距離
「お嬢、弓できる?」
「弓道なら経験がありますけれど……」
「やけに歯切れが悪いな」
「性に合わないと言いますか……」
「拳で殴る方が早いってこと?」
「端的に言えばそうですね」
うちのお嬢マジ蛮族。
ごじつかひつします
ふゆのはじまり
「お嬢様、襟巻きをどうぞ。体を冷やすといけませんので」
「寒くないので大丈夫ですわ」
「お嬢様、脚の防寒具をどうぞ、足の冷えは大敵ですので」
「寒くないので大丈夫ですわ」
「お嬢様、衣類に貼るホッカイロをどうぞ」
「いりませんってば」
石蕗さんとお嬢、朝の攻防である。
俺は全部装備したけどお嬢本当強いな。寒さに。
女子ってなんであんな寒さに強いんだ。
「石蕗がつければいいじゃないですか!」
「お嬢様、私は既に装備済みでございますので」
「じゃあ倍つけててください!私は寒くないので!」
「万が一ということもあります」
「本当に寒くないんですって」
「いいじゃんつけとけば」
「熱いんですのよ!!」
「おしゃれとかじゃないんだ」
側からみると寒そうですらあるが、お嬢は本当に寒くないと言う。
熱でもあるのか。既に風邪引いてるんじゃないのか。
「尾上君、考えが全て口から出ていますわよ」
「馬鹿は風邪引いてる事に気が付かないってこう言うことか…」
「どつきます」
「もうどついてる!!事後報告じゃん!」
「どつきました」
「健康ですね、何よりですお嬢様」
「俺への拳で健康診断すんのやめてくれない!?」
拳の衰えは無し。まぁお嬢俺相手に全力どつきまわしとかしないけど。した日には死ぬ。体が100に弾け飛んでしぬと思う。
「タイツとカーディガンで十分です」
「じゃあ俺にブレザーちょうだい、2枚着てくわ」
「流石にダサいですわよ隣歩きたくないので却下です」
「というか知らない方が見たら女子からブレザー剥ぎ取って羽織ってるようにしか見えませんからやめた方が」
「なんだよ2人して!!寒いのは寒いの!」
「筋肉に見放された少年……」
「脂肪すらつかない…」
「前よりはついとるわ!!みるかァ!?」
「見てるだけで寒いですやめてください」
「遅刻しますよお二方」
「元はと言えば石蕗が厚着させようとしたからですけど!?」
「俺帰ってきたらコート変えよ…明日は中にもこもこしたやつ着る…」
「12月までは防寒具つけない宣言してたのに…」
「気温1度でつけなきゃ流石に死ぬ」
「臨機応変に対応できて偉いですね」
「なんか腹立つ…」
「褒めてますのに…」
お嬢はタイツとカーディガンとブレザーの組み合わせが好きなので着ているが本当はカーディガンもいらないくらいである
タイツは完全に趣味
あいじょう
多分、貰ったことはあるのだ。
そして今も貰い続けている。
受け止め方も返し方もわからなくて、ただ降り積もるそれらの温度に手を伸ばせず、今日も、躊躇い続けている。
たまたま肩に鳥のフンが落ちてきた時だとか。
「塵紙ありますけれど、使いますか?」
たまたま食堂の頼みたいメニューが完売していた時とか。
「五目ご飯はないそうですが、炊き込みご飯ならあるそうですわよ尾上君!!いやですか、そうですか……まぁ仕方ないですね」
掃除が終わった後のバケツの水を笑い声と一緒に被った時とか。
「タオル……いえシャワーが先ですわね。借りましょうか」
そういう心遣い。
鬱陶しくて、むずがゆい。
ひとつひとつが。
多分やさしさとか愛情、そうよばれるものだと思う。
微熱
風邪の始まりから恋の始まりまで、様々な表現ができる器用な単語。勝手にそう思っている。
ヒトの体温は平均が35度後半が平均だったり子供は36度後半だっけ?とりあえず日頃から34度後半の俺が37度ちょうどくらいの熱が出る時めっちゃ辛い。36度後半平均のやつがちょっと熱出て37度よりも通常時から3度分くらいあがる俺の方がしんどい。気がする。
いやもちろん日頃から体温高い人もしんどいよなごめん調子乗りました。みんな違ってみんな辛い。風邪?しっかり休んで。
