セーター
「……昭和の婆ちゃんみたいなことしてる…?」
「編み物を嗜む全国の人に怒られてくださいまし」
「今年用にはちょっと遅くね」
「来年用ですわ、夏場に毛糸を触ると汗で張り付くんですのよ」
深い茶色。ちょうど中庭にある松の幹の様な。重厚な色。
落ち着いた雰囲気のパッとしない色の毛糸玉から糸が出ている。糸は毛糸玉から床を這い、辿れば白く細い指を経由してかぎ針に掬われ、着々と何かを形作っていく。巻かれたラベルに「団十郎茶」の文字が踊る。
「地味じゃね」
「尾上君には別の色ですので安心してください」
「えっ俺の分あんの!?!?」
「…………ありませんわ!!!」
「別の色あるっていったじゃん!!あるって言ったじゃん!!」
「気のせいですわ!幻聴です!」
「言った!!絶対言った!!」
「言ってません!言ってません!!」
「ついでにそれ誰のだよ!!」
「石蕗です、1番大きい。早めに手をつけないと気が重いので」
「お嬢、面倒臭そうな宿題最初にやるタイプだもんな…」
俺は宿題最後までやらない。やらないったらやらない。
話しながらでも慣れたもので、すいすいと編んでいく手元は淀みない。じっと見ていたら興味を持ったと勘違いされた。
「尾上君も良ければどうぞ、精神統一に良いですわよ」
「やだよ面倒臭い……」
「まぁまぁそう言わずに」
「毛糸ってあれだろ、羊とか牛とかウサギとか殺して剥いだ毛皮でできてんだろ、殺生じゃんだめじゃん陰陽師が」
「殺してませんわよ刈ってますのよ」
「狩ってるなら殺してるだろ」
「毛だけカットしてますのよ」
「……虐待じゃん!?」
「貴方だって髪の毛切るでしょう、一緒ですわよ」
「俺は俺を虐待していたのか…」
「まぁ今はうちの規則でのばしていますけど」
「呪術に使う用って言われてんだけど済んだらどうなんの?ハゲ?」
「全部は刈りませんわよ」
「で、お嬢は誰の髪の毛でセーター編んでんの?」
「尾上君のは全部尾上君の体毛で作りましょうか」
「……あったかい?」
「裸よりはマシかと」
冗談ですよ、とお嬢は笑った。
冗談で良かった、と俺も笑った。
しかしこうして見ていると、猫が毛糸玉に戯れる理由がわかる気がする。不規則な動き、永遠に延びる糸。猫に限らず人の赤ちゃんもテッシュ永遠に出すの好きって聞く。多分同じ分類の快楽だ。
「笹本さんにも編むの?」
「尾上君の前に編みます」
「何色?」
「萌黄色……明るい黄緑色ですわ、良い色があって良かった」
「俺は?」
「名前になぞらえて蓮色を考えましたが、なんとなくしっくり来なかったので躑躅色です」
「何色って言ったの今」
「躑躅色です」
「髑髏色?」
「ありませんでした、幻聴です」
「いやもう遅いだろ」
「驚かせようと思ったんですのよ…」
「来年渡されてもサイズ合わないと思うんだけど俺」
「…………合わせてください」
「無茶言うなよ!!」
「では今の体型を維持で」
「身長伸ばさせろや」
こちとら健全な17歳だぞ。成長期だぞ。
にしても一着編むのに随分な量いるんだな。8玉?ラーメンの替え玉かよ。それ人数分?気が遠いな。
「お嬢のは?」
「もう終わりました。やはり半年ぶりだと乱れていけませんわね」
「こっちのこれ?」
「そうです、鼠色の」
「くそ地味……」
「尾上君のはアクリルで編みましょうか」
「よくわからんけどなんかやだ」
「冗談ですわよ」
見せてもらったけど乱れが全然わからねぇ。どこ?
どこから始まってどこが終わりかすらわからん。模様かっけーくらいしかわからん。
「やわらけ」
「毛糸ですからね」
「便所の毛糸タワシと全然違う…」
「あれアクリルですからね、こっちはウール」
「俺のセータータワシになるところだったのかよさっき」
「しませんわよ冗談です」
他にもポリエステルとかあるらしい。誰?メンデル?
「……椿さんにも編んでんの?」
「毎年編んでいますわよ」
「何色?」
「黒です」
「キングオブ地味!!!!」
「まぁ大体の服に合いますからね黒は」
真っ赤とかかと思ってた。意外。サンタクロースみたいで愉快ぽいと思ったが残念。浮かれポンチ婚約者殿は幻想か。
灰色と黒、並ぶと地味だな。差し色お揃いか?カップルめ…
クリスマスとかいちゃつくのかな。
なんで今から俺が憂鬱になってんだろ。
知らん。世の中のカップルよ幸せになれ。
「クリスマスとかデートすんの?」
「年末こそ陰陽師は大忙しですわよ、師走は伊達ではありませんので」
「…………は?」
「尾上君も他人事じゃありませんわよ、陰陽師なので」
「聞いてないんですけど」
「でも尾上君はまだ初心者陰陽師なのである程度便宜が計れますわよ、今から申請だせばクリスマスは遊べます」
「お嬢は?」
「しっかりお仕事ですわよ」
「つ、石蕗さんは…?」
「がっつりお仕事ですわよ」
にこ、と微笑まれるけど目が笑ってねぇ。
「乗り切れば束の間休息です」
「束の間!?」
「新年明ければ行事は目白押し、2月と言えば?」
「……節分?」
「節分と言えば?」
「鬼……」
「よくできました」
偉いですね、と頭を撫でられる。いや嬉しくねぇ。
「来年も忙しいですわよ尾上君」
きっとセーターのことなんて忘れるくらい忙しい。
だからきっと年末、お嬢のサプライズにまんまと驚く。
その頃には、俺も年末頼りにされるくらいできる奴になってたいもんだなと思いました。
11/24/2024, 11:14:32 AM