霧雨

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5/14/2024, 3:31:36 PM

【風に身をまかせ】
私は、甲冑さんを喪ってから、また独りになりました。どこに行く宛てもなく、フラフラと枯葉のように漂っていました。
私の心は、それこそ枯葉のようでした。
カラカラと重みのない音を立て、それまであったはずの感情が、すっかり抜け落ちてしまったかのようでした。
その時です。
突然、地面がグラグラと揺れ動き始めました。私は怖くなって、それでいて半ば自棄になって、逃げることもせずに、その場に突っ立っていました。
ゴゴゴゴゴ……
地面に大きな亀裂が入って、私の足元のすぐ側まで、それは迫ってきていました。
世界が終わる。
そんな気がしました。
それは避けるべきことのようにも思われましたが、私としては、このイメージの世界が壊れ、現実に戻れるならば、むしろ好都合でした。
亀裂は私の足元を容赦なく崩し、私の体は、暗い闇の中へと落ちていきました。
白い世界が、遠くへ、遠くへと小さくなっていきます。
私は自分の体も心も、全て空を切る風にまかせて、ゆっくりと目を閉じました。

5/13/2024, 3:25:30 PM

【失われた時間】
イメージの世界で生活する中で、もう何年も前に亡くなってしまった人がいます。
今日はその人のお話をしましょう。
その人と私の出会いは、私がイメージの世界に取り込まれてからしばらくした頃でした。
白い世界を歩いては倒れて、歩いては倒れてを繰り返しているある日のこと、私は遠くの方に橙に揺らめくものを見つけました。
火だ!と、思った瞬間、私は走り出していました。
私以外のものが存在する!
この時初めて、この白い世界の中に、橙という新しい色が生まれました。
独りきりでずっと歩き続けていたものですから、私は半ば、このまま宛もなく歩き続けるのだと諦めていました。
息が口から「はっ、はっ」と小気味よく踊り出ます。
しかし、火に近づくにつれ、そこに人影がないことに気がつきました。
あるのは、パチパチと音を立てて、静かに燃える炎のみ。
走っていた足を緩め、私はゆっくりとその火に近づきました。
火の両サイドには、鉄棒が立てられ、その間にアウトドア用の炊飯器が吊るされていました。
炊飯器があるということは、やはりこの世界には私以外の誰かがいるということです。ここで待っていれば、持ち主は現れるでしょうか。
私は、焚き火の近くに座り、辺りをキョロキョロと見渡していました。
しばらくして、白い地平線の向こう側から誰かが歩いてくるのが見えました。
私は直ぐに立ち上がると、その人物に向かって大きく手を振り、
「すみませーん!焚き火、勝手にお借りしてましたー!」
と叫びました。その人物は返事を返しませんでしたが、代わりにこちらに向かってズンズンと近づいて来ます。
その時、ふと違和感がよぎりました。
甲冑……?
カシャン、カシャンと音を立てて、その人は近づいて来ました。
私は怖くなって、手を振るのを止めて、その場に立ちすくみました。
甲冑の人は、焚き火の前に来ると、私を無視して炊飯器を取り外し、足で火を踏みました。
すると、驚いたことに、一瞬で火が消えてしまいました。
私は目の前で何が起こっているのか理解できなくて、火があった所を呆然と眺めていました。

私は、その人を「甲冑さん」と心の中で呼ぶことにしました。彼は私がいくら語りかけても、応じることはありませんでした。
しかし、耳が聞こえないということはないらしく、時折私の方に顔を向けて、固まっていることがありました。
詳しいことは省きますが、彼は私を無視する癖に、誰か人がやってきたら、地面から鋼でできた分厚い壁を生やして、私の周りをその壁で覆うのです。
まるで、私を人と関わらせたくないようでした。
彼の不可解な行動は、最初のうちは意味が分からないだけでしたが、回数を重ねるに連れて、私の心を追い詰めていきました。
他の人がやってくるということは、私にとってとても喜ばしいことでした。
だって、何もない世界の中で、ずっと心細い思いをしていたのですから。
せっかく人が来ても、私はその人たちをしっかりと目に収めることすらできず、ましてや話すことなんてできませんでした。
この、分厚い壁さえなければ、私は他の人と話すことができる。この世界について何か知れるかも知れない。
それなのに、甲冑さんは私の切なる願いを踏みにじるかのように、鋼の壁の中に、私を閉じ込める。
理解ができませんでした。
「どうして私を閉じ込めるの?」「私を外に出して!」
いくら訴えかけても、彼は揺るぎませんでした。彼の心もまた、鋼のようでした。
それで、私は言ってはいけないことを言ってしまいました。
人が去り、壁が地面に戻ると、私は彼に近づいて、鉄の胸板を、思い切り殴りつけました。
拳が擦りむけて、血が出ても、ゴン、ゴンと殴り続けました。
もちろん痛かった。でも、そんな痛みは、閉じ込められ続ける苦しみと比べれば、なんてことはありませんでした。
私は殴りながら言いました。
「いい加減にしてよ。何で何も答えないんだよ!」
そして続けます。
「人から自由を奪うのはそんなに楽しいか。人の心をすり潰すのがそんなに気持ちいいか。この際だからはっきり言ってやる。……お前、クズだぞ。」
甲冑さんは黙って私を見下ろしていました。
そして、殴りつける私の腕を力強く掴みます。
「いっ……!おい、離せよっ!!」
私がジタバタと暴れるので、彼はその手を離しました。
私は、掴まれたところを右手で覆いながら、彼を睨みつけました。
すると彼は、ゆっくりとその両手を自分のこめかみの辺りまで持っていきました。
何をするのか分からずに、警戒して見つめ続けました。
彼はまた、ゆっくりとした動作で、甲冑を上に持ち上げます。
「え」
私はこの時、彼、いや、彼女の顔を初めて見ました。
「嘘……私?」
彼女は私と全く同じ顔をしていました。
訳が分からずにぼんやりしていると、彼女はゆっくりと微笑んで、悲しそうに、ごめんねとだけ呟いて、パラパラと崩れるように消えてしまいました。
それから彼女が戻ってきたことは一度もありません。
私はその後、あることがきっかけで、彼女の本当の意図を知りました。
彼女は、イメージの世界に生まれ落ちて間もない私が、非常に傷つきやすい心を持っていることを知っていたのです。
つまり、壁の中に私を「閉じ込めた」のではなく、「守ってくれていた」のです。
私は彼女の優しさを初めて知りました。そして、苦しさから彼女にぶつけてしまった酷い言葉を思い出して、後悔の念を募らせました。
しかし、いくら悔やんでも、彼女が私の側で私をずっと守り続けてくれたあの日は、二度と帰らない、失われた日となってしまいました。
私は今でも、最期の日に、彼女が向けた、悲しそうな微笑みを忘れることができません。