ところでこう言う日って幻覚見るよな。
体調おかしい日って意味な。
「名状し難い形のりんご持ったお嬢の幻が……」
「本人ですわよ」
「笹本さんのうさぎりんごは…?」
「可愛かったので私が全部食べました」
「あんな可愛いのに!?」
「変色して夏の野うさぎ状態だったので……」
「それはそれで見たかったかもしれん」
「いや早く食べてくださいよ勿体無い」
枕元に置かれていた皿のリンゴは全てお嬢が平らげたらしい。
ほんとだ一個もない…みかんくうか。
この家いつでも何かしら食べて良い果物あるからすげーよな。
枕元の果物カゴから取ってもきもきむき始めたらお嬢はお嬢で林檎を食べるらしく、自前の刃物で新しくむき始めた。こいつお嬢様の癖にわりとなんでもできる。皮剥きの手の動きも滑らかだ。
掃除も料理も風呂焚きもできる。
屋敷の大きさに住んでる人間の数があってないから、やることが色々あるかもしれない。
あと『花嫁修行の一環です』つって裁縫と薙刀術と剣道と弓道と馬術もやってんだっけ。
裁縫以外なんか違くね。椿財閥はどういう相手を求めてんだ。
合戦とかすんのか。
まぁ陰陽師だから。俺まだ柔軟しかしてないけど。
いつか俺も求められるのかな。
まぁ俺ある程度1人で対処できる技術を身につけたら普通の大学行って普通の企業に就職するつもりだけど。オバケ関わりたくないから。今世話になってるだけで。
いつかは独り立ちをするのだ。
そうなるとこんな風に、誰かと過ごす時間てのがないんだろうな。
それはありがたい事だ。幸いだ。
1人は落ち着く。1人が落ち着く。
みかんがうまい。寝ながら食うの行儀悪いけど調子悪いから勘弁してくれ。
「今はどうですか、体調は」
「しにそう」
「氷枕変えますね」
「ん」
「石蕗が、だいぶここに慣れたから気が抜けたんじゃないかって言ってました、それならいいかと思って」
そうなのか。わからん。慣れない所って緊張するよな。
疲れが溜まってる感はあった。また違うのか。
わからん。俺の胸中を察する事なくお嬢はちいさくはにかんだ。
「……へぇ」
「あんまり辛かったら言ってくださいね、坐薬があるので」
「それならいいかってそういうこと!?!?」
気が抜けるくらいの間柄なら坐薬もいけるだろうってこと!?
まだまだ普通に恥ずかしいですけど!?!?
絶対坐薬の世話になりたくない。
死ぬ気で治した。
みんなも気をつけてな。季節の変わり目とかな。
ばいばい。
ごじつかひつします
セーター
「……昭和の婆ちゃんみたいなことしてる…?」
「編み物を嗜む全国の人に怒られてくださいまし」
「今年用にはちょっと遅くね」
「来年用ですわ、夏場に毛糸を触ると汗で張り付くんですのよ」
深い茶色。ちょうど中庭にある松の幹の様な。重厚な色。
落ち着いた雰囲気のパッとしない色の毛糸玉から糸が出ている。糸は毛糸玉から床を這い、辿れば白く細い指を経由してかぎ針に掬われ、着々と何かを形作っていく。巻かれたラベルに「団十郎茶」の文字が踊る。
「地味じゃね」
「尾上君には別の色ですので安心してください」
「えっ俺の分あんの!?!?」
「…………ありませんわ!!!」
「別の色あるっていったじゃん!!あるって言ったじゃん!!」
「気のせいですわ!幻聴です!」
「言った!!絶対言った!!」
「言ってません!言ってません!!」
「ついでにそれ誰のだよ!!」
「石蕗です、1番大きい。早めに手をつけないと気が重いので」
「お嬢、面倒臭そうな宿題最初にやるタイプだもんな…」
俺は宿題最後までやらない。やらないったらやらない。
話しながらでも慣れたもので、すいすいと編んでいく手元は淀みない。じっと見ていたら興味を持ったと勘違いされた。
「尾上君も良ければどうぞ、精神統一に良いですわよ」
「やだよ面倒臭い……」
「まぁまぁそう言わずに」
