光景がよみがえることがある。
何で今、あの時のこと考えちゃったんだろう。
ずっと忘れてたのに。
何か…何か、今日あった楽しいこと考えよう。
誰かと話している訳でもなく、自分に言い聞かせるために、矢継ぎ早に頭の中でぐるぐる考える。
瞼の裏に張り付いて取れない、嫌な記憶が消えない。
頭の中の自分の声が、やけに大きく聞こえる。
あれ、楽しいことを思い出したかったのに…。
何であの時、もっと上手くできなかったんだろう。
今なら、きっと失敗しなかった。
そうすれば、こうしていれば。
ああ、もう。
今夜は眠れない。
(眠れない程の後悔を思い出した夜)