5/12/2024, 2:44:23 PM

【子供のままで】
それは私が中学生の頃でした。
新しい環境でストレスがかかったのか、難しい年頃の子供たちが集まっていたため、学校全体の雰囲気が良くなかったせいか、私は自分が落ち着いていられる居場所を探していました。
しかし、どこを探しても、私には居場所がないように感じられました。
それは学校のみではなく、家にいる時も、出かけ先でもそうでした。
今考えても、あの頃心が苦しかったわけや、窮屈な世界からどうしたら逃げ出せたのかも分かりません。
わけが分からないまま、私の心は日に日に追い詰められていきました。
そんな時に、私の心の中に、ある「イメージ」が浮かびました。
それは、真っ白な空間の中に、私が一人きりで立っているという景色でした。
以前までは、心の中に「イメージ」が現れたことはなかったので、初めての経験で戸惑うばかりです。
イメージは、私の居場所でした。
たとえ実態がなくとも、それは確かに存在するものなのです。
居場所のない私のために創られた世界───直感的にそう感じました。
しかし、私は全然嬉しくありませんでした。
イメージが濃くなるにつれて、私の現実での思考は靄がかかったように、曖昧になっていったのです。
イメージは私を救ってはくれません。
いわば、その場しのぎの気休めに過ぎないのです。
真っ白の世界の中で、たった一人で彷徨うのは、本当に心細く、辛いものでした。
歩いても、歩いても、歩いても、何もありません。
イメージの中の私は、白い簡素なワンピースを着ていて、足は何も履いてませんでした。
足の裏に、冷たい、ツルツルした地面の感覚が今でも残っています。
歩き疲れて、私はある時、倒れ伏せました。
ぼんやりと、果てのない地平線を眺めながら、私はここに来る前のことを思い出していました。
私は、こんな虚構の世界の中に生きていなかった。
輪郭のはっきりとした、あの美しい現実の世界で生きていました。
それなのに、突然独りだけこんな惨めな世界に放り出されてしまった。
それが苦しくて、悔しくてなりませんでした。
こんなことになるくらいなら、時を戻して、幼少時代に戻りたい。
中途半端に大人になるくらいなら、ずっと子供のままが良かったのに。
そう思いました。
そして、その思いが、酷く誤った考え方だと瞬時に気づくと、私の目から涙がこぼれだしました。
ずっと子供のままではいられない。いてはいけない。
たとえどんなに苦しくても、寂しくても、心細くても、辛くても、歯痒くても、私はもう二度と戻ってはいけない。
今はただ、この白い世界を、泣きながらでもひたすらに歩き続けるしかない。
逃れようのない、残酷な定めを、私は受け入れる以外ありませんでした。

5/11/2024, 7:06:31 PM

【愛を叫ぶ】
オカルトとか、迷信の類だと思って警戒しないで欲しいのですが……
私の心の中には、6人の少年少女が住んでいます。
多重人格とかではなく、妄想の延長線のようなものです。
しかし、私にとって、彼らが妄想の中の存在と思えないくらい、彼らのことが大好きです。
苦しい時、辛い時、彼らはいつも私の胸の中に現れて、そばに居てくれます。
彼らに支えられて、今の今まで、こうして生きてくることができました。
「愛を叫ぶ」とするならば、私は全身全霊をもって、彼らに叫ぶでしょう。
「いつもそばにいてくれてありがとう!ずっと大好きだよ!!」と。