「毛糸ってあれだろ、羊とか牛とかウサギとか殺して剥いだ毛皮でできてんだろ、殺生じゃんだめじゃん陰陽師が」
「殺してませんわよ刈ってますのよ」
「狩ってるなら殺してるだろ」
「毛だけカットしてますのよ」
「……虐待じゃん!?」
「貴方だって髪の毛切るでしょう、一緒ですわよ」
「俺は俺を虐待していたのか…」
「まぁ今はうちの規則でのばしていますけど」
「呪術に使う用って言われてんだけど済んだらどうなんの?ハゲ?」
「全部は刈りませんわよ」
「で、お嬢は誰の髪の毛でセーター編んでんの?」
「尾上君のは全部尾上君の体毛で作りましょうか」
「……あったかい?」
「裸よりはマシかと」
冗談ですよ、とお嬢は笑った。
冗談で良かった、と俺も笑った。
しかしこうして見ていると、猫が毛糸玉に戯れる理由がわかる気がする。不規則な動き、永遠に延びる糸。猫に限らず人の赤ちゃんもテッシュ永遠に出すの好きって聞く。多分同じ分類の快楽だ。
「笹本さんにも編むの?」
「尾上君の前に編みます」
「何色?」
「萌黄色……明るい黄緑色ですわ、良い色があって良かった」
「俺は?」
「名前になぞらえて蓮色を考えましたが、なんとなくしっくり来なかったので躑躅色です」
「何色って言ったの今」
「躑躅色です」
「髑髏色?」
「ありませんでした、幻聴です」
「いやもう遅いだろ」
「驚かせようと思ったんですのよ…」
「来年渡されてもサイズ合わないと思うんだけど俺」
「…………合わせてください」
「無茶言うなよ!!」
「では今の体型を維持で」
「身長伸ばさせろや」
こちとら健全な17歳だぞ。成長期だぞ。
にしても一着編むのに随分な量いるんだな。8玉?ラーメンの替え玉かよ。それ人数分?気が遠いな。
「お嬢のは?」
「もう終わりました。やはり半年ぶりだと乱れていけませんわね」
「こっちのこれ?」
「そうです、鼠色の」
「くそ地味……」
「尾上君のはアクリルで編みましょうか」
「よくわからんけどなんかやだ」
「冗談ですわよ」
見せてもらったけど乱れが全然わからねぇ。どこ?
どこから始まってどこが終わりかすらわからん。模様かっけーくらいしかわからん。
「やわらけ」
「毛糸ですからね」
「便所の毛糸タワシと全然違う…」
「あれアクリルですからね、こっちはウール」
「俺のセータータワシになるところだったのかよさっき」
「しませんわよ冗談です」
他にもポリエステルとかあるらしい。誰?メンデル?
「……椿さんにも編んでんの?」
「毎年編んでいますわよ」
「何色?」
「黒です」
「キングオブ地味!!!!」
「まぁ大体の服に合いますからね黒は」
真っ赤とかかと思ってた。意外。サンタクロースみたいで愉快ぽいと思ったが残念。浮かれポンチ婚約者殿は幻想か。
灰色と黒、並ぶと地味だな。差し色お揃いか?カップルめ…
クリスマスとかいちゃつくのかな。
なんで今から俺が憂鬱になってんだろ。
知らん。世の中のカップルよ幸せになれ。
「クリスマスとかデートすんの?」
「年末こそ陰陽師は大忙しですわよ、師走は伊達ではありませんので」
「…………は?」
「尾上君も他人事じゃありませんわよ、陰陽師なので」
「聞いてないんですけど」
「でも尾上君はまだ初心者陰陽師なのである程度便宜が計れますわよ、今から申請だせばクリスマスは遊べます」
「お嬢は?」
「しっかりお仕事ですわよ」
「つ、石蕗さんは…?」
「がっつりお仕事ですわよ」
にこ、と微笑まれるけど目が笑ってねぇ。
「乗り切れば束の間休息です」
「束の間!?」
「新年明ければ行事は目白押し、2月と言えば?」
「……節分?」
「節分と言えば?」
「鬼……」
「よくできました」
偉いですね、と頭を撫でられる。いや嬉しくねぇ。
「来年も忙しいですわよ尾上君」
きっとセーターのことなんて忘れるくらい忙しい。
だからきっと年末、お嬢のサプライズにまんまと驚く。
その頃には、俺も年末頼りにされるくらいできる奴になってたいもんだなと思いました。