理性でいくら意味のないことだと説いたところで、本能はやめてくれない。
御伽噺のように、洞窟の暗い奥の奥で討伐される日を待っていたい。
強い光は苦手だ。太陽光のみならず、車のライトにまで目が眩んで、頭が痛くなる。夏場は陽の光を反射するアスファルトにさえ気を付けなければならないほどに。
見てしまえば瞬く間に瞼の裏へ焼き付いてしまう。
まっすぐ自分へと向けられた一筋のそれはあまりにも目映く、すぐにでも逸らしたい意思とは反対に瞳孔は釘付けになってしまった。
思い出す度に頭がクラクラする。痛い。
貴方にも言っておけば良かった。
強い光は苦手なんだ。そんな顔しないでくれ。
もし自分が人間から産まれ育てられたのならと夢想する。
大嫌いな漢字の暗記さえ手を真っ黒にしながらひたむきに努力して成果を出していた自分なら、今でもあの勤勉さと集中力を保持していただろう。
愚痴を散々聞いた後でも塾へ行きたいと願い、優秀で真面目な友人に囲まれていた自分なら、それなりの優等生を続けられていただろう。
勇気を出して助けを求めることができた自分なら、今でも他人を信じ支え合えたのだろう。
大切な人の為に身を粉にできた自分なら、自分を大切にできただろう。
もし自分が人間から産まれ育てられたのなら、全てを終わらせようとなんて考えすらしなかっただろう。
パラレルワールドが実在するのか知らないが、きっと、もうひとつの物語は幸せなまま続いてゆくのだろうな。
紅茶の香水とやらを近年見掛ける。
どうやら多種多様にあるそうだ。最近では某ハイブランドがブラックティーの香りに変化する香水を出したとか。
偶然見掛けた試供品を、興味本位で嗅いでみた。
ティーパックから香るものよりも少しばかり人工的ではあるものの、確かにそこからは紅茶の香りがした。
元よりお茶の類いは好きだった。これは悪くない、寝香水に調度良いと香水を手に取りレジへと向かった。
そして就寝前、自室にて嗚呼しまったと頭を抱えた。
──これ、清涼作用のあるボディミストだ。
試供品にばかり気を取られて本体にでかでかと載っている「クール」の3文字に気が付かなかったのだ。
嗚呼、なんて馬鹿なことを。じきに秋が来るというのに、どう使えというんだ。
試しに腕へ振りかけてみる。爽やかなアールグレイの香りは暫くの間、愚か者を冷笑していた。
自身にある人間関係の境界線は何ともまあ緩い。
相手が「知り合い」と言えば知り合い、「友人」と言えば友人となる。もちろん親友だって同様だ。
お人好しでも距離感がバグっているわけでもない。
他人が嫌い。ただ、唯、それだけだ。
知らない人が嫌い、関わりのない人が嫌い、興味のない人が嫌い、人間が嫌い。
嗚呼──知り合い友人親友先輩後輩上司部下エトセトラ。
反吐が溢れてしまいそうな程の嫌悪感を続柄で誤魔化していた。
ひとにはそれを「人見知り」だと言っている。これから関係性が生まれる相手にいちいち悟られるわけにはいかないのだ。
そうしていつも背中にじっとりと滲む脂汗を感じながら人間関係を構築している。
最早、知り合いでも親友でも何でも良かった。
お前が他人じゃなくなれば。
──この吐き気が止まるのならば。